第7話 胃薬買わなきゃ


 重い瞼を擦りながら何とか目を開けると、そこには見慣れた真っ白な天井。ここは自分の部屋のベッドの上。昨日の夜にご飯を頂いた後、なんだか眠くならなくて朝の五時までずっとPCに向かい合っていた。

 やばいなぁ、と思いつつも手が止まらなかったのだ。

 だけど流石にやりすぎた。今日はやばい。いつもの五倍くらいきつい。


「今日は休むかぁ……」


 すこし時間が経っても相変わらず重しが付いているように重い瞼。俺は開けることを諦めて、閉じようとしたその瞬間。

 

 ピンポーン。

 

 家の中に響くチャイム。何かネットで注文していただろうか。

 そういえば新刊のラノベと新しいマウスを購入していたような、していなかったような……。カートに入れているところまでは覚えてるんだけどなぁ。

 まぁどちらにしろ、さすがに来訪者を無下には出来ない。

 鉛のように重たい体を鼓舞しながら、何とか玄関先まで降りる。一度大きなあくびをかましてからドアを開いた。


「はぁー……い……ふ、風花? なんで?」


 そこには相変わらずキラキラとした制服に身を包んだ風花の姿。少しだけ膝が見える程度にスカートを短くして髪の毛はきれいに整えられている。

 女の子って毎朝準備するの大変そうだなぁ、なんて見当違いなことを考えながら目の前に立っている風花を凝視する。


「なんでって……一緒に高校行くため? それと、もう結構遅いけど、準備大丈夫そ?」

「あー……、まぁ五分で終わる、かな」


 そもそも行くつもりが無かったんだけど。


「そっか。じゃあ私ここで待ってるね! ゆっくりでいいから準備済ませてきなよ!」

「いや、待たせるのも悪いよ」


 俺の心臓と胃腸にも悪いし。色々な意味で。


「大丈夫だってー。学校遅刻しそうになったら走ればいい!」

「えぇ……」

「ほらっ! 早く準備してきて!」

「お、おう……」


 勢いに負けた形で俺は家の中へ押し戻され、ドアが閉まる。閉まったドアを眺めながら、もう一度ドアを開く。


「そこで待たせるのも悪いし、玄関で待ってなよ」


 特に理由も下心も無い。ただ、なんとなくそこで待たせることに罪悪感があっただけだ。


「あ……ありがと!」


 これ以上ない位に嬉しそうな笑顔を浮かべて、にへへとだらしなくにやけた。


「どういたしまして。カフェオレとか麦茶なら出せるけどいる?」

「お気になさって!」

「うん、それを言うならお気になさらずだろ。それだと自分の事気にしろって意味になるぞ」

「ふぇっ!?」

「じゃあ麦茶でいいなー?」

「ふぁ、ふぁい……」


 ぼうっと頭から湯気を出す風花。相変わらずアホの子だな、なんてことを思った。



▲ ▼ ▲



 一週間後。


 あれから、風花は毎朝俺の家を訪れ、なし崩し的に一緒に登校するようになっていった。かといって、俺の学校生活が劇的に何か変わるものでもなく。

 強いて言うなら男子女子構わず毎朝ナイフのような鋭い視線を突き刺されているのが悩みどころだ。それのせいで思うように机上睡眠にいそしめない。


 それと、これは余談だが毎週月曜日に加賀美家の晩御飯にお邪魔することになった。ちなみにそれは今日。一週間ぶりの加賀美家ごはんだ。

 どこか楽しみなような、落ち着かないような、不思議な感覚だった。

 毎週月曜はもれなく心が鬱になっていたが、今日はプラスマイナスゼロな心境だ。ごはん効果すごい。


 今日も今日とて風花と登校し、学校に着き、相変わらず机上睡眠にい勤しもうとしたが、どうにも心が浮足立って思うように眠りにつけない。おかしい、このくらいの疲労感、いつもならものの数分で眠りにつけるというのに。

 まあ、眠れないのなら仕方がない。静かに体を起こし、窓の外を見る。


 外では急いで校門を通り抜けていく生徒や、それを急かす生徒指導の怖い先生(名前知らない)。意外と俺の高校でもこんな光景が凝り広げられているんだなぁ、なんて今更な関心をしながらふと、風花の方を見る。


 相変わらず人気者だなぁ、と思う。

 風花は女子と男子が入り混じったカースト最上位のグループで談笑をしている。なんだか砂を噛み締めたようなじゃりっとした不快感を僅かに感じような気がした。原因は、分からない。

 もしかしたら田中マイケルが居たからかもしれない。

 

 しばらくぼーっとその光景を見ていると、人混みの隙間から顔を覗かせた風花と目が合う。時が止まったように感じられる一瞬を体感したのちに、風花がにっこりと愛想の良い笑みを浮かべた。俺はその笑みの破壊力に耐えきれず、錆がひどいロボットのようなギギギ、という音を出しながら顔を背けて再び俯いた。

