第8話 怪人退治

 月曜日に終業式が有ると、なぜか損をした気分になる。

 

 多分、理由は説明できないけど、同じ気持ちの人は多いんじゃないかな。

 

 クリスマスの翌日、26日の月曜日。一高かずこうの終業式が行われた。

 

 転入してきて2回目の火曜日に冬休みが始まるのは、美之みゆきにとって良いのか、悪いのか……。

 

 面倒なことに変わりはないだろう。

 

 とにかく、之音ゆきとはこの土日で掴んだ音楽の感覚を忘れないように、冬休みは毎日でも家に来てほしいと頼んだ。

 

 それに……音楽を教わるだけじゃなくて、怪人を積極的に探して倒したりもしたい。願いが叶ってるかどうかを確認する意味でも、側にいてほしい。

 

 今年中に、1本でも指を動かせるようにしてあげたい。

 

 之音はまだ怪人を1度しか倒した事がない。

 

 でも、音楽は下手くそでも、喧嘩には慣れている。きっと他の怪人だって……倒せるはずだ。

 

 ——————————

 

「怪人をたくさん倒したいなら、索敵くらいは手伝ってあげるよ」

 

 友利ともりに相談すると、笑顔でそう応えてくれた。

 

「之音ちゃんでも倒せるくらいの怪人が近くに現れたらすぐに教えるね」

 

 どうやってそれを知るのか聞いてみたが、コツを掴めば分かるようになるさとはぐらかされた。

 

 流石は占い師サマ。

 

 ……こうも怪しく振る舞える友利に対する皮肉だ。

 

 ——————————

 

 電子ピアノは面白い。

 

 たった一つのピアノから、オルガンの音もバイオリンの音もフルートの音も出すことができる。

 

「使いこなせれば最強のムジクラになれるってワケだ」

 

 曲を、いくつかの楽器の音で弾きながら友利が言う。

 

「そんな凄い物、私が貰っちゃって良かったの?」

 

 之音の問いに答えるのは、友利ではなく美之だ。

 

「君の家にあったんだろ? それなら君が使って当然じゃないか?

 

 それに、使いこなすために俺が教えに来てるんだ」

 

 今日は友利と美之の2人がかりでピアノを教えてくれている。

 

 主に友利はムジクラで戦いやすくなるための知識を、美之は音楽についてを教えてくれるから、どちらの知識も中途半端な之音にとってはありがたい。

 

「それもそっか」

 

「うん。……ところで、気になってたんですけど」

 

 美之が友利の方を見て、友利も美之の方を見る。

 

「その曲、なんて曲ですか? 初めて聴くけど、すごく良い曲だと思って」

 

「この曲かい?」

 

 友利が軽くピアノを叩き、さっきから何度も聞いた曲を流す。

 

「タイトルは無い。親友が俺のに作ってくれた曲なんだ」

 

 俺のため、と強調する友利。

 

 きっと、すごく大切にしているんだろう。鍵盤けんばんを叩く友利の全身から愛が伝わってくる。

 

「有名な人ですか?」

 

「まぁ……俺を知ってる藤音ふじおと君なら知ってるかもね」

 

 美之は首を傾げる。

 

 どうやら知らないようだ。

 

「おっと、はやめようか。怪人が出たみたいだよ」

 

 友利が立ち上がる。

 

「ちょっと手強いから、さっき俺や美之君が教えた事を意識しながら戦ってごらん」

 

「ん! わかった」

 

 友利がペンダントにしてくれたブローチをそっと撫でる。

 

 ピアノの鍵盤が現れた。ゲームチックに、虹色の光を放つ鍵盤だ。それらが之音の体に吸着する。

 

 その間に鍵盤は形を変え、ピアノと軍服の混ざったようなワンピースへと変化した。

 

 最後の仕上げに、手元に浮かんできた軍帽を被る。

 

 どういう仕組みなのかは知らないが、こうやってすると身体能力や防御力、楽器との相性が大幅に上昇するらしい。

 

「魚屋さんの方へ30秒も走れば怪人がいるはずだよ」

 

「はーい」

 

「気を付けろよ」

 

 楽観的な友利と之音に対し、美之は慎重に、之音に声をかける。

 

 大丈夫だよ、と軽く返した之音は走って魚屋の方へ向かう。

 

 変身の恩恵で、足が数段速くなっている。風を切るのが心地良い。

 

 友利の言う通り、30秒ほど走れば怪人が居た。

 

 白い蜘蛛を無理やり人間の形に落とし込んだような、蜘蛛の怪人。

 

 ムジクラバトルに関する映像を見ていたら必ずどこかに出てくるような、いわゆるだ。

 

 蜘蛛の糸スパイダーウェブから取ってウェーバーと呼ばれていたりする。

 

 空中を撫でると、ピアノの鍵盤——さっき変身する時に出てきたようなやつだ——が現れる。

 

 Iのアルペジオ……ドミソド、の音を弾くと鍵盤は剣に変わった。

 

 友利に教えてもらった技だ。

 

「よしっ!」

 

 地面を蹴り、ウェーバーに斬り掛かる。

 

 蜘蛛らしく吐き出してきた糸を躱し、糸に剣を絡ませる。

 

 蜘蛛の糸は切断する事ができないし、何かに絡みつくまで伸び続けて動くものを追従し続ける。

 

 初見殺しの技だが、映像は出回っているのでよっぽどな馬鹿か運動音痴でもない限りこの技には引っかからない。

 

 ドミナント。ソシレファの音を連打する。

 

 必殺技が出るらしい。初めて戦った怪人には使わなかったので、何が起こるかは分からない。

 

 ……糸が絡まりついた剣が、糸など気にせず自力で宙へ浮かび、ウェーバーを目掛けて勢い良く突き刺さった。

 

 ピキっと何か——ウェーバーの体内にあるブローチだ——が割れる音がして、ウェーバーは粒子となって消えていった。

 

 ——帰ってから友利に聞いてみたが、願いは叶っていない。

 

 さすがに、そう何度も何度も簡単に願いが叶うわけは無いと思っていたので特に残念だとは思わないが。

 

 ……本当に、残念だとは思っていない。本当だ。

 

「お疲れ様。怪我は無いか?」

 

「大丈夫! 私喧嘩強いから! ありがとうね、藤音くん!」

 

「まぁ……君に怪我をされても困るからな。……それから、美之で良い。ずっと言ってるだろ」

 

 こんな調子で、損をした気持ちから始まった冬休みは、1日に2、3体の怪人を倒しながら進んで行った。

 

 冬休み5日目の12月31日まで、1度も願いは叶わなかったが。

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