遺伝子ピアノ。ホームレスを拾った女子高生が音楽の力で運命を変えていく物語
空花 星潔-そらはな せいけつ-
チュートリアル
第1話 女子高生、ホームレスに出会う
今日も今日とて治安は最悪だ。
SNSに
今も、「いつの時代だ」が更新されようとしている。
——ゴミ袋が雑に積まれた薄暗い路地裏で、男達は気色の悪い笑みを浮かべていた。
男たちは連れ込んだ、下校途中の女子高生、
名前に似合わず可愛らしい見た目の彼女は、幾度となく人気のない場所に連れ込まれた事がある。
ふんわりとカーブのかかった長く赤い髪と、長いまつ毛に飾られた大きな目。
更にその深緑の目も穏やかなタレ目だから、思うがまま、好きにできそうだと感じてしまう。
……だからこそ、
どうして弱そうな人間が弱いまま生きていると思えるのか
と。
考えてもみろ、警察官ですらまともな人から消えていくような市で、弱い一般人が平然と生きているはずが無いじゃないか。
それに
なぜならば一海市内で最も荒れている高校だからだ。
窓ガラスはノルマのように1日1枚以上割れ、火災報知器のボタンは週1で押される。
月イチで救急車がやってくるし、朝礼ではハゲ校長に「禿げてるんじゃねえよ」と理不尽な罵声が飛ぶ。
当たり前のようにいじめは横行しているし、先生だって3ヶ月に1人は辞めたり失踪したり首を吊っている。
制服がオシャレな事以外で生徒を集められる要素の無い最悪の高校だ。
そんな高校に通っている時点で、まともな人間なワケがない。
なぜ、他校の連中は
「大声出すなよ?」
脅しのつもりか、わざとらしい動作で折りたたみナイフを見せつける男。
呆れた之音は大きく息を吸い、腹に力を込めて叫ぶ。
「わーーーーー!!!」
慌てた男たちが動きだす前に、之音はリーダー格の顔面にグーを入れた。
誰かの叫び声なんて日常茶飯事だ。
助けて! も、強盗だ! も、火事だ! も、誰も反応しやしない。
大声を出したところで誰も来ない事すら知らないという事は……アングラに憧れた余所者だろう。
「相手は選びなよ。自分のためにさ」
数分もしないうちに、之音は男たちを地面に転がしていた。
「授業料だと思ってね」
リーダー格の男から財布を抜き取る。
誰かから奪ったのか、頭の悪い金持ちなのか……。
なんにせよ万札の詰まったその財布から札束を抜いて、小銭だけは返してあげた。
——————————
一海市は治安が悪い。
交番には昼間からビールを飲んでいるような警察しか居ない。
まともな人は別の地域へ行ってしまうか、刺されてこの世から消えるからだ。
防犯カメラはすぐに壊されるので設置していない場所の方が多いし、落書きの無い壁を探す方が難しい。
地面は常に台風が去った後のようにゴミだらけ。
田舎で野良猫を見つけるよりも簡単にホームレスが見つかるような場所だから、公園はホームレス対策で砂場に柵が建てられている。
女が1人で歩いてはいけないと言われるような最悪の市で、之音はひとり暮らしをしている。
中学卒業と同時に両親が離婚。
母は精神を病んで遠方の実家へ、父は別の女を作ってそいつの元へと行ってしまったからだ。
家賃や学費、その他諸々の引き落とし口座は父のものだし、生活費として毎月5万と10万ずつ両親から送られてくるので生活に不自由は、無い。
口うるさく何か言われる事も無いし、お金だって、前より自由に使える。
寂しくはない。
「……募金するか」
人の金を使いたくなるほど生活に困っちゃいない。
特別欲しいものがあったとしても、とりあえず親にねだれば必要額かその物が数日以内に届く。
下手な大金を持ち歩くよりは募金した方が建設的で安全だ。
「ん……?」
コンビニに向かうために公園を横切った時、ホームレスの男が目に入った。
ホームレスなんて見慣れているのに、なぜか之音はその男から目を離す事ができない。
「……お嬢さん」
視線に気付いたのか、ホームレスは声をかけてきた。
マズイ、と咄嗟に万札の束を握った手を後ろに隠す。
この状況だ。刺されたって文句は言えない。
「あ……安心して、盗ったりしないから」
明るい声で男は手をヒラリと振る。
「別に当たるわけじゃないんだけどさ、占いやってかない?」
男はワインレッドのコートからタロットカードを取り出した。
よく見れば、どうしてホームレスだと思ってしまったのかと思うほどに綺麗な身なりをしている。
ホームレス対策の施されたベンチの真下で転がっていたからそう思ってしまっただけで、案外占いの結果に不満を抱いた無頼漢に殴られただけの哀れな男かもしれない。
「……何円?」
「結果次第で好きに決めてくれたら良いよ」
絶対にそうだ、やたら自信のなさそうな顔でそんな事を言うんだから。
きっと割高で占って、ボコボコにされていまさっき目が覚めただけの人だ。
之音は一海市民らしい気質で人の良いタイプではない。
だからこそ、この男がどんなトンチンカンな占いをするのかが気になった。
結果が面白ければ、さっき貰った万札を渡せばいい。
「じゃあ、お願いします」
近付いて見てみれば、男は案外整った顔をしていた。
4、50代だろうか。老けてはいるが元の素材が良いから40は超えているであろう事しか分からない。
「よいしょっと。……
顔を顰めながら立ち上がった男は、不意に自己紹介をした。
あまりにも突然だったので、それが自己紹介だと気付くのに時間がかかった。
「あっ……はい」
辛うじて無難な返しをした之音は、名乗るタイミングを失った事に気付く。
「
今度はすぐに心臓が反応した。
「どうして……?」
「ふふっ。別に当たるわけじゃないけどさ、占い師なわけよ。俺」
——高校2年の12月、謎の占い師
あまりにも唐突に、取り返しのつかないほど大きく。
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