第15話 偶然を装う占い師

 余らせて夕飯に流用しようと思ってたんだけど、と言いつつ、友利ともりは4人がそれぞれ満足できる量のオムライスを食卓に並べた。

 

 冷めてしまっているが、美味しそうだ。

 

 しかし、大型犬色男こと、一條 結友いちじょう ゆうすけは食卓に並べられたオムライスを見て、心霊写真を見た人のような顔をした。

 

「これ、本当に結一ゆういちが作ったのかい?」

 

 友利とオムライスを見比べる一條は、当然だと言うように頷いた。

 

「きちんと食事をしろと言ったのは結友ゆうすけだろ」

 

 友利の腕を掴んだ一條が、彼の体温や脈を計るのを見て、之音は友利の知らない一面を見ているような気がした。……実際、知らない一面を見ているのだが。

 

「ほら、早く食べるぞ。お前のせいでこれオムライスが冷めたんだから」

 

 いつもよりも友利の口調が乱暴だ。

 

 だけど、それが一條に対する信頼の証であることは表情から見て取れる。

 

「あぁ……悪い。キミたちも、またせちゃってごめんね」

 

「あ、いえ」

 

 友利と初めてであった時のような居心地の悪さと、滝つぼに落ちてしまったような身動きの取れない感覚がして曖昧な態度を返す。

 

 バラバラにいただきます、と手を合わせ、オムライスを口に運ぶ。

 

 友利の料理もすっかり食べ慣れた之音ゆきとは、一口食べて、いつもと味付けが違うと思った。

 

「んっ! 美味しい! だ!」

 

「だろ」

 

 当然のように返して、友利も一口食べる。

 

「来る事、知ってたんですか?」

 

 スプーンを差し出した之音を制して、美之みゆきが尋ねる。

 

「まさか。偶然だよ」

 

 友利は平然と答えたが、量が丁度だったり、味付けが一條の好みに寄せられていたりで、とても偶然とは思えない。

 

「まぁ……今朝占いでね、懐かしい人に出会うかもって出たから」

 

「……」

 

 偶然。占い。矛盾した単語だなと美之は思う。

 

 友利の占いは、タロットだ。

 

 タロットの考え方は、この世に偶然は無いというもの。

 

 友利の言葉は……時々、大きく複雑に矛盾している。

 

「さすが結一」

 

「俺の昔の知り合いで生きてるのはお前くらいだからな」

 

 友利は一体何歳なんだ。

 

 之音も美之も、同じ疑問を持って2人の会話に耳を傾ける。

 

「僕に会えない間、寂しかった?」

 

「馬鹿言うな、寂しがってたのはお前の方だろ」

 

 2人は、仲が良いとか、信頼しあっているとか、そう言う言葉では言い表せない何かが有るようだ。

 

 例えるなら……見た目通り、家族……とか。

 

 愛のある家族の形に憧れがある之音の目にはそう映った。

 

 オムライスを掬って、美之に差し出す。

 

「ごめん。ちょっと甘すぎるかも……」

 

 まだ半分も食べていないのに、美之はもういいや、と首を振った。

 

 今日のオムライスは、かなり甘い。

 

 昼食と言うよりは、おやつに近い味だ。之音はこれでも良いと思ったが、美之は胃が受け付けないらしい。

 

「あぁ……ごめんね。次からは味付けを別けるようにするよ……まぁ、次に結友ゆうすけが来るのはいつか分からないけどね」

 

「あはは……元々住んでた家は引き払った。家を借りるまではネカフェにでも泊まろうかと思ったんだけど……」

 

 困ったように眉を下げる一條を見て、美之は嫌な予感がした。

 

「この辺り、ネカフェ無いんだね。これはしばらく野宿かな〜」

 

 冗談か本気か、軽い口調で一條が言う。

 

「絶対ダメ!」

 

 之音が強く静止する。

 

 あぁ、こうなると思った。美之は頭痛がした。

 

一海かずみ市の治安の悪さを舐めちゃダメだよ。一條さんみたいな人が夜中に外居たら何されるか……」

 

「同感だね。何回殺されると思ったか……」

 

 之音の言葉に、ホームレス経験のある友利が大きく頷く。

 

 一海市の魔境度合いを知っている人の言葉は、説得力が違う。

 

 だからこそ、美之の頭痛は酷くなる。なんなら胃も痛い。

 

「部屋なら余ってるから! ここに住めばいいよ!」

 

 何も良くないだろう、と言いたい。

 

 言いたいが、美之も居候の立場なのだ。安易に口を挟めない。

 

「之音……その……こんなに泊めて、大丈夫か?」

 

 何とか、当たり障りのない言葉を選び、遠回しに之音を止めようとする美之。

 

「大丈夫だよ。生活費はお父さんのお金から出てるだし」

 

「そうじゃなくて……」

 

 之音を止めるのは無理だな。無言で之音を肯定するように笑っている友利を止めるのはもっと無理だ。

 

 最後の希望は一條が常識的な人間である事だが——

 

 ——ダメだな。大型犬が好物を前に待ての合図を出されている時のような顔をしている。

 

「もう良いよ……大丈夫だろ。多分」

 

 話を聞く限り、友利と一條は相当な年寄りだ。

 

 之音に手を出す事なんて、有り得ないだろう。

 

 有り得ないでくれ。

 

 美之は頭痛と戦うのを諦め、ズレた常識に生きている人たちへ合わせることにした。

 

 ——この決断が、最大の過ちだとも知らずに。

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