第17話 命と願い、そして操り人形

「願いを叶えたムジクラをね——殺すのよ」

 

 簡単でしょ? と赤い目を狂気的に輝かせ、花菜はなは笑っていた。

 

 花菜が動いたのを合図に、男たちが之音を囲むように現れた。

 

 之音ゆきとは空中を撫で、虹色の鍵盤を出現させ、叩く。

 

 友利ともりから教えてもらった身体能力向上の音ミソシレファ♯ファ♯を鳴らす。

 

 鍵盤が之音の体に吸収され、変身した事で元から上がっていた身体能力が更に強化された。

 

 続けて鍵盤を出現させ、武器召喚の音ドミソドを鳴らす。

 

 呼応するように、周りの男たちがそれぞれの楽器を鳴らしていく。

 

 武器を出現させた人、之音と同じく身体能力を上げた人、仲間を援護する音楽を鳴らした人も居るだろう。

 

 体がすくみ、血の気が引く。之音にとって誰かからの殺気を向けられるなんて……さすがに初めてだし、それが複数からとなると、それだけで心が折れそうだ。

 

 しかし、美之みゆき達のためにも死んでは居られない。

 

 震える手に力を込めて、剣を構える。

 

「死ねっ!」

 

 背後から男が斧を振り下ろす。

 

 少しでも反応速度が遅ければ頭を割られていた。

 

 血の気が引く感覚が繰り返し襲ってくる。

 

「あっ!」

 

 足が思っていたよりも動かなくて、之音は前のめりに膝から崩れ落ちた。

 

 顔を庇うように倒れた直後、なんとか意地で体を動かして仰向けになる。

 

 今だと言うように、花菜たちが之音へ迫っていた。

 

 之音は咄嗟に鍵盤を出現させ、足止めの音レミファミレドシドレを鳴らした。

 

 ピタリと花菜達は動きを止めるが、2秒も持たないだろう。

 

 ここまで、なんだろうか。

 

 友利ともりの言葉をきちんと聞いておけばよかった。

 

 後悔が、之音の心をむしばむ。

 

 花菜達の動き出すまでの数瞬が、とても長く感じた——

 

 ——————————

 

結友ゆうすけ! 之音ちゃんを見なかったか!?」

 

 友利が勢い良く一絛の部屋のドアを開ける。

 

 彼とは長い付き合いが有る一絛いちじょうが驚く程に、取り乱していた。

 

「み……見てない、けど……」

 

「クソッ、なんで待っててが聞けないんだ……!」

 

 苛立った様子で友利は部屋を出ていく。

 

 残された一絛が慌てて追いかける。

 

 丁度よく帰宅した美之にも、友利は之音を見なかったか聞いていたが、美之は首を横に振った。

 

「どうした? 結一ゆういちが取り乱すなんて珍しい」

 

「之音ちゃんがに引っ掛けられたかもしれない」

 

 一絛の問いに重ねるように答えた友利は、1度自室に向かい上着を手に取るとそのまま出ていこうとする。

 

「待て結一! 俺も行くから。落ち着け」

 

「……そう、だな。ごめん。ちょっと取り乱してた」

 

 友利は目を閉じ、深く深呼吸をして頷いた。

 

「あの、ムジクラ狩りってなんですか?」

 

 2人のやり取りを見ていた美之が首を傾げる。

 

「言葉の通りさ。ムジクラを騙して殺したり……君みたいに未来のある子から演奏技術を奪ったりする」

 

 友利が説明している間に出かける用意を整えた一絛が、友利の説明を補足した。

 

「願いを叶えたムジクラを殺したら……殺した人が確実に願いを叶えられるからね」

 

 説明を聞いた美之は、顔を青白くさせて、唇を強く噛んだ。

 

「美之クン。キミは……たしか演奏ができよね?」

 

 脈絡のない一絛の問いに困惑しつつ、美之は頷く。

 

 それを見た一絛は満足気に笑い、灰色の小さなムジクラブローチを、美之の制服に取り付けた。

 

「僕のブローチと紐付けられたブローチだ。

 

 指揮者のムジクラはねするんだよ」

 

 ——————————

 

 永遠にも感じられた数秒が終わり、花菜達は動き出す。

 

 痛みに備え、ギュッと目を瞑った之音の耳にピアノの音が飛び込んで来た。

 

 花菜達の音じゃない。

 

 だって、ピアノに関するムジクラは……之音か、くらいしか居ないから。

 

 ソとラの音が繰り返し繰り返し鳴らされる。ソとラのトリルだ。

 

 花菜達は動き出すが、誰も武器を持っていない。

 

 之音の上をたくさんの手が無意味に掠めて行った。

 

「なに!? どういうこと?」

 

 困惑した声を上げ、自身の手を見る花菜。何度もカスタネットを出現させようとしているようだが、虹色の光は形になる前に消えてしまう。

 

 男の1人が音のする方へと勢い良く飛び出す。武器の消えた原因が、音にあると判断したようだ。その判断は、間違いじゃない。

 

 男達の隙間から、ピアノをあしらったスチームパンク調の姿に変身して、虹色のピアノを弾いている友利の姿が見えた。

 

 あらゆる効果の無効化の音ソとラのトリルを弾いている。

 

「友利さん……!」

 

 助けに来てくれた事への喜びや、安心感が之音の声や表情から滲み出ている。

 

「僕達も居るよ」

 

 虹色の指揮棒タクトを右手に、楽譜をあしらったスチームパンク調の服と、に変身した男……タクトを持っているから、一絛だろう。

 

 それから——

 

「之音、怪我はないか?」

 

 バイオリンをあしらった軍服調の姿に変身している美之。手には……バイオリンが握られている。

 

「ッ! 逃げるわよ!」

 

 花菜が撤退の指示を出した。

 

「させないよ」

 

 友利の演奏が止まる。

 

 一絛がタクトを振ると、虹色の細かい光が、まるで糸のように美之の指に巻き付く。

 

 光は、一絛の指揮に合わせて繊細に動き、美之の指が操り人形のように催眠の音ソレラミラレソを鳴らす。

 

 カクン、とその場に膝を付き、倒れていく男達。

 

 花菜は最後までその音に抗っていたが……何度も音を鳴らすうちに倒れてしまった。

 

「これでよし……と」

 

 全員が意識を失った事を確認した友利が頷く。

 

「来てくれて、ありがとう……!」

 

「どういたしまして。帰ったらお説教……と言いたい所だけど、特に怪我もしていないみたいだし、今回は詳しく説明しなかった俺の責任って事で不問にするよ」

 

 優しく之音の頭を撫でた友利の視線の先では、中途半端に音楽をした影響からか、精神的な消耗が激しく今にも倒れそうな美之が居た。

 

藤音ふじおと君もあんな感じだしね」

 

「ん……そう、だね。うん。帰ったら美之くんにちゃんと謝らないと……」

 

「そうした方が良いだろうね。俺はこの子達をなんとかするから、先に帰っておいて」

 

「分かった。本当にありがとうね!」

 

 ——一絛と共に美之を支えながら、之音は家へと向かう。

 

 良い仲間が出来たんだと実感して、喜ぶ気持ちを感じながら。

 

 少しでも気を抜くと、殺されかけた事実や——ムジクラとして願いを叶えることの意味について、考えて、怖くなってしまうから。

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