第10話 有るものと無いもの

 困った顔をして考えこんでいるウォザディーを見て、他に身分証が無い事を察した検問係は助け舟を出す。

「誰か保証をしてくれる方がいらっしゃいましたら、申請書を書いて頂いて新しい身分証を発行できるのですが」

「院長はさすがにもういないだろうしな。ヌカウラ孤児院に問い合わせてもらえれば身元の記録が有る筈だ」

 検問係の親切心に、ウォザディーも心当たりを素直に答えた。流石に王太子の名を出したら問題が解決するだろう。だがそれだと貴族の身分証を隠した意味が無くなってしまうのだから。


「ヌカウラ孤児院?」

「お前じゃ知らんだろうな。残念だがあそこは悪魔と魔女の反乱後に経営難で潰れたよ」

「それは困ったな」

 検問係は知らなかったがベテラン警備兵のキーべは知っていた。それは偏に歳の差である。検問係は19歳でキーベは42歳なのだから。

「仕方があ……無い。俺が保証人になってやるから申請書を書いちまうぞ、こっちに来い」

「本当か! ありがたい、それは助かる。しかし急にどうした」

 どうにもならない事に痺れを切らしたキーベは解決策を提示する。彼に何のメリットも無い提案にウォザディーは彼の本心を聞いてみた。


「ルニムネの恩人みたいだしな。大した手間でも無いからな。それにその服はお前さんがくれたものだろ」

「まあな。だが、それこそ大した手間じゃ無いぞ」

 どうも不器用なキーべの最大限のお礼の表現だったみたいだ。服の事を言われたルニムネは嬉しそうにしている。


「そうなんだよ。すごいんだよ。で作ってくれたの!」

「まこう?」

「いやいや、魔法だ。俺は魔法使いなのでね」

 ルニムネの言葉をウォザディーが訂正した瞬間にキーベの顔色が変わった。青い顔で辺りを見回したキーベは、近くに人がいない事にほっとしている。

「ハハハ、嫌だなウォザディーさん、冗談はそのくらいにしてくれよ」

「いや、冗談じゃないが」

 ウォザディーは真面目に答える。冗談を言ったつもりは更々無いのであるから。

「分かってますよ! 周りにバレたらどうなると思ってるんですか!」

「やばいのか。何か、すまん」

 物凄い剣幕で詰め寄るキーベにウォザディーは反射的に謝ってしまう。


「ウォ……お前さんは悪魔と魔女の大乱は知らないのか」

「ああ、それなのだがルニムネに聞いた絵本の話だとヤーカンとギムテアの事だろ。あいつらは勇者と聖女じゃ無かったのか?」

 ウォザディーはいい機会だと思って聞いてみた。きっと歳の近いキーベなら知っているであろうから。


「何と! まさかお前さんの口からその言葉を聞くとは思わなかった。忠告するがあの二人の名もそうだが、二度とその呼び名は口にするなよ。あと”魔法”もだ。この国で平穏に暮らしていきたいならな」

 キーベは心底驚いた表情を浮かべながらも、ウォザディーに釘を刺す。後半が小声になっていたのは何故なのだろうと彼は疑問に思った。


「どういう事だ。絵本の前半部分は俺の知っている出来事だった。……まさか後半も事実が元になっているのか!」

 ウォザディーは元パーティメンバーだった二人の笑顔を思い出して信じられない気持ちで一杯になる。出来れば、キーベに否定して欲しいと心から願っていた程だ。


「事実なものか!」

「そうだよな」

 ウォザディーは安心したが、キーベの顔は険しいままだった。

「事実はとても絵本に出来るようなものじゃ無かった。尤も奴らのでは今でも民達は凄惨な状況らしいがな」

「まてまて、ヤーカンとギムテアは国を興したのか!」

 これには流石のウォザディーも心の底から驚いた。


「だから、悪魔と魔女だ! 興したというよりは奪ったという方が近いな。あくまでも自称の国だ。拝領した領地で秘密裏に軍備を増強させて奇襲の様な独立宣言と宣戦布告だったからな。国際的にも認められていない」

 ヤーカンとギムテアの自称国であるキエッツォ王国。ただ国際的には国と認められていなくティディサアの内乱区域とされていて、今は休戦中となっている。

 その為に外部との接触がほぼ皆無で、内情を知る者は殆どいない。一説によると王と王妃と一部の特権階級が贅沢な暮らしをする為に多くの民が奴隷の様に働かされているとの話である。


 ただ、前述の通り接触がないので、真偽の程は定かでは無いのであった。

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