 しばらく俺は顔を上げることが出来なかった。



 ▼▲▼



「今日はね、学校でレイナちゃんが——」


 木の葉が赤く色づいてきた並木道を通りながら、俺の横で風花は楽しそうに今日のクラスでの話していた。

 一週間毎日登下校を一緒にしているが、ほとんど風花がしゃべり倒している。まるでお話を聞いてもらいたいたくて仕方のない幼稚園生のようだなぁ、といつも思っている。


 あぁ、勘違いしてほしくないが、馬鹿にしているわけではない。この時間は意外と嫌いじゃない。


「ねー、とーる! ちゃんと聞いてる?」


 沈みかけた夕日に長いまつげと整い過ぎた顔を照らされながら、風花が俺の顔を覗き込む。

 緩く着こなした制服の胸元から谷間が少しだけ見えていてすぐに顔を逸らした。


「聞いてる聞いてる。その人が告白されたんだろ? 田中マイケルに」

「そうそう! って、田中君の事フルネーム呼びなのなんかじわるねっ」


 風花はクフフッ、とお腹を押さえながらこらえた笑いをしていた。それにしても田中マイケル節操無いな。最近風花にも言い寄ってただろあいつ。


「あーあ。やっぱりとおるは面白いね」

「そんなことない」

「そんなことあるってー。てか、田中、なかなかだよねー」

「……なかなかだな」

「ふふふっ、だよねー」


 なんて、中身の無い馬鹿らしい会話を楽しみながら、いつの間にか家の近所の橋を渡りかけていた。やはり風花と一緒に歩くと時間が短い。


 すぐそこの角を曲がると、俺と風花の家は見えてくる。そろそろ話を切り上げてさよならする準備をしなくちゃな、なんてことを思って角を曲がった時。

 俺の家の前に人影があった。

 これ自体は別におかしいことでは無く。最初は宅急便でも待たせてしまっているのかとも思っていた。

 が。

 よく見ると背丈は小学生ほど。

 持っている荷物はその体躯ほどの大きさのキャリーケース。

 何より鏡のような長い銀色の髪の毛がこの閑静な住宅街では異様に浮いていた。

 明らかに宅急便のそれではない。

 

「あれ? とーるの家の前、誰かいる……よね?」

「あぁ、誰だろ。ちょっと聞いてくる」

「う、うん。……あ、私もついてく」


 俺は一歩後ろについてくる風花をちらりと見て、その銀髪の何者かに近づいていく。そして、数メートルに迫ったところでその子が夕日を受けて茜色に染まった銀髪を靡かせながら、こちらを振り向いた。

 

 そこに立っていたのは、日本人とは到底思えない堀の深い顔立ちの少女。まつげは目を覆いつくしてしまうのではないかというほど長く、瞳はこれ以上ないほどに澄んだ蒼色。筋の通った鼻に、薄い唇。

 極めつけはその髪型。

 ロングの銀髪に姫カット。アニメでも見たことがないような組み合わせに目を奪われた。

 それに真っ白な純白のワンピースを着ているということもあってか、少女の立っているその場所だけが異世界になってしまったような異様な雰囲気だった。

 

 正直、どきりとした。


 何故こんな美少女が俺の家の前に立っているのか、なんの用があってわざわざ俺の家の前に来たのか。疑問は山ほど浮かんだけれど、もしかしたら父さんや母さん関係なのかもしれないと自分の中で結論付け、少女に近づいていく。

 

 近づくにつれてわかる少女の小ささ。俺も決して身長は高い方ではないが、この少女は小学生と言われても納得がいくほどに小さくて、細い。きっと150センチも無い。


 得体のしれない少女と1メートルほどの距離で俺と風花は一旦止まる。なんと話しかけようか。とりあえず無難に――。

 なんて考えている内に、その少女は薄い唇を開いた。


「ワタシは、シーナ。アナタがつくもトール?」


 見るからに外国人の少女から流暢な日本語が出てきたことに驚きながらも、とりあえず返事をする。


「そ、そうだけど……どちら様?」

「そう……アナタなんだね」

「な、なにが……?」


 シーナと名乗ったその少女は自分とほとんど同じくらいの背丈のキャリーケースから手を離し、何をするのかと見ていると——なぜか勢いよく抱きついてきた。


「えっ、えっ、えぇっ!?!?」


 動揺からまともに言葉が出ない。助けを求める意味も込めて、風花の方を向くが風花も何が起こったのか理解していない、というか多分あれはキャパオーバーしていた。

 改めて頼りにならないなぁ、なんてことを思いながら、自分の胸元にいるシーナという少女を見た。

 シーナは俺の目線に気が付いたのか、上目遣いで澄んだ蒼色の瞳で俺の顔を捉える。そして、口角を上げてニヤリと破壊力抜群な笑みを浮かべながらシーナは言った。


「これからよろしくねっ、っ♪」

「えっ――」


 バタン。


 派手に落ちる音が後ろから聞こえる。

 振り返ると風花が夕日に染まる空を見あげながら倒れ込んでいた。

 唐突にロリ美少女に抱きつかれ、マイダーリンと囁かれ、後ろで幼馴染が倒れた。


 もう状況が状況で、俺は叫ぶことしかできなかった。


「うぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!!??!!」


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