第12話 ずっと見ていたのは貴方のほう
放課後、私は体育館前で棒のように立ち尽くしていた。体育館からはバスケ部が試合をしている音が聞こえてくる。私は扉の前ではぁ、と息を吐いた。朝から神様に会い呪いをかけられ、昼にはお姉ちゃんに告白し、付き合うことになり、そうして放課後に一緒に帰ることになる。私は、一体どこの少女漫画に迷い込んでしまったのだろうか。こんな急展開、ありえなさすぎる。どう考えても。そもそも神社から京都弁を喋る神様なるものが出てくるのもおかしな話だが、それよりもお姉ちゃんが私と付き合うと言ったのも、おかしな話なのだ。あれほどまでに私を嫌っていたお姉ちゃんが、急に私を好きになるなんて……。と、そこまで考えたところで、私はあることに気が付いた。
(もしかして、お姉ちゃんまで変な呪いをかけられた!?)
私は自分で導き出した答えにわなわなと震えるしかなかった。このままでは<真愛晶>を作れないと危惧した神様が、お姉ちゃんの気持ちが私に向くように細工した可能性がある。十二分に。相手は神様だ。京都弁を話す、キツネの神様だ。なんだって出来そうだ。私はその事実に肝を冷やしそうになった。
(い、一刻も早く、お姉ちゃんの洗脳を解かないと……!!)
心の中でそう決意し、私が意志を固め始めた時だった。
「美孤」
体育館の中から、急に名前を呼ばれて、私はそちらを振り返った。そこには体育館の扉からひょっこりと顔を出した、お姉ちゃんがいた。
「あ、お姉ちゃん……!」
「お前、時間間違っている?今、5時だぞ」
お姉ちゃんはそう言って私を怪訝そうに見た。それもそのはずだ。部活が終わるのは6時。普通に考えて一緒に帰るなら、5時半ぐらいにここに来るのがいい。だが、私はお姉ちゃんと帰る、というこれからのビックイベントに対して、精神統一を行わなければならなかった。そこであえて一時間早く来ていたのだった。
「あ、いや、せっかく早く来たから、少し見ていこうかなぁ、と思って……」
そう言うと、お姉ちゃんは少し顔を上げた後に、私の腕を掴んだ。
「え!?」
「見るんだったら、一番近くがいいよな」
そう言って、お姉ちゃんは私の腕を引いて、そのまま体育館へと入っていった。
「え、あれ誰?」
「後輩かな?」
「でも制服だよ?」
そんな声が飛び交う中、私はお姉ちゃんに連れられて体育館の中に入っていた。頭は未だ困惑したままで、目の端でお姉ちゃんを見に来たであろうファンの女の子たちが、私とお姉ちゃんを目で追っているのが目に入った。
「あれ~?美都が女の子連れ込んでる!」
同じバスケ部だろう部員さんにそんなことを言われて私は思わず肩が跳ねたが、お姉ちゃんは構わずに
「そう、ナンパした」
なんて真顔で言うものだから、部員さんは飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
「はぁ~!?!?え、冗談じゃないよね?あの美都が、マジ?」
そう言った部員さんの前で、お姉ちゃんは私の肩に腕をかけた。
「だよな」
私の顔をまじまじと覗き込む部員さんの圧に耐えられず、私は目をぐるぐると回しながら
「あ、いや、私は妹で、その……」
と、告げると、お姉ちゃんは楽しそうに笑った後、
「私の妹だよ。見学に来たいって言うから連れてきた」
と、言った。そう言うと部員さんは安心したように笑って、胸を撫でおろしていた。
「なんだ、妹さんか。びっくりした、ついに美都が女の子をナンパした挙句に部活に連れ込んだと思って……」
「たまには冗談も悪くないだろ?」
お姉ちゃんはそう言うと、私を体育館のベンチに座らせた。
「あと一試合だけだから、見ていけよ」
そう言うと、私にタオルを投げてから、部員さんの輪の中に戻っていった。私は信じられない気持ちで、その光景を見ていた。
数分すると、部員さんたちがチームごとに縦一列に並び、体育館の真ん中で礼をした。試合が始まったらしい。笛の音と共に、笛が鳴り、ボールが高く上がって、試合が開始された。試合が始まって早々、お姉ちゃんは同じチームの人にボールをパスされたかと思うと、そのままゴールにシュートした。一点先取だ。そのまま、お姉ちゃんはガードする人の間を上手にかいくぐっては、ゴールインを収めた。ゴールだけじゃなく、しっかりとパスも回して、ほかの人のゴールチャンスも作る。私はその一つ一つの仕草に見とれるしかなかった。
あっという間に試合は終わり、お姉ちゃんのチームの圧勝だった。お姉ちゃんはすぐに私の所に来たので、私は綺麗にたたんでおいたタオルをお姉ちゃんに渡した。お姉ちゃんはそれを無言で受け取って汗を拭いた。
「どうだった?特等席で見た感想は」
「え……」
「時々見に来てただろ。朝じゃなくて、放課後」
お姉ちゃんにそう言われ、私は目を見開いた。私が放課後にお姉ちゃんの部活を見に来ていたのは、今まででもそんなになくて、しかも端っこの後ろで見ていたから、お姉ちゃんから見て、わかるはずもない。なのに、お姉ちゃんはちゃんと知ってくれていた。そのことが、ただ嬉しかった。
「……うん!最高だった!」
泣きそうな気持ちをこらえてそう笑うと、お姉ちゃんは初めて優しく笑ってくれた。
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