第16話 願いを確実に叶える方法

 美之みゆきの左小指の第2関節が動くようになった。

 

 一條いちじょうのおかげだ。

 

「泊めてもらってるお礼に」

 

 と一條に楽譜を渡されたのが、彼が家にやってきて5日後の土曜日。

 

 5日で、ピアノ初心者の之音ゆきとでも弾ける曲を作曲したらしい。

 

結友ゆうすけは作曲家なんだよ」

 

 どこか誇らしげに言う友利ともりに、そう言えば作曲家の親友が居ると言っていたなと之音達は思い出した。

 

「あとは……一応、指揮棒タクトのムジクラブローチも持ってるよ。

 

 結一ゆういちと違って、怪人退治もしてる」

 

 友利が怪人と戦わないのは昔かららしい。

 

 曲を之音に渡してから、一條は一緒に戦ってくれるようになった。

 

 かなり怪人退治ムジクラバトルに慣れている一條が一緒なので、戦える敵の数は当然増える。

 

 それに、之音はそんな事無いと否定しているが、彼女はかなり技術の上達が早い。

 

 一條の足を引っ張ることなく、むしろとても良いバディとして戦っている。

 

 願いを叶え、美之の左小指の第2関節が動くようになる頃には、一海かずみ市に期待のルーキー登場、と小さなコミュニティでは言われるようになっていた。

 

 ——————————

 

「あ、あの! 来海 之音くるみ ゆきとさん……ですよね?」

 

 金曜日。美之みゆきは所用で先生に呼び出されていて、之音だけで帰宅していたら、声をかけられた。

 

 声をかけてきたのは一海市立第二高等学校かずみしりつだいにこうとうがっこうの制服を着た少女。

 

 肩より少し長い黒髪を三つ編みハーフアップにした、赤い目の、眼鏡をかけた……いかにも二校生にこうせいらしい、気の弱そうな少女だ。

 

 二校にこうは一海市内の中では比較的治安の良い地域に有り、全体的に大人しめな人が多いのが特徴なのだ。

 

「そうだけど……」

 

 震えているのは寒さのせいだけではないだろう。


「わ、私、石村 花菜いしむら はなって言います……!」

 

 勢いに任せて名乗った花菜はなは、その後続けて言うはずだった言葉を見失い、「あの」「その」と意味の無い文字の羅列で場を繋ぐ。

 

「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫だよ」

 

 之音は自身をせっかちな部類だと認識しているが、勇気を持って話しかけてくれたであろう人を無下にする気は無い。

 

 怪人を倒した時とかに助けた人かもしれないし。

 

「わた、私! 藤音 美之ふじおと みゆきさんのファンなんです!

 

 あっえっと、そうじゃなくてあの、その、つまりですね……

 

 之音さんが美之さんを助けていらっしゃるのを、お手伝いしたくて!」

 

「本当!?」

 

「はい! その、私も一応ムジクラでして……。弱い怪人がたくさんいる場所を知っているのです!」

 

 今まで、ムジクラとして叶えたい願いが何なのか聞かれた事はあった。

 

 しかし、協力したいと言われたのは初めてだ。

 

 同居人であり、友人であり、願いにより手に入れた仲間である美之を助けたいと言ってくれる人が目の前に居る。

 

 之音は純粋に嬉しかった。

 

 だから、単純な罠にも気付かない。

 

 ムジクラであるなら……わざわざ之音に協力したい、なんて言わなくても、願いを叶えるだけで美之を助けられるのだから。

 

 ——————————

 

「あれ、之音ゆきとちゃん出かけるの?」

 

 制服から私服に着替え、花菜はなとの待ち合わせ場所へ向かおうとした之音を、友利ともりが呼び止める。

 

「あっ、うん! なんかね、怪人が大量に居る場所が有るんだって。友達が言ってた」

 

「ふーん……」

 

 友利は少し考え

 

結友ゆうすけを連れて行った方が良い」

 

 と言った。友利に之音の言うの正体が分からない以上、露骨に疑うのも失礼な気がしたのだ。

 

「あー……ごめん。なんか、男の人苦手なんだって」


 花菜はなの仕掛けた罠だ。

 

 少しでも之音を騙しやすくするための。

 

『……昔、いろいろあって……男の方が、少し怖いんです……』

 

 震えながら涙目で訴えれば、之音が一條や友利を連れてくる事はまず無いだろうと、初めから計算されていた。

 

「……ちょっと待ってて。何とか、誰か探してみるから。之音ちゃんだけで行くのは……危険すぎる」

 

 友利は緊迫感を孕ませた声でそう言って、自身の部屋へと向かう。

 

「あ、うん」

 

 無視のできない空気感に、之音は小さく頷いたが——

 

 友利が見えなくなってすぐ、花菜からメッセージが送られてきた。

 

 花菜が之音の家に近付きたくないと言うから、念の為に交換しておいたのだ。

 

『ゆきとさん、ごめんなさい!』

『妹が!』

『一般人の妹が』

『怪人の居るところに向かってて!』

 

 焦っているのだろう。

 

 連投される花菜のメッセージを見て、之音は友利に声をかけることもせず、家を飛び出した。

 

「こっちです!」

 

 花菜の待っている場所まで之音が辿り着くと、花菜も走り、之音を先導する。

 

 ブローチを撫でて変身しつつ、そこそこの距離を走る。

 

 花菜に案内され、到着した場所は廃墟。

 

 中に怪人の気配は……無い。

 

 様子を探っていると、鋭いギターの音が聴こえ、反射的に之音は身を捻った。

 

 直後、之音の真横を投げナイフが通過した。

 

「外したか」

 

 舌打ちと、男の声。

 

 廃墟の中にも、周りにも、人の気配が有る。

 

 最低でも5人だろうか。

 

 之音は花菜を守ろうと動いたが、花菜は大きくため息を付いた。

 

「なんで避けちゃうかなぁ……」

 

 先程までの気の弱そうな少女とは雰囲気が打って変わって、強気な顔をしている。

 

「どういう事?」

 

「知る必要は無いけど、教えてあげる。

 

 ムジクラはね、ぜーったいに、確実に願いを叶えられる方法が有るの!」

 

 楽しそうに大きな身振りを交えて花菜は語る。

 

「どんな方法か分かる?」

 

 ズイっと、之音へ顔を近づける花菜。

 

「わ、わかんない……」

 

「あはっ! 簡単よ

 

 願いを叶えたムジクラをね——」

 

 花菜が右手を開くと、虹色に光る半透明のカスタネットが現れた。それを軽快なリズムで叩けば、カスタネットは短剣へと変化する。

 

 ヒュんっと、勢い良くその短剣を之音の方へ向ける。

 

 之音は、直感的に後ろへ飛び退いた。動いていなければ首を半分ほど斬られていただろう。

 

「——殺すのよ」

 

 簡単でしょ? と赤い目を狂気的に輝かせ、花菜は笑っていた。

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