第18話 ミの音へ之く
その部屋の左右に部屋が2つと3つずつ有って、ピアノ部屋の右隣に之音、さらにその右に
多少大きさにバラツキは有るが、ダブルベッドを置いても余裕があるくらいの広さが有る。
その、広い部屋で之音と美之は寄り添うように眠っていた。
——帰宅してすぐ、ベッドで横になった美之は夕飯を食べる気になれず、かと言って眠る事もできず、ただ横になっていた。
久しぶりに演奏をした。
開放弦……
久しぶりに、楽器に触れた。
もっと、自由に、演奏したかった。
之音を助けた事よりも、何よりも、手に、耳に、伝わってくる振動が心地よくて、今は自分1人だと生きていくことすら
そうやって、うだうだと考えている内に年甲斐もなく涙が溢れてきて、間の悪いことに、之音が部屋に入ってきた。
「美之くん、さっきはありが……大丈夫?」
見られた、とか、そんな事はどうでも良くて、ただただ、思っていた事が全部、口から溢れ出た。
止められなかった。
——ムジクラバトルなんて興味がなかった。わざわざ戦って願いを叶えなくても、欲しいものは全部手に入ったし、やりたい事も全部できる
誰かが願いを叶えるのを邪魔する気だって無かったし、ましてや人を殺してまで叶えたい願いなんて一つも無かったはずなのに
それだけ、音楽が好きだったし、音楽さえできれば何も要らないと思ってた
それなのに、なんで俺がこんな目に遭う? 放っておいてくれたら、ムジクラとして戦う事は一生無かったのに
誰かを殺してまで弾きたい曲なんて無いはずなのに、
なんで俺なんだろう——
実際はもっと取り留めがなくて、まとまりのない、ぐちゃぐちゃな言葉だった。
途中から、言葉も出なくなって、泣きじゃくる美之の背中をさすってくれた。
そして……いつの間にか之音も眠ってしまったのだ。
向かい合ってすやすやと眠っている2人を、扉の隙間から見ていた
——————————
之音達が眠った事を確認したのは、そのためだ。
「ぁ゙ッ……」
声、と言うよりは音に近い、空気の掠れる音が、友利の喉から絞り出される。
痛みと圧迫感から、自然と体が逃げようとして、友利は鍵盤を掴んだ。
鍵盤は高音の不協和音を奏で、友利の指が空を切る。
肘が鍵盤を叩き、重低音が空気を震わせた。
倒したままの譜面台。譜面台の代わりに、友利の頭が乗っている。
角に、首を押さえつけられた状態で。
一絛の細い指が、丁寧に、逃げ道を奪うように、友利の気道を潰していた。
友利の桃色の目は次第に光を失い、酸素を求めて魚のように動いていた口は、小さく痙攣するだけになっている。
「……ごめんね、
謝りながら一絛が手を離すと、友利の腕が、肩が、頭が、ピアノ全体から乱暴に音を鳴らしながら滑り落ちた。
糸の切れた操り人形のように、友利はペダルに体を預ける体制で動かなくなった。
無機質な目が、心配するようにしゃがんで顔をのぞき込む一絛の瞳を映している。
「っ——!」
数秒後、友利は酷く咳き込みながら、首を抑えて体を起こした。
咳は少すれば治まり、痛そうに抑えていた首も、すぐに治ったようだ。
「あー……また死ねなかった」
先程とは違う種類に無機質な目で、友利は呟く。
そんな友利を見つめる、一絛の赤い目を認め、友利の表情は責めるような物へと変わる。
「俺を殺せるのはお前だけだろ? なんで、いつも殺してくれないんだ!」
「ごめん……でも、俺は
友利は乱雑に、一絛の口に自身の指を入れた。
最後まで言わせてやる気はない。先程まで自分を殺そうとしていた人間の口から、生きてて嬉しいなんて言葉、聞きたくない。
「殺してくれよ……。頼むから……」
親とはぐれた子供のような、泣きそうな顔で友利は
友利の指を追い出した一絛は、何度もごめんと謝りながら、友利の頭を撫でた。
「不死なんて、望んでない」
グズグズと泣き出した友利を、一絛は優しく撫で続ける。
「ゆ、
数百年前の、初代ムジクラに、2人の男が居た。
今、子供のように泣いている不死の男……
「大丈夫……大丈夫……。何回でも、僕は生まれ変わるから。絶対1人にはさせないから、泣かないで……」
一絛が友利を優しく抱きしめる。
数百年間、ムジクラによる願いは、2人の優しい少年たちの友情を、歪んだ愛にして、無理やり一つに結びつけてきた。
願いを叶える力は、ありとあらゆる人の心も、人生も、歪めてしまう。
いつか、きっと……之音と美之の純粋な願いも歪められてしまう。
ムジークラフトバトルは——どんな願いでも叶える事ができる手段というものは——そうやって、人の心を捻じ曲げる事で存在しているのだから。
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