第13話 引越しと遺体と人影

 特筆すべき事はほとんど起こらないまま、美之みゆきは退院した。

 

 正確には、家族でない之音ゆきと達は美之と面会できなかったからの方が近いが。

 

 どちらにせよ、10日間の入院中、何も起こらなかったのは事実だ。

 

 唯一の語るべき事は、美之の右人差し指の付け根が動くようになった事だが——それも之音ではなく別の誰かが怪人を倒した結果なので、やはり特別に語るような事はない。

 

 美之の元ヘルパーで、美之を襲った犯人の1人である柿原 彩奈かきはら あやなのままだ。

 

藤音ふじおと君はこれからどうするんだい? 1人で暮らすのは無理だろう」

 

 友利ともりの問いかけに、美之は力なく笑う。

 

「……どうしましょうね。

 

 今更実家には帰れませんし、かと言って新しい人を雇うのも——」

 

「うちに住めば?」

 

 あれこれと考えるのが面倒だった之音が、適当で無難と思われる言葉を挟み込む。

 

 分かりやすくため息を着く美之。

 

「どう思います? 

 

 呆れ顔で、精一杯皮肉を込めて友利を見る。

 

 見ず知らずのホームレスを、出会ったその日に家にあげた之音の迂闊うかつさは……もはや本人に注意してどうこうなる問題じゃないだろう。

 

 治安の悪さで有名な市に16年も生きていてこれなんだから。

 

 自身の喧嘩の強さを過信しすぎているのかもしれない。

 

「良いんじゃないかな? 藤音君を1人にするのは危険そうだし」

 

 あぁ、そうだった。見ず知らずの女子高生の家で暮らしているホームレスは友利だったな。

 

 美之は頭を抱えたくなった。

 

 一応美之は男子高生で、之音は女子高生で……いや、友利は中年男性だ。

 

 親子ほどの年の差があるし、どこまで本気かは知らないが女に興味は無いと、友利は言っているから、間違いは起こらないだろうが。

 

 となれば、危険分子はやはり美之か? 何を考えている、之音に対する下心なんて1ミリも無いじゃないか。

 

 根っこから真面目で、使うかどうかは別として、最低限の常識とマナーは幼い頃から知識として叩き込まれてきた美之にとって、考え無しで治安の悪い人間の思考回路なんて理解ができない。

 

 無駄な事まで考え込んでしまう。

 

 ——結局。

 

 美之は考えて考えて考えた末に、之音の家に住むことにした。

 

 1人だと生活が出来ないのはもちろん、之音の危うさを自覚している自分が、彼女のストッパーにならなければ、いつか本当に間違いが発生してしまう……。

 

 そんな美之の心配を露とも知らず、これからは一緒に過ごせるねと喜んでいる之音が……案外、嫌いではなかった。

 

「父さんに話はつけた。生活費は毎月振り込まれるから……それで」

 

「わかった! 私もお父さんに伝えたよ。部屋は……隣でいいよね?」

 

「まぁ、良いよ」

 

 まだ空き部屋の有る之音の家はまるで、こんな風に色んな人が寄り集まって暮らす事を想定していたみたいだった。

 

 変なヤツが之音の隣で暮らすくらいなら、美之が近くに居た方が良いだろう。

 

 上辺だけの友達ならたくさん居たが、美之に対する打算を持っていない人と行動を共にするのは彼にとって初めての事で、距離感を掴みかねている。

 

 少ない荷物を運び終えた、新しい部屋のベッドに寝転がり、美之は窓の外を見ていた。

 

 寒々とした景色だが、天気は良い。

 

 どうせ寒いなら雪でも降れば良いのに、と之音がボヤいたのを聞いた事がある。

 

 雪なんて、降っても良い事は無いのに。美之はそう思うが、之音にとっての雪は美之が思うのとは違う意味を持っているんだろう。

 

 思えば、まだ之音と出会ってひと月しか経っていない。

 

 お互い、知らない事の方が多い間柄なのに。よくもまぁここまで絆を深められたものだ。

 

 美之は考え事をしているうちに、うつらうつらと眠りに落ちた。

 

 ——————————

 

 美之が之音の家に越してきた翌日、元々美之の住んでいたアパートのすぐ側で柿原 彩奈かきはら あやなの遺体が見つかった。

 

 遺体は、目を覆いたくなるほど無惨な姿をしていて、人間による犯行なのか、怪人による事件なのか、2つの線で捜査が進められている。

 

 犯人が突き止められるのは……まだ、先だ。

 

 ——————————

 

 時を同じくして、一海かずみ市へ、友利 結一ともり ゆういちを探している男が近づきつつあった。

 

 運命の波は、之音達を沖へ拐おうと、更に激しく波っている。

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