第2話 Ⅰ LOVE お姉ちゃん!

 しばらく走ると少し先にお姉ちゃんの背中が見えてくる。私の登校スタイル。お姉ちゃんの数メートル後ろを着いて歩くこと。だって疑似的だけど、一応一緒に登校しているから。それに視界の先にお姉ちゃんがいる。同じ道を歩いてる。同じ空気を吸ってる。それだけでもう私は嬉しい。勿論お姉ちゃんは私と疑似登校をしていることなんて知りもしないけど。でも、私はそれでもいいのだ。


 そうしてしばらく歩いていると、道の横にある神社にたどり着く。私はお姉ちゃんとの疑似登校から一旦離脱し、その神社に入った。その神社はとても小さなところで、キツネの石像がある。私はこの神社がとても好きで、毎朝ここに参拝している。私の背より少し高いぐらいの小さな鳥居をくぐり、小さな本殿ほんでんの前に立つ。そうしてポケットから5円玉を出して賽銭箱さいせんばこに投げ入れ、手を合わせた。


(神様、今日こそはお姉ちゃんと少しでも接点持てますように!)


 毎日毎日同じことをお祈りしている。お姉ちゃんは学校では私を無視しないから少しでも何か接点があれば、とチャンスを狙っているのだ。でも、勇気が出ない時もある。だからこの神社でお祈りすることで勇気を頂くのだ。


 私は手をパンパン、と叩いて願掛がんかけをした。


「さて、いけない、遅刻遅刻」


 私は神様に向かって一礼すると、そのまま駆け足で神社を出た。





 朝は、絶対に逃せないチャンスがある。


 学校に着くと、私はすぐに体育館へと向かう。体育館内の扉の前には、もうすでに女子生徒達の人だかりが出来ていた。私が背伸びして体育館内を覗くと、ドリブルしながら走っているお姉ちゃんの姿が見えた。


 絶対に逃せないチャンス、と言うのは女子バスケ部の朝練のことだ。お姉ちゃんは女子バスケ部に所属している。その姿を一目見ようと、朝練をしている体育館にみんな押し掛けるのだ。勿論、私も例外じゃない。だってバスケをしているお姉ちゃんは一番輝いているから。お姉ちゃんは囲まれていた敵を人を素早くかわして、無駄のない動きでボールをゴールインさせた。女子生徒の群衆からは「きゃー!美都先輩!」「かっこいい~!」なんて歓声が聞こえる。私も心の中で(お姉ちゃん、かっこいい)と惚れ惚れしていた。今日も私のお姉ちゃんは世界一かっこいい。私はキツネの神様に「朝からお姉ちゃんのかっこいいところ、見せてくれてありがとうございます!」と心の中で感謝した。



 楽しいお姉ちゃんとの時間は、これだけじゃない。

 学校も終わり、日が落ちそうな夕方6時。私は靴箱で、お姉ちゃんが帰るのを待っていた。勿論目的はお姉ちゃんとの疑似下校だ。身を潜めて待っていると、誰かの話し声が聞こえてくる。その中にお姉ちゃんの声が混ざっていることを、私は聞き逃さない。お姉ちゃんの声は女の子にしては少し低くて、とても心地のいい声をしているから。私の大好きな声だから。話し声はすぐ隣まで近寄ってきた。靴を履き替える音がして、お姉ちゃんとその友達が靴箱から出てきた。私はしっかり距離を開けてから、その背後に着いて行った。


 お姉ちゃんは笑顔で友達と話していたが、私は気が付いた。お姉ちゃんの顔がいつもより疲れていることに。今日の練習はハードだったのかな、きつかったのかな、と心配になる。でも私にはそれを確かめる術がないから、ただこうして遠くから見守ることしか出来ないのだ。

 

 そうしているうちにお姉ちゃんと友達はそのままバイバイと別れた。お姉ちゃんが家まで一人で帰る背中を、私は一人で見ている。これもいつもの光景だ。私は遠くからしかお姉ちゃんを眺めることが出来ない。けれど、その背中に大好きだよ、と言う気持ちを込めて見つめてみたりして、お姉ちゃんに届いたらいいな、なんて妄想するのが楽しいのだ。


 お姉ちゃんが家に着いても、私はすぐには入らない。だってすぐに入ったら疑似下校がばれちゃうから、家の前で少し待ってから入る。これもいつものルーティンだし。5分程してから、ようやく玄関の扉を開ける。お姉ちゃんがいたらな、なんて少し願いながら。


「ただいま~!」


 そこにはお姉ちゃんはいなくて、だよね、なんて残念な気持ちが心の中でぐるぐると渦巻く。扉の鍵を閉めて靴を脱ぐ。もうお姉ちゃんのことなんか頭になくて、早くお風呂に入ろう、なんて考えていた時だった。


「おい」


 後ろから声をかけられて、思わず振り返ってしまった。そこにはお姉ちゃんが腕を組んで立っていた。その姿に嬉しさより驚きで体が跳ねる。


「あ、お姉ちゃ、」


「お前さ」


 お姉ちゃんは私の言葉を遮って、冷たい視線を私に投げかけた。


「部活してないのにどうしてこんな帰り遅いんだよ。もっと早く帰れるだろ」


 責めるような強い言葉に私の声は小さくなる。


「あ、うん。き、今日はちょっと、色々あって……」


「……ふぅん。あとさ、朝練来るなよ。何しに来てんの?」


「あ、ご、ごめんなさ……!」


「もう来るなよ」


 お姉ちゃんはそう言うと、さっさと私の前から立ち去ってしまった。私の胸にお姉ちゃんの言葉が刺さって、じんじんと痛みを伝えてくる。お姉ちゃんは家ではいつもこうだ。私に対してとても厳しい。お姉ちゃんは私のこと、嫌いだから。でもそれでもいい、だってどんなに嫌われても私がお姉ちゃんを思う気持ちは変わらないから。

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