第14話 思い違いと違う思い

 その部屋は煌びやかな王城の中にあって、異質な雰囲気を醸し出していた。白い壁に茶を基調にした落ち着いた色彩の絨毯に、立派な無垢材の無骨な机という風に飾り気が無い。

 角部屋であり、二面は大きな窓とバルコニーとなっている。その窓の脇にはカーキ色のカーテンが纏められており、レースのカーテンのみが閉められていてそよ風に揺られていた。

 静けさの中にペンを走らせる音だけが聞こえる。


 意外にもここは王の執務室だ。華美を好まない今代の王が王城の中で唯一和める場所がここなのである。


 今その静寂が破られる事になる。遠くから近づいて来る足音がその原因なのだった。

「はぁ、フリューニか」

 扉の前が騒がしくなる。警備兵を振り切って見目麗しい女性が入室して来た。


「殿下、暫しお待ちを! ああ! お待ち……」

「アージ兄様! アージ兄様! 大変ですわ! 一大事ですの!」

 兵の制止は見事に振り切られ、猪の様な勢いで部屋に突撃して来たのは王妹であるフリューニだった。


「フリューニ、無作法だぞ」

「それどころではありませんわ! あの方が! あの方が現れたそうですわ!」

 アージスモは頭を抱えたくなる。まだ確定情報では無いから彼女の耳だけには入れない様に細心の注意を払っていた筈であったのだ。


 それなのに……だ。アージスモの苦悩は続くのであった。


▽▼▽


 ソイベはそれまでに別件で溜めていたフラストレーションもあった為に、思いの外に大きな声が響き渡った。

「ソイベ! 大丈夫か!」

 叫び声を聞いて男が駆け付けて来る。


「あっ」

「ああ、良かった。助けてキーベ! ルニムネが拐われそうなの!」

「何だと! 貴様……あっ」

 ウォザディーは駆け寄って来た男に見覚えがあった。所が、ソイベの話を聞いて怒り心頭なキーベは、警備兵としての職務を全うしようと物凄い勢いで迫って来る。

 そして、今まさに掴み掛かろうとした瞬間、苦笑いのウォザディーと思いっきり目が合った。そして、キーベは全てを察する。


「あのな、ソイベ。ルニムネは何処にいたんだ」

「だから、今拐われそうなの!」

 落ち着いたキーベの言葉にもソイベは必死に状況を伝えた。

「お前は昨日から一番何を心配していた?」

「そんなの決まっているわ! ルニムネの安否よ!」

 ソイベは苛立ちもあり声を荒げる。

「で、そのルニムネは?」

「ここに……えっ? えっ! えっ?」

「ソイベ先生ごめんなさい、ただいま」

 ソイベの百面相にウォザディーの頬が緩む。場が落ち着いたと見て、ルニムネは恐る恐るソイベの前へと出ると謝った。


「そちらは、ウォザディー様だ。森でルニムネを保護して連れて来てくれたんだ」

「えっーーー! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ソイベは首がもげるのではないかと思うほど、何度も頭を下げて謝罪し続けるのだった。


「私、ウォザディーさんに森で助けて貰ってご馳走も頂いたわ」

「えっ、それはありがとう御座います」

 一通りソイベが謝罪を終えると、ここぞとばかりにルニムネはウォザディーにして貰った事を告げ始める。


「いや、別に大した事では無いから、お気になさらずに」

「お風呂も使わせて貰ったの。シャワーだけじゃなくて湯船もあるお風呂よ」

 ウォザディーが気を遣わせないようにするのだが、その傍からルニムネが次のエピソードを話す。

「そうなの、重ねてありがとう御座います。でも、ひょっとしてウォザディーさんはお金持ちなのですか?」

「さあ、どうだろうな」

 ウォザディーはそこそこお金を持っているのだが、今の価値が分からないのではっきりと答える事は出来なかった。


「この洋服も作ってくれたの」

「そうよね、服着替えてるものね。それも、お高そうなものに」

「いや、余り物を手直ししただけだから」

 何だか金持ち認定をソイベにされそうになったので、ウォザディーはお金を掛けた訳じゃないとアピールする。


「ウォザディーさんはね。久しぶりに家を出たんだって。それで旅に出ようかって言っていたのよ」

 ここまで来ると流石にウォザディーにもルニムネの魂胆が見えて来た。彼としてはルニムネを送って、彼女の心配事であった服に関してその他の皆の物も作って渡したら立ち去ろう程度に考えていたのだったが、彼女は違ったらしい。


「そ、そうなのですね。それでは、せめてものお礼の意味も込めてぜひ当院で一泊して行って下さい」

 ソイベが頭を下げる。勝ち誇った顔のルニムネがウォザディーの手を取ったので、無理に断る必要も無い彼は素直に孤児院の中へと入って行ったのであった。

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