第17話 命と願い、そして操り人形
「願いを叶えたムジクラをね——殺すのよ」
簡単でしょ? と赤い目を狂気的に輝かせ、
花菜が動いたのを合図に、男たちが之音を囲むように現れた。
鍵盤が之音の体に吸収され、変身した事で元から上がっていた身体能力が更に強化された。
続けて鍵盤を出現させ、
呼応するように、周りの男たちがそれぞれの楽器を鳴らしていく。
武器を出現させた人、之音と同じく身体能力を上げた人、仲間を援護する音楽を鳴らした人も居るだろう。
体がすくみ、血の気が引く。之音にとって誰かからの殺気を向けられるなんて……さすがに初めてだし、それが複数からとなると、それだけで心が折れそうだ。
しかし、
震える手に力を込めて、剣を構える。
「死ねっ!」
背後から男が斧を振り下ろす。
少しでも反応速度が遅ければ頭を割られていた。
血の気が引く感覚が繰り返し襲ってくる。
「あっ!」
足が思っていたよりも動かなくて、之音は前のめりに膝から崩れ落ちた。
顔を庇うように倒れた直後、なんとか意地で体を動かして仰向けになる。
今だと言うように、花菜たちが之音へ迫っていた。
之音は咄嗟に鍵盤を出現させ、
ピタリと花菜達は動きを止めるが、2秒も持たないだろう。
ここまで、なんだろうか。
後悔が、之音の心を
花菜達の動き出すまでの数瞬が、とても長く感じた——
——————————
「
友利が勢い良く一絛の部屋のドアを開ける。
彼とは長い付き合いが有る
「み……見てない、けど……」
「クソッ、なんで待っててが聞けないんだ……!」
苛立った様子で友利は部屋を出ていく。
残された一絛が慌てて追いかける。
丁度よく帰宅した美之にも、友利は之音を見なかったか聞いていたが、美之は首を横に振った。
「どうした?
「之音ちゃんがムジクラ狩りに引っ掛けられたかもしれない」
一絛の問いに重ねるように答えた友利は、1度自室に向かい上着を手に取るとそのまま出ていこうとする。
「待て結一! 俺も行くから。落ち着け」
「……そう、だな。ごめん。ちょっと取り乱してた」
友利は目を閉じ、深く深呼吸をして頷いた。
「あの、ムジクラ狩りってなんですか?」
2人のやり取りを見ていた美之が首を傾げる。
「言葉の通りさ。ムジクラを騙して殺したり……君みたいに未来のある子から演奏技術を奪ったりする」
友利が説明している間に出かける用意を整えた一絛が、友利の説明を補足した。
「願いを叶えたムジクラを殺したら……殺した人が確実に願いを叶えられるからね」
説明を聞いた美之は、顔を青白くさせて、唇を強く噛んだ。
「美之クン。キミは……たしか演奏ができたよね?」
脈絡のない一絛の問いに困惑しつつ、美之は頷く。
それを見た一絛は満足気に笑い、灰色の小さなムジクラブローチを、美之の制服に取り付けた。
「僕のブローチと紐付けられたブローチだ。
指揮者のムジクラはね不可能を可能にするんだよ」
——————————
永遠にも感じられた数秒が終わり、花菜達は動き出す。
痛みに備え、ギュッと目を瞑った之音の耳にピアノの音が飛び込んで来た。
花菜達の音じゃない。
だって、ピアノに関するムジクラは……之音か、友利くらいしか居ないから。
ソとラの音が繰り返し繰り返し鳴らされる。ソとラのトリルだ。
花菜達は動き出すが、誰も武器を持っていない。
之音の上をたくさんの手が無意味に掠めて行った。
「なに!? どういうこと?」
困惑した声を上げ、自身の手を見る花菜。何度もカスタネットを出現させようとしているようだが、虹色の光は形になる前に消えてしまう。
男の1人が音のする方へと勢い良く飛び出す。武器の消えた原因が、音にあると判断したようだ。その判断は、間違いじゃない。
男達の隙間から、ピアノをあしらったスチームパンク調の姿に変身して、虹色のピアノを弾いている友利の姿が見えた。
「友利さん……!」
助けに来てくれた事への喜びや、安心感が之音の声や表情から滲み出ている。
「僕達も居るよ」
虹色の
それから——
「之音、怪我はないか?」
バイオリンをあしらった軍服調の姿に変身している美之。手には……バイオリンが握られている。
「ッ! 逃げるわよ!」
花菜が撤退の指示を出した。
「させないよ」
友利の演奏が止まる。
一絛がタクトを振ると、虹色の細かい光が、まるで糸のように美之の指に巻き付く。
光は、一絛の指揮に合わせて繊細に動き、美之の指が操り人形のように
カクン、とその場に膝を付き、倒れていく男達。
花菜は最後までその音に抗っていたが……何度も音を鳴らすうちに倒れてしまった。
「これでよし……と」
全員が意識を失った事を確認した友利が頷く。
「来てくれて、ありがとう……!」
「どういたしまして。帰ったらお説教……と言いたい所だけど、特に怪我もしていないみたいだし、今回は詳しく説明しなかった俺の責任って事で不問にするよ」
優しく之音の頭を撫でた友利の視線の先では、中途半端に音楽をした影響からか、精神的な消耗が激しく今にも倒れそうな美之が居た。
「
「ん……そう、だね。うん。帰ったら美之くんにちゃんと謝らないと……」
「そうした方が良いだろうね。俺はこの子達をなんとかするから、先に帰っておいて」
「分かった。本当にありがとうね!」
——一絛と共に美之を支えながら、之音は家へと向かう。
良い仲間が出来たんだと実感して、喜ぶ気持ちだけを感じながら。
少しでも気を抜くと、殺されかけた事実や——ムジクラとして願いを叶えることの意味について、考えて、怖くなってしまうから。
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