第11話 大乱を振り返って
冷静さを保とうと平坦な口調でキエッツォ王国の話をしていたキーベだったが、遂に歯を食いしばってしまい話が中断してしまう。
「更に魔物まで……」
キーベは悲痛な面持ちでそれだけを絞り出す。
「魔物……」
ウォザディーには魔物に関して二つ心当たりがあった。一つは魔王を倒した時に手に入れた指輪で、もう一つは魔物の群れだ。
「ああ、悪魔と魔女は魔物を使役していた。そして魔物を率いて攻め込んで来たんだ。次々と街は落とされ多くの命が奪われた」
「……平和の為だと言っていたのに……」
指輪はウォザディーが魔王から託されていた物だった。
三十年前のあの日、負けを悟った魔王は己の全ての力を使い、一瞬の隙を付いてウォザディーの懐に入り込んだ。ウォザディー目掛けて伸びて来る腕に、彼は死を覚悟する。所が、魔王の腕はウォザディーの胸を貫く事は無く、胸の前で止まった手が開かれるとそこには指輪が有った。魔物を使役出来るというその指輪をウォザディーへ託し、生き残った魔物達の命を懇願して魔王はその命を散らして行ったのだ。
その意思を継いでウォザディーは指輪を嵌めて魔物に命令を下す。『人間から逃げ延びろ』と。
次の瞬間には、軍との衝突をしていた魔物の群れが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。その力を目の当たりにしたヤーカンはその指輪に興味を示す。彼は魔物達を救う為に使いたいと懇願して、ウォザディーから指輪を貸り受けた。結果、彼はそれを悪用したのだ。
「そして奴らは王都目前まで攻め込んで来たのさ。そこで当時王太子だった陛下が率いる国軍と対峙した。その戦は俺も一兵卒として出兵していたが、悲惨な戦場にもう終わりだと思ったさ」
キーベは遠い目をしていたのであった。
▽▼▽
ウォザディーが森の小屋で3年程過ごした頃であるから凡そ27年前の事であるが、王太子からの使者がやって来た。
「騎士の交代以外で人が来るなんて珍しいな」
「ミフオサ卿、貴殿に殿下よりの書簡を届けに参った。謹んで受け取られるが良い」
三年という月日に、いい加減頭へ来ていたウォザディーは荒々しく書簡を奪うと雑に開封する。ちょっとした意趣返しは思いの外、気持ちをスッキリさせた。
「なっ、なんたる無礼な! これだから平民上がりは! この事は殿下に報告させて頂くので覚悟していなさい!」
逆に、使者のボルテージは最高潮になったようだが。
『君にこの様な事をしておいて、更に苦しくなったら頼るのは図々しいだろうがそれでも頼みたい。機密もあって詳しくは話せないが魔物の群れが現れたのだ。どうにか殲滅させてくれ。礼は弾む、前金代わりを持たせた。頼む』
手紙を読み終えたウォザディーは、すっと掌を差し出す。
「ああっ、分かっておりますとも。こちらをお渡しするように申し付かっております」
「良く分かっているようだな」
苛立ちを隠せない使者だが、それでも形式に則り丁寧にウォザディーに王太子であるアージスモからの預かり物を差し出す。彼は渡された最高級の魔法書を懐に仕舞うと目を閉じた。
「んっ! 人が混じっている」
この状態の群れに殲滅するような魔法をぶち込むと、人にも被害が及んでしまう。
「……残りの褒美の代わりにこの森を貰うと殿下に伝えてくれ」
「何ですと! ルイシネ樹……」
一瞬考え込んでウォザディーは作戦を立てた。魔物をこの森に転送させて結界を張ってしまうという少々乱暴なものだ。
そうと決まれば使者や馬車それに騎士も王都へと無理矢理転送させた。
「くっ、流石に多いな」
人の気配を避けて魔物の気配だけを転送する事に集中し、精神力がごっそりと削られる。歯を食いしばり全力を解放したウォザディーの周りには、魔力の渦が取り巻いていて小さな竜巻を起こしていた。
「よし、上手くいったな。……家は無くなったけど」
結界を張り終えたウォザディーの目の前には瓦礫の山と化した小屋の残骸が積み重なっている。
「そういえば……ルイシネ!」
使者の言葉を思い出してウォザディーは愕然とした。瓦礫を中心に半径数十メートルの木々が薙ぎ倒されている。だが、それ以上に森全体に結界を張ってしまった事が大問題なのだ。
これより後、建国の頃より神聖視されてきたルイシネ樹海は、結界のせいで迷いの森という通称が一般的になってしまうのであった。
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