第3話 ホコリを被ったピアノ
「
ソファでぼんやりとテレビを見つめていた友利に声をかけると、自然に笑顔を作った彼は手を振った。
「自分で稼いだ分しか食べないって決めてるんだよね。だから何か買ってくるよ。もしくは俺が作る」
「じゃあ、冷蔵庫にある物ならなんでも使っていいから作ってよ」
一人暮らしになってからは
腐らせたら後が面倒なので自炊をしているが、料理は嫌いだ。
他に誰かやってくれる人が居るなら、その人にやってもらうに超したことはない。
「はーい」
すっくと立ち上がった友利に台所を任せ、よっぽど下手な料理を出しさえしなければ今後も任せようと之音は考える。
ああでも、バスローブで料理をされるのは嫌だな。明日にでも服を買わないと。
夕飯だけでも作らなくて良くなれば出来ることは増えるだろう。
片付けもできるし、音楽の練習だってできる。
今だ点けっぱなしのテレビの声に思考が遮られて、意識がそちらに向く。
流れてくるのは音楽の話ばかりだ。
ここ数十年の流行りは音楽とその才能。
音楽の才能が有ればすごくて、才能が無ければ他の何ができたって大したことはない。
オマケにここ近年は音楽の才能はピアノ以外遺伝するなんて思想が流行している。
之音の祖父はピアニストだったらしいが、それ以外に音楽の才能を持つ人は之音の家系に居ない。
……すごい人になりたい、とは思わない。
だけど、音楽が出来ないから無価値な人間だなんて、思われたくない。
友利は、もしかしたら音楽の才能が無いってだけで、住む場所を失ったんじゃないだろうか。
之音の住んでいるこの家だって、祖父がピアニストとして名を残していなければ、もっとボロボロで小さなものだったかもしれない。
「才能……な……」
新しい出会いが有りそうだ、その出会いによって才能が認められる
友利の言葉を脳内で繰り返す。
才能が認められる。認められる。
認められたい。
——————————
夕食を終えた之音と友利は、物置と化した離れに来ていた。
プロと言って差し支えないような夕食を出してきた友利を料理係に任命した直後、友利から提案されたのだ。
更にもっと俺をこの家に置いておきたくなる物を見せてあげるよ、と。
汚れた服に着替えた友利の後を着いていく。
数年間開けていなかったから鍵がどこにあったか思い出せなかったが、友利がすぐに見つけてくれた。
さすが占い師サマ。
「えっと……確かこっち。それで……あった、これこれ! 見てよ」
本館ほどでは無いが、そこそこに広い離れを歩いていく友利が見せてくれたのは、ホコリを被った電子ピアノだった。
本館にもグランドピアノ専用の部屋が有るが、離れにもピアノがあったのは始めて知った。
「すごい! これ、使えるの?」
「んー、さすがにもう壊れちゃってるね。でも、本当にすごいのはこっちさ」
そう言って友利はピアノの上に置かれている木箱を手に取った。
ホコリが舞い、友利は咳をする。
「外で見よっか……」
木箱に付着しているホコリを手で払い、友利が外に向かう。之音もそれに続いた。
離れから出てすぐに鍵をかける。そして本館の窓から零れる光で箱を確認した。
電気を消さずに外に出たのは空き巣対策だ。
箱は思っていたよりも綺麗で高級感が有る。
「じゃーん」
中から出てきたのは赤色の丸いブローチ。
それがなんなのか、之音は……いや、現代に生きる人ならみんな知っている。
「ムジクラブローチ……?」
正式名称はムジークラフトブローチ。
音楽を通して人に力を与えるブローチだ。
数百年前、音楽が娯楽程度の認識だった頃。
突然現れた怪人に対抗するために人類が創り出した道具である。
「すごいでしょ」
昔は命懸けで音を奏で、怪人を倒していたらしい。
ブローチを使って変身する技術が開発された今では、すっかり怪人退治が娯楽になっている。
ムジクラバトルなんて言って、
友利はブローチを箱から取り出すと、之音の手に握らせた。
「しかもね、ただのムジクラブローチじゃない。世界に一つだけの電子ピアノのブローチだ」
ブローチは、1つ1つに楽器が割り当てられていて、使う人と楽器との相性が良ければ良いほどに強力な力を発揮できる。
ヒンヤリと冷たい温度と、重みを感じた。
……それから、ブローチの持つ力も。
「之音ちゃん、
友利はじっと之音を見つめている。
生気のない桃色の目と、深緑の目が合う。
「君なら、才能至上主義なこの世界を変えられる」
友利は目を逸らしたりせずに之音を見つめ続けた。
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