第9話 このメスガキめっっ!!


「うぅっ……ふぐぅっ……ありがとう……うぐっ……」

「ほらティッシュ。ったく、さすがに外で叫び続けられてもこっちが困るんだ」


 リビングのL字ソファでちーん、と勢いよく鼻をかんだシーナ。

 結局外で叫び続けていたシーナに俺が根負けした形だ。何より自宅の外で幼女が泣き叫んでいたら、なんというか、危ない。俺がご近所さんからロリコン変態鬼畜男だと思われても困るし。

 二回ほど鼻をかみ、ティッシュで涙を拭った後、鼻をずぴずぴ言わせながらシーナはなけなしの笑みを浮かべた。


「や、ヤッパリ、私の事はほっとけないよネー、ダーリン?」

「また追い出すぞ」

「あっ、あっ、ご、ゴメンッ、ゴメンナサイッ!!」

「はぁ……」


 捨てないでぇ!! と再び泣き叫ぶシーナ。何なんだこのクソガキ……いや、メスガキは。容姿だけ見ればどこぞの外国人モデルの一人娘のような出で立ちをしているというのに。


「そういえばさ……君、シーナ、だっけ。……どこから来たの? 何が目的? ってか誰?」

「あー、エーと、自己紹介するネ……私の名前はシーナ=コサリコフ。ロシア生まれ、ロシア育ち。だけど五か国語はなせル。ジャポンには、昨日きた。一日お金ないから野宿してキタ。これからもお金ないカラ、シバラクここに住みたい」


 ロシアから来た、と聞いてその銀髪や美貌に納得がいった。それに、よく見ると確かに純白のワンピースにところどころ汚れが付いていた。野宿したのは本当らしい。が。


「……無理だね。親もいるし、何より俺自身の所有する家じゃない。それに――」

「ウソ、でしょ?」

「……ん?」


 シーナから出た何気ないその一言。その一言は残念がるものでも、絶望を感じている物でもなく。まるで、俺の心を見透かしているような、そんな「うそでしょ?」だった。


「つくも、トール。2005年12月13日ウマレ。パパは九十九重蔵、ママは九十九薫。パパが仕事柄世界を飛び回リ、それに付き添う形でママはトールが中学二年生のころからコノ家にはいない。そして、この家にはトールだけが住んでて、両親が帰るのは半年に一回クライ。学校の成績はビミョウ。常にスリーピング。ってところダネ。あ、あとワタシは——」


 ピーンポーン。

 見計ったように鳴ったインターホン。だが、今だけは、絶望的なタイミングだった。


「……なんで、それを」

「ケイセイギャクテン、だね?」

「どういう事だよ! ってかなんで、そんな事を──」

「出なくていいの? トール?」

「っっ……。まじでっ、何者なんだ」


 先ほどとは一転して勝ち誇ったような余裕な笑みを浮かべ、玄関を指さす。俺は渋々玄関に赴き、ドアを開けた。するとそこには唯花さんが立っていた。


「あ、唯花さんこんばんわ……ど、どうしました?」

「どうしたも何も。今日でしょ? 晩御飯食べる日」

「あ、あぁ、そうでしたね……」


 あれだけ楽しみにしてたのにメスガキのせいで完全に忘れていた。


「もー。二人とも今日はどうしたの。風花は迎えに行きたくないって言うし。透琉くんも様子がおかしいし……って、後ろの子、誰?」

「えっ――」


 後ろを振り返ると、先ほどまでリビングのソファに座っていたはずのシーナが俺の真後ろで、顔だけ出しながら立っていた。

 まずい。見ず知らずの外国人幼女を家の中に入れたということになったらさすがの唯花さんでもためらいなく110番してしまう……どうする、どうすれば……。


「ワタシはネ、シーナ。トールの婚や――むぐぅっ!?」

「こいつはシーナ。お、俺の親父の海外の友人の娘さんで、ここにホームステイするらしいんですよねアハハ……」

「…………」


 後ろにいるはずのシーナの口をノールックでふさぎ、何とか場を凌ぎきるが。訝し気な視線を送る唯花さん。今考えればそれもそうだ。まともに家事ができない俺の元にホームステイをするなんて、可能なわけがない。そもそもホームステイって結構条件があったような――。


「……あ、そう? なんだか、大変ね?」

「あっ、はいー……」


 意外とすんなり言っちゃったよ。てかそうだ。こんなこと言うのもなんだが、一応風花のお母さんだし、風花ほどではないけどそれなりに天然が混じっているんだった。今回ばかりは唯花さんの天然ぶりに感謝しながら、怪しまれないための仮初の笑みを張り付ける。


「じゃあ、シーナちゃん? だっけ。一緒に――」

「っっ!?」


 唐突に俺の手の平を襲うこそばゆさ。見なくてもわかる。こいつっ、俺の手のひらを舐めてやがるっ……! 俺の手相を舐めとるように、それはもうじっとりとしつこく。シーナの舌のざらつきが耐えられない。


(ちょ、ちょっとやめろっ、やめろって!)

(ヤダ。はにゃしてくれはらヤメル)

(離したらべらべらと話し始めるだろ!)

(ひゃあ(さぁ)……?)


「大丈夫? 透琉くん聞いてる?」

「あっ、はい、すいません……ちょっと今日は──」

「っぷはぁっ! イク、シーナ、イキたいっ!」

「ちょ、シーナ!」

「そかそか、わかった。シーナちゃんの分も準備してもらっとくから。透琉くん達は来れる時にいつでも来てねー」

「わ、わかりました。また準備して──」

「シーナもういくー。いいー?」


いつのまにか俺の横に出てきていたシーナは唯花さんに向かって、甘えるような、懇願するようななんとも言えない妖艶な表情でお願いをしていた。その姿が異常に様になっていて、横にいる俺までドキリとしてしまった。

俺でこれなのだ、唯花さんはというと……。


「あら、ちゃんとお顔見たのは初めてだけどめちゃくちゃ可愛いのね〜! 歓迎歓迎大歓迎! 唯花おばさんと一緒にいこっかぁ!!」

「ウンッ!!!」

「あれぇ……」


一瞬で懐柔させられたら由花さんを尻目に、シーナはニヤリと悪い笑みを浮かべたのだった。



※ロシアとラシア合衆国は全く別の国家です。

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