第9話 おめでとう。そしてあけまして
年越しは一緒にしようよ。と
いつも夕飯が終わればヘルパーが迎えに来るか、之音が家まで送ってくれていたので、泊まるのは初めてだ。
年越し蕎麦と、天ぷらをせっせと作る
両親と過ごした年末と同じ気配を感じながら、之音は机に頬を付けた。
「あーぁ、1回も願い叶わなかったなぁ……」
「そう簡単に叶うものでもないんだろ?」
「まぁ……そうなんだけど」
そうなんだけどね。
協力するよと言ったのに、なにも出来ないなんて、虚しいじゃないか。
「……俺が言うのもなんだが……君は、叶えたい願いとか、無いのか?」
美之が、言葉を選びながら慎重に之音に尋ねる。
「有る」
即答。即答して、やっぱり両親に未練が有ったんだと、自覚した。
「それなら君の——」
願いを叶えろよ、と美之は言う気がした。
だから
「でも、叶えたいとは思わないかな」
今更両親が戻ってきたって、もう元通りの家族にはなれないんだから。
「お父さんも、お母さんも、私より大切な人が……もう、居るはずだから」
お父さんは別の女が、お母さんは自分自身が、之音よりも大切なんだ。
無駄に曲調がコミカルな歌がテレビから流れてきて、そのくせ歌詞があんまりにも後ろ向きだから、つい笑ってしまった。
その笑いをどう解釈したのか、困ったように美之は、眉を八の字に下げる。
「俺は……」
下手な同情なら無理矢理話題を変えてでもやめさせようと思った。
だけど、美之の表情が、そういった類の物じゃない事を物語っている気がして、遮ることはしなかった。
「音楽が出来なくなった途端に捨てられた。
もしかしたらそんなつもりじゃないのかもしれないけど、俺が
美之自身、何が言いたいのか分かっていないんだろう。言葉と表情に焦りと困惑が滲んでいる。
「……俺、音楽ができるようになっても
俺は、父さんとか母さんとか関係なく、音楽が好きなんだ」
目を泳がせた美之は、言葉の着地点を探す。
「だから……その……」
しばらく黙って、食卓の醤油を見つめていた美之の耳に、テレビから歌詞が飛び込んできた。
「美之で良いよ」
勢いに任せて放たれた言葉に、思わず之音は吹き出す。
だって、テレビから流れている歌は甘酸っぱい恋の歌で、曲のタイトルは『名前で呼んで』だ。
美之もそんな歌を聴くんだと思うと、どうしてか笑ってしまう。
「わかったよ。美之くん。その代わり、そろそろ私の事も
笑いながら言う之音につられたのか、笑うなよと文句を言う美之も笑っている。
「しかたないな。特別だぞ」
「特別ってなによ〜」
年相応に笑い合う2人。
そんな2人の前に、台所から顔を出した友利は
「おせちだから今食べるのはどうかと思うけど、怪人が出たみたいだから、これを食べて倒しておいで。
帰ったら、蕎麦を食べよう」
「ありがとう友利さん!」
1つを自分の口に入れて、そのままの流れで美之にも食べさせる。
「美味しい! ありがとう! 行ってきます!」
——————————
之音が去ったリビングで、少し早いけど、と言いながら友利が出した黒豆を食べる。
食べたいとも食べないとも言っていないのだが、友利が勝手に口の中に入れるので食べざるを得ないのだ。
「たくさんあるから遠慮しないでね」
「あぁ……はい」
美之はどうにも友利が苦手だ。
藁にもすがる思いで探し出した男ではあるが、時々人じゃないみたいだと思ってしまう。
勝手に食べさせておきながら、遠慮せずに食べろと言うのは……矛盾した言動じゃないだろうか。
いつの間にか歌番組は終わっていて、友利がチャンネルを切り替えた。
年越しの瞬間に多く観られるのはアイドルのカウントダウンライブ番組か、お笑いバラエティ番組だろうか。
しかし美之は、毎年どちらでもなく、クラシックコンサートの番組を観ている。
年越しの瞬間に合わせて曲が終わるように演奏されるから、年によって最後の音がとても長かったり、短かったりするのが面白い。
「年越しはこれでいい?」
友利も同じ番組を観るらしい。肯定の意を込めて頷いた。
「之音ちゃん、観れなくて残念だね」
「……あなたは行かないんですか?」
「行かないよ。俺は戦わない」
当然だと言うように友利は頷いた。
歳のせい……と言うつもりだろうか。
友利よりも年上の人間だって戦っている。と、言いかけたが美之は友利の年齢を知らない。
最古参である事は知っているが、見た目年齢がそのまま歳に現れているとすれば……計算がおかしくなる。
もっとも、最古参である、とかその辺りの情報が間違っている可能性も有る。
友利は何歳なんだろう。
友利に関する情報は、正しく紐解くのが不可能なくらい、複雑に矛盾している。
考えている間に、曲の終わりが近付いてきた。
友利は、之音が1人で倒せる相手しか伝えないと言っているけど……本当に大丈夫なんだろうか。
之音が出て行って、最低でも15分は過ぎている。
いつも過剰に心配しないために時計を見ないようにしているから、余計に不安だった。
そろそろ最後の音が鳴る。
今年は——楽譜通りに終わりそうだな。
今年も残すところ10秒。
力は入らないけど、気持ちだけは手に力を込める。
残り5秒。
4秒。
3。
2。
1。
カクン。
と——指が動いた。
左手薬指の第1関節、だけだけど。
「動いたね。おめでとう」
分かっていたように、友利が笑う。
「それから——あけましておめでとう」
……新年が、始まる。
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