第4話 ルニムネ・ツナシュナ

 ウォザディーは過去の色々な事を思い出していた。孤児院暮らしだった彼を見出したのが当時の王太子である。

 ウォザディーの世界でも稀な魔力を使いこなせる“魔法使い”という力を欲したからとはいえ、生活が良い方向に激変した彼としてはやはり感謝しかなかった。


「怪物さん、なんだか嬉しそうだね」

 少女はウォザディーに釣られて笑顔になっている。

「ああ。だが、その怪物さんというのは止めてくれないか」

「ええぇ。どう見ても怪物さんなのに……ほらっ」

 どうしても納得出来ない少女は、再度手鏡をウォザディーに向けて来た。


「うおっ!」

 ウォザディーは思わず後ずさった。髪はボサボサに伸びて顔の下半分は髭で埋め尽くされた怪物と呼ばれても仕方の無い姿に、二度目でも驚いてしまう。

「ねっ」

「うーむ。そういえば鏡で自分を見るなんて30年ぶりだな」

 ウォザディーの言葉に少女は呆れ果てた視線を向けていた。


「これは失礼をした」

『パチン』

 指を鳴らすと、ウォザディーの体が光に包まれる。眩い光は次第に光量を落としていき、ついには消え去った。

「これでもまだ怪物かな? お嬢ちゃん。俺の名はウォザディー、魔法使い……元……だな。今は強いて言うなら魔法を極めし者かな」

「…………」

 体を包んでいた光が消えた事で、ウォザディーの姿がはっきりと見える様になる。そこには髪の毛も短く整い髭も一切無くなりスッキリしていて均整の取れた顔立ちの中年男性がいた。

 あまりの変貌に少女は絶句してしまう。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「えっ、あっ、私はルニムネって言います。えっと、ウォザディーさん、魔法使い? それって何ですか?」

 少女、もといルニムネは魔法使いを知らないようだった。

「そうだな。魔法使いは希少だからな。知らないか。今みたいなのが魔法でそれを使う者を魔法使いと呼ぶんだ」

「魔法?」

 ルニムネは頭にハテナを浮かべていたので、ウォザディーは不安になった。魔法はこの世界の理であって絵本や童話などにも当然のものとして描かれているのだから。


「ルニムネは魔法を知らないのか?」

「うん。初めて聞いた」

 ウォザディーの表情に釣られたのかルニムネの表情も曇っていく。どうもルニムネは空気を察する事に敏感みたいだ。

「絵本は? サネデルリやネニギョフミは読んだこと有るだろう?」

「ううん。知らない」

 どちらの話にも魔法を使う魔女が登場する。

 片や継母と連子に虐められていたサネデルリを魔法で美しく着飾らせて城のパーティーに参加させ、そのパーティーで王子様に見染められたサネデルリは王子妃として幸せに暮らすという話だ。

 もう一方は人間の王子様に恋をした獣人族の娘が、魔法で人間になって王子様と結ばれるという話である。

 どちらもウォザディーが子供の頃は定番の絵本だった。他にも魔法が出てくる絵本など掃いて捨てる程有った筈であるのだ。


「魔法を知らないなんてあり得るのか? ルニムネは何処に住んでいるのだ」

 ひょっとしたら、ティディサア王国内でも辺境に住んでいるのかもしれないとウォザディーは考えた。それならば、百歩譲れば魔法を知らない人間がいる可能性はある、かもしれない。


「えっと、イコルニアツだよ」

 ルニムネの口にした言葉はウォザディーには耳馴染みのない名称だった。

「それは国のどの辺に有るのかな」

 ウォザディーにも聞いた事のない地名なので、余程辺鄙な所に有るのかもしれない。それならば、彼の推論を裏付ける証拠になりそうである。


「あっ、違うよ。そうじゃ無くて、ディアトキアのイコルニアツ孤児院だよ」

 ルニムネは中々に聡い子のようで、ウォザディーの質問から勘違いに気付き自ら訂正した。


 ただ、ディアトキアはティディサア王国の王都である。しかも、ウォザディーは王都にある孤児院でイコルニアツなどという名の物は知らない。それもあり、彼は益々混乱する事になったのであった。

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