第11話 残される選択肢
父や母にとって、美之は……子供は、音楽の道具だった。
一卵性双生児の姉が2人。
長男の
妹の
弟の
名前はドレミファソラのお遊びで、男とか女とか、気にしていない。
「ふ」と「あ」の字の成り立ちが「不」と「安」だからって意味も考えず名前を不安にされた妹が、昔からずっと不憫でならなかった。
大好きな音楽を、最高の状態でする事ができる以外、家も家族も、好きじゃない。
……1番才能の有る美之ですらそうなのだ、才能を認められなかった他の姉弟は……どんな気持ちで家に居るんだろう。
嫉妬とか、そういう、どうにもならない感情が向けられていることは知っていた。
だから、美之が天才音楽家だった事にまるで興味のない之音と過ごすのは、心地が良いんだと……美之は思っている。
それはきっと間違いでは、ない。
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申し訳ないとは思いつつ、ヘルパーに着替えなんかを詰めてもらいながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
年越しの瞬間、指が動くようになった。
申し訳程度しか動かないけど、でも、確かに動いている。
それは、小さいけど確かな希望だった。
また音楽ができるかもしれない。
之音に美之の演奏を聴かせてあげられるかもしれない。
頬が緩むのを抑えられなかった。
「
ヘルパーの不機嫌な声が背後から聞こえた。
彼女は、いつも不機嫌だ。仕事はテキパキしているし、やることはきちんとこなしてくれるから、気にしない事にしている。
一応、信頼はしていた。
突然——殴られるまでは。
頭に強い衝撃を受けた時、また手を壊されると思った。
そこからは必死で、卵を護る鳥のように、必死に手を庇って
途中、人が2人ほど増えた気がするが、確認している余裕はなかった。
少しでも気を抜けば、せっかくの希望をまた摘み取られる。
どんな痛みよりも、それが怖かった。
もしかしたら、次は、之音にまで見捨てられるかもしれない。
本当は心のどこかで、父や母が、金も時間も惜しまず、美之の手を治す方法を探してくれると期待していた。
いや、信じていた。
之音の事まで信じられなくなったら、美之はもう、死ぬ以外選択肢が無くなってしまう。
突然、音が鳴ったと思うと周囲から人の気配が消えた。
数十分——実際は数秒だが——身を固くしていた。
足音がして、ドアが開いて、之音の声がした。
「美之くん!」
だって、名前を呼ばれるだけでこんなに安心したのは……初めてだったから。
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