第5話 落ち着いて……。ね?


 その日の学校生活は、中々に刺激的な物だった。

 あ、楽しいとかそう言う類のものではなく、胃への刺激がすごいという事だ。正直胃液がエキサイティングしてしまいそうだった。


 というのも、風花が事あるごとに話しかけてくる。事がなくても話しかけてくる。

 授業の休み時間に始まり、昼休み、ホームルームの後にまでわざわざ俺の席に来て少し雑談をして帰っていく。


 前にも言った通り、風花はかなりモテる。本人はアホの子だから気づいていないかもしれないが。

 だからこそ、クラスの男子からの視線が針のようにぶっ刺さる。多分今日だけで全身が銀色に埋め尽くされるくらいには刺さったと思う。


 それもそうだ。今まで教室の端で空気をしていた俺にクラスのマドンナ的存在の風花が話しかけに行くのだ。どんな天変地異が起こったんだ、と思われても仕方がない。


 まぁ、天変地異も何も、たまたま隣の家で、幼馴染で、えっちなサイト見てウィルスに感染したのを助けてあげただけなんだけどね。


「二人はどういう関係なのかねっ!」


 声優顔負けの声量が、教室に響く。

 俺含め、クラスの大半が声の元に注目した。突如として現れた当て馬感満載の金髪ハーフ。

 確か、名前は田中マイケル。

 あ、この場合俺が当て馬なのか……?


「僕と還ろう風花さんっ!」

「……え?」


 田中マイケルは俺の横にいる風花に手を差し伸べる。


「僕と還ってもきっと楽しいさっ! だから、僕の手を握りたまえ風花さん?」

「あー、ははは……ご、ごめんねー、先に帰る約束してたからー」

「…………」


 俺はあえて静かに黙っていた。ここで間違ってはいけないのは、あえて黙っていたという事。別にビビったとかそういう事ではない。決して!


「ほらっ、僕の手を握って! 僕が本当の幸せを教えてあげるさっ!」

「いやぁ……遠慮しとくね! ごめん!」 


 取って張り付けたような苦笑いを浮かべながら、風花はそう答える。トドメと言わんばかりに「あ、それと……」と、口を開き。

 

「とーるとは、今日一緒に晩御飯食べる約束してるから、それじゃーね!」 

「ばんっ、ご飯っ!?!? だっ、だから二人は一体全体どういう関係なのかねっ!」

「ただの幼馴染だよっっ!!…………今は」


 最後に何か言っていたような気がしたが、まぁ、それなりに思う所もあるのだろう。聞き直すような野暮なことはしなかった。

 あ、決してこの空気感で喋りだせないとそういうわけではないんで。決して。絶対に!


