第7話 滑稽な同情
腕にはシロクマの抱き枕が抱えられている。
「俺は……俺に協力してくれる
之音は決して人の良いタイプではない。
それなのに、美之に協力すると言ってしまった。
何がなんでも仲間にしたかったから……なんだろうか?
それとも、同情したのか。
之音にはまだ、ある日突然失うような人生が無い。
だけど、ある日突然、日常を失う感覚は分かる。
両親が離婚したのは、些細な喧嘩からだった。
金銭感覚のズレや、常識のズレ、その他、挙げていけばキリのない些細な……それでいて共に暮らすには大きすぎるズレが積み重なって、2人は離れていった。
之音のせいではない。頭では理解している。
だけど、自分が悪かったような気もしている。
……美之はもっと重たい物を背負っているんだろう。
だって、今までの生き方ではもう、生きていけないんだから。
「……同情……だよね」
抱いていたシロクマを掲げ、空中で手を離す。
モフっと胸の上に落ちてきたシロクマは、産まれた時からずっと浮かべている不満そうな表情を之音に向けていた。
——————————
「おはよう、
「おはよう。
美之と友利が出会った週の土曜日。12月24日、クリスマスイブだ。
ヘルパーの車に乗せられて、美之が家にやって来た。
有名人らしく、高い服に身を包んでいる美之を見ると、別世界の人だったんだなと実感する。
今日美之が家に来たのは、クリスマスを祝おうとかそんな理由ではない。
音楽を教えてもらうためだ。
友利はかなりの感覚派なため、基本中の基本を超えると、突然説明が曖昧になる。
そして音楽の基礎基本は義務教育の範囲だから、友利から新しく教えてもらう事はほとんど理解できななったのだ。
「とりあえず……何か弾いてみろよ」
とはいえ、美之も人に教えた経験はほとんど無い。どうしたら良いか迷いながら、之音に演奏するよう促す。
「わかった」
楽譜を取りだし、クリスマスに関連付けてジングルベルを弾いた。
小学生の頃は毎年この時期になると音楽の授業でジングルベルを演奏したものだ。
懐かしい気持ちでピアノを叩く。
弾き終えて、美之を見れば苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「へっ——」
「た」「く」「そ」の3文字を飲み込んだのはよく分かった。
「いや、うん。授業だけでそのレベルなら上手い……と、思う。うん」
なんとか当たり障りのない言葉を見つけだして、美之は言葉を紡ぐ。
音を間違えたりはしていないし、リズム感も守っている。
楽譜通りに弾けているから下手くそではないはずなのに。
「どうしたらいいのかな」
「どうもこうも……うーん……」
美之は考え込んでしまった。
「こう……さ、聞いててワクワクした演奏とか、今までに無かったのか?」
しばらく考え込んで、美之が之音に質問した。
「ワクワク……んー、おじいちゃんのピアノは好きだった」
3歳の頃に死んでしまったが、ピアノを弾いていた様子は覚えている。
祖父が写ったテレビが録画されていて、それを何度も見たおかげだとは思うが。
「どんな風に弾いてたとか覚えてるだろ?」
「どんな風に……」
指が舞うようにピアノの上を動いていたような気がする。
だけどそれが音楽に関係あるものだろうか。
「なんて言うのかな……。君のピアノからは楽譜を守ろうとする義務感しか感じない。
音楽って、義務でやる物じゃないだろ? 弾きたいように弾かないなら、演奏する意味が無い」
美之は、本当に音楽が好きなんだと分かった。
人から……親からの関心を取り戻したいのだと、勝手に同情したのが恥ずかしい。
「もう1回弾いてみるよ」
もう1回、と言いつつ弾いたのは赤鼻のトナカイ。
簡単な言葉に一喜一憂する滑稽さが、之音に重なって聴こえる。
でも、だからこそ、曲が終わると之音は驚いた様に「すごく良くなった」と言ってくれた。
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