第4話 ビギナーズラックは詰んでいる

 今日も今日とて治安は最悪だ。

 

 一高かずこうの窓ガラスは今日も割れたし、火災報知器も鳴った。

 

 朝礼では階段から落とされて骨を折った先生に「折れてる場合じゃねえぞ」と理不尽な罵倒が飛んだ。

 

 当たり前のようにいじめは続いているし、担任が突然辞めたので今日からしばらくは副担が担任の仕事を務める事になる。

 

 更に今日は1年が倒れたとかで救急車も来た。それから転校生も。

 

 ——————————

 

 友利ともりにブローチを渡された時、之音ゆきと音楽家ムジクラになるのを断ろうと思っていた。

 

 音楽の才能は無いし、何よりも世界に一つしかないブローチを自分が使うわけにはいかないと思ったから。

 

「君なら、才能至上主義なこの世界を変えられる」

 

 なんて友利は言うが、之音には無理だ。

 

 喧嘩に強い自信は有るが、怪人と戦うのは、人間と戦うのとワケが違う。

 

「友利さんがやってよ。私は……学校で習うくらいの音楽しかできないし」

 

 習い事として音楽を学ぶ事はできるが、近年の、才能は遺伝するという思考のせいで、直系の親族に音楽家が居ない人が受けられるレッスンは減ってきている。

 

 特別治安の悪い一海かずみ市ならなおさら、受け入れてくれる場所なんて無い。

 

「できるよ。之音ちゃんなら。……それに、有名じゃないけどさ……俺も、音楽家ムジクラなんだ」

 

 上着の下、ブラウスの首元に揺れているループタイを友利はつまみあげた。

 

 紫のブローチ。飾りだと思って気にも止めていなかったが、ムジクラブローチだったのか。

 

 それもそうか。家を失っている人が飾り物に金をかけられるとは思えない。

 

「ピアノの才能は遺伝しない、それはつまり、君にの才能が遺伝していないって事じゃない。

 

 君が、君としての才能で、価値のある演奏ができるって事だよ」

 

 友利がブローチと共に之音の手を包んでいるから、2人の体温が混ざりあって心地好かった。

 

 話したはずのない祖父の事を友利が知っている事に気付かないくらいには。

 

 もし、之音にも才能が有ると分かれば……両親は帰ってくるだろうか。

 

 いや、それよりも確実な方法が有る。

 

 ムジクラブローチを持っている人は、誰かが怪人を倒す度に願いを叶えるチャンスを得る。

 

 怪人の命はブローチと連動していて、怪人の命が無くなる度に連動したブローチを持っている人の願いが、ほんの少しだけ叶うのだ。

 

 とはいえ、願いが叶う人はランダムだし、少しずつだからあまり壮大な願いは叶わないが。

 

 それでも、そうやって願いを叶えられるなら、両親が戻ってくる事を願ったって……良いのかもしれない。

 

 ……無意識に友利から逸らしていた目をもう一度見る。友利はまだ之音を見つめてくれていた。

 

 父は新しい家族と共に別の人生を歩んでいる。

 

 母も、元の家族と共に人生を歩んでいる。

 

 之音は……新しい家族が欲しいと思った。

 

 それは、友利でも良いし、もっと別の出会いによって生まれるものでも良い。

 

 とにかく、自身の都合で之音を1人にしないでいてくれる存在が欲しいと、強く強く思った。

 

「分かった、やるよ。

 

 ブローチさえ有れば誰でも参加出来るんだし……」

 

 ブローチを手に入れる事が難しいのだけれども。

 

 それでも手に入れたのだから、参加するべきだろう。そうだ。家にあった物なんだから、世界に1つだろうと使うのが筋じゃないか。

 

 友利だって、満足そうに頷いてくれている。

 

「初めの願いは?」

 

 友利が問う。之音の願いは決まっていたが、口に出すのはなんとなく照れくさくて、少しだけ躊躇った。

 

「……仲間かぞくがほしい」

 

「うん。とっても素敵だね。……叶えてごらん」

 

 そんな躊躇いもバカバカしくなるほど、友利は力強く肯定してくれた。優しい微笑みと共に。

 

 ——ブローチを受け取った半月後、つまり昨日。

 

 夕飯を食べ終え、友利からピアノを教わっている時。

 

 怪人は現れた。音楽家ムジクラになって初めて見る怪人だ。

 

 帰り道に見かけてシェルターに逃げ込んだり、家から出ようとした時に見付けて学校を休んだり、そんな感じで出会ったことはあったが、まさか自分で倒せる日が来るとは。

 

 初めてだし、友利の戦いを参考にしたいと思ったが、友利は戦わなかった。

 

 最近、歳のせいか戦う気が失せてきたんだそうだ。

 

 なんなら生への執着も薄くなっていて、之音が通りかからなければあの公園でそのまま死ぬつもりだったと言う。

 

 年に数回道端に死体を見付けるが、見える場所で死なれるのは迷惑なのでやめてほしい。

 

 まぁそんな話は良い、友利はこの程度なら之音初心者1人で倒せる敵だからと言って、本当に之音に1人で戦わせた。

 

 友利の言う通り、怪人は弱かった。

 

 しかもだ。なんと、願いを叶える事ができた。

 

 友利はビギナーズラックだね、なんて笑っていたが、音楽家ムジクラは少なく見積ったって世界中に15万人ほど居る。

 

 一応ブローチと連動する怪人には出会いやすくなっているらしいが、それにしてもすごい確率だ。

 

 ……怪人を倒した人の願いが叶う確率は少しだけ高くなるそうだから、友利はチャンスを譲ってくれたのだろうか……。

 

 例えば、そうする事で願いが叶うと占いで見ていたとか……。だとしたら、占い師サマ、なんて馬鹿にできないな。

 

 まぁ、詳しくは分からなくていい。之音ははじめて怪人を倒し、その初めてで願いを叶えたのだ。

 

 そしてその願いによって手に入れられる仲間というのが、転校生だ。

 

 人目見た瞬間、直感的にこの人だと分かった。

 

 友利は「直感的にそう思った相手や出来事が願いの叶った証だよ」と言っていたから、間違い無い。

 

 その転校生というのは、有名人だった。

 

「……藤音 美之ふじおと みゆき……です」

 

 名前は女モノだが、男だ。

 

 桃色の短髪と、薄緑の……優しいように見えて生気を失っただけの目を持つ、美青年。

 

 彼はつい半月前まで、天才音楽家としてテレビに密着され、コンサートを開き、音楽に最も愛されている存在

 

 そんな彼がなぜ、こんなどうしようも無い高校へ編入して来たのか?

 

 半月前、彼の才能に嫉妬した何者かにより、両手をぐちゃぐちゃにされたからだ。

 

 度重なる手術のおかげで何とか見た目は綺麗に保たれているが、手首より先は自分の意思で1ミリたりとも動かせないらしい。両手共だ。

 

 名門音楽校を退学して、厄介払いに一高かずこうへ入れられたんだと、転入の挨拶から言っていた。

 

 普通の高校生なら反応に困ったり、同情を向けたりするが、一高にそんなモラルや配慮や優しさなんてないので一軍の女子が

 

「詰んでるじゃん」

 

 と言って笑い、大半のクラスメイトも笑った。

 

 そんな彼をサポートする役割に選ばれたのは、之音だった。

 

 ——もう之音の人生がどう足掻いたって元通りには戻らない事を、美之との出会いが決定付けてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る