第13話 勘違い

 孤児院の前まで来たウォザディーは一瞬立ち尽くしてしまう。


「大方予想はしていたが、ここまで寂れているとはな」

「うん、おんぼろでしょ!」

 ウォザディーの気遣いはルニムネによって潰された。溜息を吐いた彼とは対照的に、楽しそうにニコニコとしている彼女である。無邪気さは時に残酷なものだ。


 孤児院はジウティ教の教会より出資を受けて運営している。ウォザディーの居たヌカウラ孤児院もそうであったのだ。毎月教会の偉そうな人達がやって来ていた。院長にずっしりとした皮袋を渡しているのを彼も何度か目撃している。それ以外にも、お古の洋服なども持って来てくれる。服は着れるサイズの物を孤児院の皆で分け合うのだ。お古とは言え自分の物が増えるというのは嬉しかった事をウォザディーは良く覚えている。


 ジェウティ教はガンデュオ大陸で広く信仰されていて、ティディサア王国の国教に定められている一神教の宗教である。敬虔な教徒が多く戒律自体はそんなに厳しくは無いが、異端者には厳しく一度異端認定されてしまうと残酷な程の仕打ちを周囲から受け続ける事になるのだ。

 そのせいもあって非常に秩序立った生活を送り、ティディサア王国の犯罪発生率の低さに貢献していると言われている。

 教会は徳を積む事こそ神の御心に近付ける手段と考えている為に慈善事業を多岐に渡り行なっているのだった。


「んっ?」

 突然扉が開いたのでウォザディーはルニムネを庇いながら端に避ける。

「今日の所はこの端金で帰ってやるが俺達はバリュコデュノ組系列だぞ、分かってんなぁ!」

「お前は黙っとけ。お嬢さんがびびっちまってるじゃ無いか。すみませんね。コイツにはよく言い聞かせておきますので。では、今日お話しした事を良く考えて何が子供達の為になるのか、次に伺う時迄に答えを用意しておいて下さいね」

「……ええ」

 明らかにチンピラと思われる男を叱り付けた高級そうな衣服を纏った男が女性に丁寧な口調で語り掛ける。だが、その表情はどことなく下卑ていて、堅気の人間でないのがウォザディーには一目瞭然だった。


 バリュコデュノというのは王都の裏社会を纏めている組織の事だ。その下部組織は多種多様でスラムの人間の自立支援の組織から詐欺や恐喝を生業としている組織まで幅広く存在する。

 王都の全ての組織と形はどうあれ繋がりが有るとさえ噂されるが、組織の実態は不明なのである。

 実は王家主導だとか革命を目論んでる組織だとか実際は存在しないとか、様々な噂が飛び交っているが真偽の程は定かでは無い。


 ウォザディー達は扉の横で死角になっていた為に、二人組は気付かずに去っていった。

 一安心したのも束の間、扉を閉めようと振り向いた女性とウォザディーはもろに目が合ってしまい、気まずさがその場を支配する。

「貴方は? ……はっ、その子を離しなさい!」

「おっおい、待て待て落ち着け!」

 女は玄関脇にあった箒を手にすると、ウォザディーに向かって構えた。今にも襲いかかって来そうな彼女を彼は慌てて宥めようとする。


 ウォザディーと女の睨み合いは続いていた。正直彼にとっては何一つ脅威になり得ない。逆にちょっとでも反撃をしようものならば女に大けがを負わせてしまうのは明白である。正当防衛とはいえ無闇矢鱈に傷付けるのは気が引けるのだ。

 それに女は勘違いしているのは明らかなので誤解が解ければ穏便に事が進む筈だと思っているので尚更だった。


「なあ、こっちの話も聞いてくれてよ」

「黙りなさい! 卑劣漢の言う事など何故聞かなければならないのですか!」

 この通り埒が明かないのである。


「お前は勘違いをしているぞ」

「勘違い? その子は、ルニムネはうちの子です! 無理矢理連れて行くつもりかもしれませんがそうはさせません!」

「やめて、ソイベ先生!」

 ウォザディーより先に痺れを切らしたのはルニムネだった。ところが、頭に血が上っているソイベは彼女の言葉を『やめて(←ウォザディーに対して)、ソイベ先生!(助けて)』と解釈してしまう。


「誰かぁ! 助けてぇ! 誘拐よぉ!」

「はぁ?」「ええっ!」

 ソイベは腹の底から叫び、その声は辺りにこだましている。ウォザディーは面倒臭そうな顔をして、ルニムネは驚き目を見開いて立ち尽くしたのであった。

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