第19話 あの怪人退治は、初めてだったか?

 カーテンレールの隙間から零れる光で、友利ともりは目を覚ました。

 

 体を起こした友利は、隣ですやすやと眠っている、無駄に顔が良い親友の顔を枕で隠し、ベッドから抜け出す。

 

 一絛 結友いちじょう ゆうすけは、何度ても、何度も、姿を変えて戻ってくる。

 

 それは友利にとって救いであり、呪いでもあった。

 

 もう、本当の一絛の姿を、友利は思い出す事ができない……。

 

 ——まだ誰も起きていない家の台所に立ち、朝食を作る。

 

 今日は土曜日だから、しばらくは誰も起きてこないだろうし、パンケーキを焼こう。

 

 飽きないように、味変を用意したら喜ぶかな。

 

 美之みゆきに食べさせやすいように、1口サイズでいくつも焼いてあげよう。

 

 鼻歌交じりに、友利は材料を混ぜていく。

 

 友利は、美之と違って音楽に対する思い入れは特に無い。

 

 火傷をしたり、指を切ってしまって演奏ができなくなっても、別にどうだっていい。

 

 之音達が美味しそうに食べてくれる方が嬉しかった。

 

 ……ミニパンケーキを量産しながら、友利は自身の首を撫でる。

 

 昨夜のことを思い出し、年甲斐もなく——数百歳に年甲斐も何もあったものじゃないが——泣かされてしまったなと、自然なため息が出た。

 

 仕方ない。何度経験したって怖いものは怖いし、痛いものは痛い。

 

 どれだけ強く引っ掻いても、噛み付いても、痕すら残らないから、見ている側からすればなんとも思わないんだろうけど。

 

 ——パンケーキが焼けて、冷め始めたくらいになってようやく之音ゆきと美之みゆきが起きてきた。

 

 之音は私服だったから良いが、美之は制服で寝ている。後でアイロンをかけてあげよう。紅茶をれるためにお湯を沸かしながら、今日の予定を立てる。

 

「おはよう、今日は寒いね」

 

 お湯が湧いた頃、ようやく一絛いちじょうが起きてきた。と言っても、もうすっかり身支度を整えて、髪もしっかりとまとめられているが。

 

 先程まで立てていた予定を白紙にして、家事は全て一絛に任せる事にした。昨晩の仕返しだ。

 

 正月明けの寒い時期に首筋と肩を晒して出歩いていたクセに、ストールまで巻いて、な格好をしている。

 

「……寒いとか思う感覚有ったんだな……」

 

 美之の小さな呟きが聞こえて、心の中で友利は大きく頷いた。

 

 一絛の本当の顔を忘れても、なければ気温を気にしない服装だけは忘れた事が無かった。

 

「さ、朝ごはんにしようか」

 

 ——————————

 

 一絛に家事を任せた友利は、テーブルとタロットを持って、之音と出会った公園に来ていた。

 

 案外、占いに来てくれる客は多い。

 

 一海かずみ市に限った事ではなく、どこでも。

 

 一絛いわく、友利は顔が良く、人を惹き寄せるオーラが有るかららしい。

 

 生業なりわいにしておいてなんだが、友利はすらも信じていないので、友利の事がな一絛の戯言ざれごと程度に受け止めているが。

 

 まぁ、今日の目的は金稼ぎではない。

 

 テーブルやタロットを持ち出したのだって、自然と外に出るためだ。

 

 最悪之音達が迎えに来ても良いように、少し席を外している体を装い、テーブルだけ残して昨日の廃墟へと向かう。

 

 今日の目的は、之音ゆきとを襲ったムジクラである、石村 花菜いしむら はなを始末する事。

 

 之音達を帰した後、友利は男達に精神操作の音ド♯ミソシ♭ド♯を聴かせて帰宅させた。

 

 便利な技で、記憶を丸ごと書き換えたり、人格を変えたり、思考や理念を捻じ曲げたり、事もできる。

 

 にも使が有る。

 

 しかし、と言うべきかやはりと言うべきか。便利な技には制約が付き物だ。

 

 相手の事をよく知っている場合、この技を使う事はできない。

 

 あくまでも、物語のモブに二次創作オリジナルストーリーを与えてやる力という訳だ。

 

 制約が無ければ、一絛に友利を殺させる事だって簡単なのに。

 

 そんな事はどうでもいいか。花菜だけは、廃墟の中に居る。そこで一晩過ごすように指示を出した。

 

 花菜を始末するのは、花菜の周りの男達は彼女の願いによって取り巻きになっただけの、言わば被害者だからだ。

 

 人の命を奪っておいて、花菜の叶えた願いはどれもモテたいとか、お金が欲しいとか、可愛くなりたいとか、そんなどうしようも無い物ばかり。同情の余地なんて無い。

 

 何故知っているかって? なんだって良いじゃないか。

 

「さぁ。処刑の時間だ」

 

 変身して廃墟に足を踏み入れつつ、花菜の精神操作を解いてやれば、彼女は何が起こったのかと困惑しつつ、友利を睨み付けた。

 

「なんのつもり?」

 

 どれだけ驚いていても、花菜はベテランのムジクラだ。

 

 ブローチを撫でて、ゴスロリ風のドレスに変身する。

 

 カスタネットのような形のフリルがドレスを飾っていて、悪のお姫様のようだ。

 

「処刑って……あぁ、あの女之音を狙ったから恨んでるの? 復讐のつもりかしら」

 

「別にうらんでるわけじゃないけどさ、なわけよ。俺」

 

 武器を取りだす、友利と花菜——ドミソドの音と軽快なリズムが、妙に気持ち悪い噛み合わせで廃墟に反響していた。

 

 短剣を片手に友利に飛びかかる花菜。

 

 それを友利は長剣で弾き返し、石突いしづきで花菜の頭を殴る。

 

 いきなり刺さなかったのは、優しさじゃない。

 

 手に伝わってくる振動を楽しむように、友利は何度も花菜の肩や胸、喉を殴った。

 

「やめてっ! ごめ、ごめんなさっ、痛ッッ」

 

 小さく丸まって身を庇う花菜を殴り、蹴り、時には急所を避けて剣を刺す。

 

 これではどちらが悪人か分からない。

 

「あ……ゃ……」

 

 気絶と覚醒を繰り返し、自らを守る気力を失った花菜が、焦点の定まらない虚ろな目で友利を見つめるようになって、ようやく友利はいたぶるのを辞めた。

 

「これでトドメ——」

 

 長剣を、花菜の喉に突き刺そうと振り上げた直後、友利の変身が解けた。

 

「ヒュッ」

 

 短く息を吸い、膝から崩れ落ちる。

 

 全身に、殴られたような、蹴られたような、刺されたような痛みが走っている。

 

 ……力には制約が有る物だ。

 

 精神操作の音を使うと、時々操られている人や、少し前まで操っていた人と感覚がリンクしてしまう。

 

 友利ならそれを分かっているから、無茶な事はしないのに。

 

 一海かずみ市に、人の心を操ってしまう怪人の存在が認められるのは、もう少し先の話になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月27日 18:00
2024年12月28日 18:00
2024年12月29日 18:00

遺伝子ピアノ。ホームレスを拾った女子高生が音楽の力で運命を変えていく物語 空花 星潔-そらはな せいけつ- @soutomesizuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画