第14話 親子ほどの親友

 美之みゆき之音ゆきとの家に越してきてから3日後、始業式の日だ。

 

 せっかくの冬休みは柿原かきはらのせいでほとんど潰れてしまった。

 

 既に亡くなっているから、あまり悪く言う気にはなれないが……。

 

 ——一海かずみ市は相変わらず治安も民度も最悪なので、始業式では始終教師に対する罵詈雑言ばりぞうごんが飛んでいたし、窓ガラスが数枚割れたが、平和に放課後を迎えることができた。

 

 一海かずみ市民にとって、この程度のトラブルは日常である。

 

 始業式の日は3限で授業が終わる。

 

 ちょうどお腹がすき始める時間と帰宅時間が重なるため、昼食準備中の台所から流れてくる匂いがテロ級の破壊力を持っていた。

 

「お腹空いた……」

 

「うん。そうだな」

 

 数分置きにお腹空いたと訴える之音を適当に流す美之。

 

 そろそろ家が見えてくるという所で、之音の肩が不意に叩かれた。

 

「ほわっ!」

 

 反射的に、肩を叩いた人物を殴ろうとした之音だが、その人物——白髪をハーフアップにした、あの色男だ——は軽く拳を受け止めた。

 

「ごめんね驚かせちゃって」

 

 人の良い笑顔を見せる男に、之音はひとまず警戒を解いたように見せる。

 

 美之が1連の出来事に気づき、反応した頃には色男が拳を受け止めていた。

 

 改めて、之音は一海市ここの住民なんだなと実感する。

 

 こんなんだから自分は襲われがちなんだよな、とも。

 

「ちょっと、聞きたいことが有るんだよね」

 

「はい、なんですか?」

 

 一応は警戒しているが、穏やかに之音が応える。

 

「この辺りに占い師の男が居なかった?」

 

 色男の問いに、之音達は顔を見合わせる。

 

「40代くらいの?」

「居ません」

 

 美之の問いと、之音の否定が同時だった。

 

 色男は満足気に笑い、之音はため息を着いた。美之も、やってしまったという顔をしている。

 

「知り合い、なんだね?」

 

 確認するように、色男。

 

「……あなた、何者ですか?」

 

 之音は威嚇するように語気を強めた。

 

 美之は、そこまで気にしていなかったが、之音は色男が事に何か……どうしても、悪意を感じてしまうのだ。

 

 もしかすると、目の前の色男は友利ともりに対して何かしらの私怨がある人間かもしれない。

 

 同居人を害する可能性がある以上、迂闊うかつな行動は避けたかった。

 

 ……美之が心配しているような、事には鈍感なのに。

 

 之音は——性格と名前こそこんなだが——見た目だけは誰よりも女らしい事を自覚するべきじゃないか? 場違いにも美之はそう思ってしまった。

 

「僕は——」

 

 言いかけた色男の顔が、何かを見つけ、パァっと明るくなった。

 

 視線の先を追いかけて振り向くと、友利ともりの姿が。帰りの遅い之音達を心配して迎えに来たのだろうか。

 

「あっ、友利さん」

 

 危ないかも、と之音が言うよりも早く、色男は動き出した。

 

結一ゆういち!」

 

「おっと」

 

 見た目に似合わず、勢い良く抱きついた色男を友利は軽く受け止める。

 

 之音は咄嗟とっさに、飼い主が仕事から帰ってきた時の大型犬を連想してしまった。

 

「久しぶりだね」

 

 慣れた様子でポンポンと色男の肩を叩く友利に、やはり大型犬だと、之音は思ってしまう。

 

 大型犬だと思ってしまえば、後は警戒心なんて抱けない。

 

 可愛いだけだ。

 

「誰? この人」

 

 驚かされた当てつけに、犬と呼んでやろうかと思ったが、友利と親しそうだったので辞めた。

 

「そうだった、自己紹介の途中だったね」

 

 元気に尻尾を振る大型犬から、人間に戻った色男は之音達に向き直る。

 

「僕は結一ゆういち一條 結友いちじょう ゆうすけだよ」

 

 親友をやけに強調したり、結一の、とわざわざ言ってくれなくても別に取りやしないのに。

 

「俺に近付いてくる1人目が結友ゆうすけだ。藤音ふじおと君が2人目」

 

 一瞬何の話かと掴みかねたが、そう言えば初めて会った時、友利が「美之は2人目だ」と言っていたなと思い出した。

 

「……いや、親友って年齢差じゃないでしょう」

 

 友利が間に言葉を挟んだので、一瞬、誤魔化されかけたが、美之は冷静に鋭く切り込んだ。

 

 友利はどう若く見積もっても40代。一條は逆に、どう高く見積もっても20代前半だ。

 

 親子でも納得が行ってしまう年齢差だろうに。

 

「……ムジクラだから、その関係でね」

 

 なにか言おうとした一絛を制して、友利が答える。

 

「あぁ。なるほど」

 

 不老か、若返りを望んだとか、その辺だろう。

 

 顔の良さだけで生きていけそうな見た目をしているしな。と納得して美之は頷いた。

 

 年齢差について聞いた時、一條と友利の表情が曇った事には気づかずに。

 

「まぁ、立ち話もなんだ。結友も昼食がまだだろ? 食べていきなよ」

 

「そうだ! 私すごくお腹すいてるの!」

 

 之音がはしゃいだ声を上げると、一條は「え」と頓狂とんきょうな声を出した。

 

結一が食事を……? 天変地異でも起きるのかい?」

 

 一條が驚く理由が、之音達には分からなかった。

 

 友利は毎食欠かすこと無く美味しい食事を作るから。

 

「はは、思い出話は食べながらで良いだろ。ほら、俺の家はこっちだから」

 

 乾いた笑いと共に、家の方へと向かう友利。

 

 触れられたくない、とでも言うかのように、話題を逸らしたのだ。

 

 一條はそんな彼を信じられないものを見る目で見ていた。

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