第10話 告白、本音と痛み

「お、お姉ちゃ、?」


「で?」


 お姉ちゃんは真剣な目で私に尋ねた。


「協力してやるから言えよ。誰?好きな人って」


 お姉ちゃんの綺麗な顔が近づいて、私は息が詰まった。


「そ、そんなの、言えないよ!」


「はぁ?ここまで来てまだそれ言うのか?」


 お姉ちゃんは顔をしかめて、私にそう言った。


「で、でも、でもっ!」


「今更、でもも何もねーだろ?」


「ぁ、!」


 お姉ちゃんが私を壁際まで追い詰めて、そのまま私の耳に口を寄せる。密着する体の熱が熱い。


「美孤、そんなに私には言えない人なのか?」


 優しくて甘い声が直接耳に流れ込んでくる。頭が溶けそうな思いで、お姉ちゃんの顔を見ると、お姉ちゃんはまるで捨てられた子犬のような顔で私を見ていた。


(なんて顔してるの!!?)


 その視線が痛くて、私は思わず目を閉じた。でも、お姉ちゃんは容赦なく私に襲い掛かった。


「ほら、美孤。言わないとこのままだぜ?」


「う、あ、」


「みーこ」


 目を閉じてしまったせいで、尚更お姉ちゃんの甘い声が頭によく響いた。そんな甘い声どころか、私の名前なんて、もう何年も呼んでくれていなかったのに。どうして、どうしてこんなに構ってくるの?こんなに迫ってくるの?そんなに迫られたら、私……。



「美孤、教えて」




 お姉ちゃんのことが、物心ついた時から好きだった。男の子に惹かれたこともあったけれど、いつも私の手を引いてくれるお姉ちゃんのほうがずっとかっこよくて、ずっと私の憧れだった。今だって、私と話してくれなくても、構ってくれなくても、その目に私が映らなくなっても、ずっとずっとその背中を、追いかけてきた。私は貴方の妹であることが、ずっと、ずっと誇りだった。今も。


「お姉ちゃん、」


「……何?」


「違う、よ」


「……どういうことだよ」


 私は恐る恐る目を開いた。目の前にはお姉ちゃんがいて、私を熱い視線でじっと見ていた。その無言の懇願に、私は抵抗できないから。


「わたしの、すきな、ひと。春夏冬あきなし 美都みと、さん」


 お姉ちゃんは私に何も言わなかった。言わないで、ずっと私を見ていた。今更、言わなきゃよかったなんて後悔はもう遅い。それに私は、お姉ちゃんの言葉には逆らえない。今も、昔も、私はずっとお姉ちゃんの言うことを聞いていたい。お姉ちゃんだけに都合のいい、良い子でいたいから。


 しばらくの沈黙が流れて、ようやくお姉ちゃんが口を開いた。


「嘘じゃないな?」


 熱い視線が絡み合うのが、もどかしい。


「嘘、な訳ない……です」


 私は背中にぴったりとくっついた壁に、そのまま背中を預けた。力を抜いて、そのまま、胸を突くままに本音を口にした。


「だから、いっ、の、呪いを、解くこと、なんて、っ!でき、ない、の……!」


 本音を突いて出た言葉は、私の喉を焼くように痛んだ。その痛みのせいか、それともお姉ちゃんに告白してしまった後悔のせいか、涙がほろほろと目から零れた。目の前のお姉ちゃんは、私の言葉を聞いてにやり、と笑った。


「へぇ、お前が敵前逃亡とはらしくない。せっかく相手が目の前にいるのに」


 お姉ちゃんがなんで笑っているのかもわからないままに、私はただ涙をほろほろと流し続けた。敵前逃亡?当たり前だ、私は真正面から堂々とお姉ちゃんに好きと言えるほど、強くはない。そんな言い訳が、口から出る。


「お姉ちゃんのこと、ずっと好きだった。お姉ちゃんの背中、ずっと追いかけていたし、お姉ちゃんのことが世界で一番好きだし、嫌われても、それでもずっと好きで……」


 喉を刺す痛みより、ずっといい訳の方が痛い。お姉ちゃんを前にして、こんな言い訳がましいことを言ってしまう自分が嫌だ。せめて、告白するなら堂々としたかった。でも、私はそんな勇気、生憎持ち合わせていない。なのに、お姉ちゃんはにやりと笑って、私の本音を引き出す。


「いいじゃねーか。そんなに好きならちゃんと告白しろよ」


「ぁ、っ、!なに、いって、る、の……、痛っ、!」


 私は喉を抑えて、懸命に息を吸う。このままじゃ、お姉ちゃんに喉を焼き殺される、と思った。いや、喉なんか本当は焼けてなんかいないんだけれど、ああ、何もかもは、あの呪いのせいだ。あの呪いのせいで、私は本音も言えぬまま、お姉ちゃんに玉砕するのだ。


「さい、あく。……姉妹で、恋愛なんて、ぁ、あり、え、ない……っ、ごほっ、ごほっ、!」


 私はそれを最後に、そのままその場にうずくまった。そうして激しく咳をする。喉は、いや、私が限界だった。もうこの痛みには、耐えられない。お姉ちゃんへの気持ちを、暴露するのも、耐えられない。もう、こんなのは、嫌だ。


 私が激しくせき込んでいると、お姉ちゃんは


「そこまでが限界か」


 なんて意味不明なことを言って私から離れた。


(もう終わりだ。この恋も、この呪いも)


 お姉ちゃんはせき込んでいる私の前にしゃがんだ。


「いいぜ、美孤」


 唐突な言葉に、頭には疑問符が浮かぶ。


「……なに、が?」


 そう尋ねると、お姉ちゃんはにやり、と笑った。


「いいぜ、付き合っても」

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