「幼馴染っ……? それを言うなら、俺たちも中学から一緒じゃないかっ! これはもう実質幼馴染だろうっ!? 僕の話も──」

「ごめんっ、とーるとは生まれた時からなんだ! じゃあもう時間だし行くねっ! それじゃ!」


 いつの間にか俺の手のひらには、とても小さくて柔らかく、そして暖かい風花の手が握られていた。そして風花は俺を引っ張りながら教室を出て行く。


「そんな奴の、どこがいいんだよぉぉぉぉぉぉっ!!」


 断末魔のように教室から聞こえてきた叫び声。それを気にすることなく、ふふっと笑いながら、風花は言った。


「『そんな奴』って言ってる時点で、って感じだよね」


 俺の先を行きながら花火が咲いたような笑みを浮かべる風花に、不覚ながらドキッとしてしまったことは内緒だ。




 ちなみに翌日、金でレンタルしてるだとか、風花が弱みを握られているとかいう噂が出てすごく大変でした。辛い。



▲ ▼ ▲



「じゃあ、また後でっ! 迎えに来るから!」


 お互いの家の前で時折横を通る車に気を付けながら、風花と向かい合うこの状況。なんとも懐かしい気持ちになった。


「いいよ。メッセージさえ入れてくれれば」

「えー、だってメッセージ見無さそうだもんとーる」

「……自分で言うのもなんだけど一理ある」

「でしょー。じゃ、今度こそまた後で~」


 風花はそう言って屈託のない笑みを振り撒きながら家の中へと入って行った。ふんわりと彼女の残り香が鼻腔を掠めたような、そんな気がした。



▼ ▲ ▼



 風花に呼ばれ、数年ぶりに加賀美家の敷地に足を踏み入れる。少しだけ緊張したが、一歩踏み入れば数年前の感覚が戻ってきて意外と慣れた。

 玄関先では唯花さんが待ち構えており、やはり数年の年月を思わせない美貌を未だに保っていた。


「お久しぶりです、唯花さん」

「お久しぶり、透流くん。最近どう? ちゃんと生活出来てる?」

「はい、おかげさまで。それにしても、大丈夫だったんですか、僕がお邪魔して」

「あー、それなら全然気にしないで。美花は友達の家に泊まりに行ってて、ちょうど一人分余るから。全然気にしなくていいわよー」

「そうですか、ありがとうございます」


 ちなみに美花とは風花の実の妹で、確か今年中学二年生だったはずだ。最後にちゃんと話したのは美花ちゃんが小学校中学年くらいの時だったような気がする。

 家が隣だから、たまにすれ違うことがあったが、その度にきちんと挨拶してくれる。なかなか良い子に育っている、というのが俺の今の印象だ。


「うんうん。それと、そんなに気を使わなくてもいいからね? 自分の家だと思って楽しんでちょうだーい!」


 そう言った唯花さんに背中を押され、久しぶりに加賀美家にお邪魔することになった。


▼ ▲ ▼


 俺の横には風花、真向かいには唯花さん。そして、斜め向かいには風花のお父さんであり、唯花さんの旦那さんのさとしおじさんが座っていた。

 この席は、俺が加賀美家の晩御飯にお邪魔したときの定番の席順だ。ちなみに美花ちゃんが居るときは、決まって俺と唯花さんの間、世間一般的に言うお父さん席に座っていた。


 時間は進み、主に聡おじさんや、唯花さんたちと数年分の空白を埋めるように、雑談を交わしながら、唯花さんが作った料理に舌鼓していた。


「そういえば透流君、学校で風花ちゃんとやれてる?」

「あー。しっかりやれていると思いますよ。クラスの人気者ですし」


 それに比べて俺は……。うぅ。こういう時だけは自分のクラスでの立ち位置を少々怨む。面倒臭いから改善はしないけれど。


「それ本当ー? 風花って馬鹿であほで先の事考えないから、母として心配でさー」

「……お気持ちお察しします」

「ちょ、ちょっととーる!?」

「あー、うちの風花は将来ちゃんと結婚できるかしら。私はそれが一番不安だわ。ね、父さん?」

「あぁ、正直、俺もそう思う」

「おっ、お父さんまでー!!」


 風花の両親はケラケラと笑い、対照的に風花は拗ねたような表情をしていた。

 俺はしばらくその様子を見て、口を開いた。


「確かに、風花は馬鹿でアホで先の事は考えませんけど、美人でいい子だから結婚相手には困らないと、幼馴染から見ても思いますよ。唯花さん」

「あら、あらあらー?」

「……何か変なこと言いました?」


 先ほどまでケラケラと笑っていた唯花さんたちどころか、風花まで俺の事を凝視している。何か地雷でも踏み抜いてしまったのか。一瞬で全身から冷汗が出たような感覚がした。

 そして、俺が原因を突き止めるよりも先に、唯花さんはしめた、と言わんばかりの顔で平然と言ってのけた。


「なら……透流君が風花の結婚相手になってくれないかしら? そしたら私たちも安心だし、第一、風花も——」

「おっかぁぁぁさん!?!?!?!?!?! ちょっと待って、待って待って。何言ってるの? え? え?」

「いや、何言ってるも何も……」

「もーーーー! いい! いいから! さっさとご飯食べちゃおう? ね? きょ、今日私が皿を洗うからっ! ね!?」


 面白いように耳まで真っ赤に染め上げて、立ち上がった風花。何をそんなに焦っているのだ。


「なんでそんなに焦ってんだ風花。どうした?」

「どっ、どうしたって! 結婚すればとか言われてるんだよ!? 逆にとおるは大丈夫なの!?」

「まぁ、いつもの冗談だろ。それにそう思われないようにしたいなら早く彼氏なりなんなり作れ」

「も~~~~~! とーるは何にもわかってない!」

「えぇ……」


 風花は俺からそっぽ向いて、あからさまに機嫌を悪くしたようだ。相変わらず風花の沸点が良くわからない。数年前まではこんな感じじゃなかったような気がするんだけど。

 俺は助けを求めるように向かいに座っていた唯花さんを見る。唯花さんは笑いながら肩を竦めて、風花の方を見た。


「風花ー。今日のデザートは風花の大好きなプリンアラモードよ?」

「大好きお母さん!」

「ちょろー……」


 一瞬で手のひらを返した風花に半分呆れたが、まぁこれでこそ風花だな、とも同時に思った。

 単純で馬鹿で、守ってあげたくなるようなアホの子。それが加賀美風花。俺の幼馴染だ。


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