第2話 占い師かマジシャンか

 友利ともりは公園にある東屋あずまやのベンチに腰掛けた。

 

 いつもここで占いをしているのだろう、当たり前のように簡易的な机が置いてある。

 

 盗まれないのだろうかと思ったが、盗む気も失せるようなボロ机だ。壊される心配をした方が良いかもしれない。

 

「あっこれね、15代目くらい。この辺りダメだね。すーぐ物が無くなるし壊れる」

 

 なるほど彼は余所から来た人か。

 

 友利はボロ机の上に綺麗な布を広げ、その上でタロットを混ぜはじめた。

 

 布と見比べれば、友利の着ている服はみすぼらしい。やっぱりホームレスだろうか。

 

「何か占って欲しいことある?」

 

「特に」

 

「だよねー。こんな怪しいおっさんに突然占うよって言われてさ、占ってほしいものが思い付く人の方がレアだよ」

 

 残念ながら友利程度、怪しいの範疇ではない。

 

 強いて怪しい部分を上げるなら之音の名前を当てた事だが、よく考えれば、学校指定の上着に来海 之音くるみ ゆきととハッキリ書かれていた。

 

 名前を知られたら危険じゃないかって? 分かりやすい盗難防止を施さなければ簡単に盗まれるんだから仕方ないだろう。

 

「よし、とりあえずやってみようか」

 

 そう言って友利はカードを並べていく。

 

 之音には占いの知識が無いので理解できないが、友利曰くケルト十字という並べ方らしい。

 

 具体的に何を占うとも決めていないのに占いなんて可能なのだろうか。之音は疑問を抱く。

 

 友利は慣れた手つきでカードを捲った。

 

「へぇ……面白いね」

 

 何が見えたのか、友利は之音を見つめる。

 

 友利に対してどんな態度をとるのが適切なのか、之音は居心地悪そうに身じろいだ。

 

「孤立だ。君は今、している。

 

 そしてその現状を諦めに近い形で受け入れている。そうだろう?」

 

 ——そうだな。両親が離婚して唐突にひとり暮らしが始まった……かな?

 

 両親をつなぎ止められなかったのは自分のせいだと理由もなく思ってるでしょ。

 

 あぁでも、変化に追い付けていないけど、悪い事だけじゃないと思っているな。

 

 例えば、両親は罪悪感から君になんでも買い与えるようになった。

 

 あっ、新しい出会いが有りそうだ、その出会いによって才能が認められる。

 

 あぁ、でも迷いがあるから欲張りになっているね。時には諦めも肝心だよ——

 

 まるで見ていたかのように正確に之音の現状を述べる友利に、居心地が悪くなる。

 

 真冬の寒い日だというのに、つっと背中に汗が伝った。

 

「なんて、偉そうに言ってみたけどどうかな。当たってる?」

 

 映画が終わって照明が着いた時のような、現実に引き戻されるような感覚がした。

 

「あ……はい。ありがとうございました」

 

 これ以上友利と関わってはいけない。

 

 直感した之音は、叩きつけるように、握っていた万札の束を机の上に置いた。

 

 そのまま立ち去ろうと思ったのに、之音の行動が分かっていたかのような友利に腕を掴まれてしまった。

 

「怖がらないで、まだ始まったところだよ」

 

 占い、と言うよりもマジックだ。

 

 蛇に睨まれた蛙のように、体が動かなくなる。

 

「君は……寂しいんだろう。3人で住んでても広かった家に1人で住んでるんだから」

 

 父親の手と、近いなと思った。冬の寒さに冷やされているが、人間らしい体温も有る。

 

 父親と同じ年か、少し上くらいだろうか。

 

「ところでどうかな。俺、いつの垂れ死んでもおかしくないホームレスなんだけど」

 

「あー……そういう」

 

 暗に養えと言っている友利のその行動はいっそ清々しい。

 

 新手のナンパ……と言うにはヘタクソすぎる。

 

 冷静さを通り越して、面白さすら感じてしまった。

 

「新しい出会いって、そういうこと?」

 

「さぁ? 俺の占いは当たるわけじゃないからね。むしろ外れやすい」

 

 ——結論から言えば、之音は友利を家に住ませることにした。

 

 生活感溢れる之音の家に入れば、綺麗な身なりだと思っていた友利も、一瞬でみすぼらしい浮浪者だとしか見えなくなってしまった。

 

 暖房をつけながら之音は思う。きっと友利は砂漠で救命ボートを買わせる事ができるマジシャンだ。ペテン師とも言うかもしれない。

 

 之音は……一海かずみ市に暮らす人の警戒心が有れば、普通なら近付きすらしなかったはずの友利を家に迎え入れている。

 

 砂漠で水と引き換えに救命ボートを買わせるような事を彼はやってのけたんだ。

 

「まずはお風呂に入って。これからの事はその後考えよう」

 

 ヒュウっと友利は口笛を吹く。

 

「大胆だね 」

 

「粗大ゴミに並びたいか?」

 

「冗談だよ。女に興味は無い」

 

 ヒラリと手を振って友利は風呂場へと歩いて行く。

 

「バスタオルとか後で出しとくね」

 

「気にしないで、どこにあるか知ってるから」

 

 確かに、考えてみれば場所も教えていないのに風呂場へ向かっていた。

 

 さすがは占い師サマとでも言うべきか。

 

「考えるだけ無駄かな……」

 

 ふぅっとため息をついて之音は上着を脱ぎ、制服を脱ぎ、部屋着に着替えた。

 

 之音は初対面の、自分の倍以上生きている男を家にあげてしまった。

 

 催眠術か魔術にでもかけられたんだ。そうでなきゃ、こんなおかしな行動はとらない。

 

 風呂場からシャワーの音が聞こえる。

 

 之音は意味もなくテレビを付けた。

 

『明日の【ムジクラ!】は!

 天才音楽家、藤音 美之ふじおと みゆきの生き様に迫る!

 更に、スタジオで生演奏も!?

 明日夜8時は【ムジクラ!】』

 

 CMの音を聞きながら、冷凍庫に常備しているアイスを取り出した。

 

 冬場は暖房の効いた部屋でチョコアイスを食べるのが良い。

 

 夏場はシャーベット系が良いかな。


 背後から足音がして、之音はアイスを差し出した。

 

「お父さんもアイス要る?」

 

 すぐにハッとする。

 

「ごめん。間違えた」

 

「今はいいかな」

 

 友利はそれだけ言ってソファに座る。

 

 父親が時々様子を見に戻ってくるから、その時に置いていったバスローブを着ている。


 悔しいくらいにピッタリで、偶然なのか狙っているのか、風呂上がりはソファの左半分に座るのも父親と同じ行動だ。


 之音はコップに水を注いで友利に差し出した。


 いつも父に対してしていたように。

 

『明日の一海かずみ市は怪人が現れる可能性が非常に高くなっております。

 

 外出の際はくれぐれもお気を付けて、不要不急の外出は控えるようにしてください』

 

 つけっぱなしのテレビから流れるニュースだけが、唯一声を出していた。

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