第112話 青き薔薇が花開く


 騒然とする場内で、私は軽く息を吐く。ここからは一筋縄ではいかない、気持ちを引き締めなくては。


 言ってしまえば、これまでの流れは既定路線だった。


 ブリジット嬢は、弁が立つわけでもなく、感情的になりやすい。私を罵倒することはあっても、鋭い反論は無いと踏んでいた。

 そもそもの話、それができるくらいなら、裁判沙汰など起きてはいない。


 ハリス先生についても、特段懸念はなかった。供述調書の存在が大きな理由だ。

 加えて、彼女に残された寿命の件もある。死体を操る術は、術者の命が代償だ。彼女はもう長くない。

 死罪を避ける意味のない彼女が、供述を翻す必要はない。想定通りに話が進んだ。


 だが、ここからは違う。王妃は全力で抵抗するだろう。予想し得ない範囲から攻撃される可能性もある。油断すれば逃げ切られてしまう。


 何としても、彼女の罪を明かさなくては。もう二度と、新しい被害者が出ないように。


 「では、始めましょう」


 そう告げて、王妃へ視線を向ける。

 証言台に立つ彼女は、凛とした姿を見せていた。高い矜持が為すものだろうか。


 「証人には、ある疑惑が浮上しています。レーナ・ハリスに魔獣騒ぎを命じた件です。率直に、あなたの見解を教えてください」

 「事実無根とお答えしましょう」

 「では、彼女の発言は虚偽だと?」

 「ええ。ジェームズの婚約解消を願っていたのは事実ですが、魔獣騒ぎを望んだ覚えはありません」


 王妃は頬に手を添えて、ため息を吐いた。


 「本当に、身に覚えのない話だわ。そんな恐ろしい命令、誰ができるというの?」


 まるで被害者かのような口ぶりに、密かに感心してしまう。

 長らく尻尾を掴ませなかったのも理解できる。相当肝の据わったお方のようだ。


 「レーナ・ハリスの証言が、全て虚偽だとは言わないわ。供述調書が提出されている以上、彼女自身それを真と認めているはず。少なくとも、彼女の犯した罪は事実でしょう。


 けれど、私の件は別よ。彼女の証言以外に、私が魔獣襲撃に関与したという証拠はあるの?」


 優雅に微笑む彼女は、自身が捕まるなど微塵も思っていないようだ。


 たしかに、王妃の関与を裏付ける直接的な証拠はない。ハリス先生の自白に大部分を頼っている形だ。これだけでは、彼女を捕らえるのは難しいだろう。


 ゆえに、私にできるのは、細々とした証拠を積み重ねるのみだ。


 「まず、ある物をお見せしましょう」


 ルーファスへ合図を送る。証拠品の提出をするためだ。


 「今提出した書面は、ある取引履歴です」


 陛下と文官に紙が行き渡る。それを確認し、私も一枚の紙を取り出した。証言台に立つ王妃だけでなく、観覧席からも見えるよう高く掲げる。


 「……それは」

 「まあ! さすが王妃殿下。ご自身の取引履歴が一目でお分かりになるとは!」


 思わず声を漏らす王妃に、殊更に褒め称える私。その光景に、観覧席は動揺に包まれた。理由は二つだ。


 一つは、王妃の取引履歴が衆目の場に出されたこと。

 通常、そんなものを見る機会はない。現物が目の前にあるとなれば、驚くのも当然だ。


 もう一つの理由は、王妃の反応だろう。

 当然ながら、彼女が自身で支払をすることはない。余程印象的な取引でもない限り、一目で自身の記録と判断するのは困難だ。


 女性の王族は彼女一人ではない。女性特有の取引先がある程度では、即座の判別は不可能。


 つまり、王妃の見せた反応が、この取引履歴が本物だという証明となったのだ。


 「これは、王妃殿下の支払先をまとめたものです。基本的には宝飾品などが主ですが、一点、不思議な箇所がございます」


 聴衆は顔を見合わせる。皆不思議そうな顔で首を傾げていた。


 「6、7年ほど前から、ある店と継続的な取引をされておりますね。店名は、エピメレイア。王都にある、小さな薬屋です」


 その言葉に、王妃の視線が鋭くなった。触れられたくない箇所のようだ。彼女の反応に、自然と口角が上がる。


 観覧席へ視線を移すと、意見を交わす人々の姿があった。

 王妃が自身で薬を購入するなど、考え難い話だ。侍医に頼めば事足りる。

 にもかかわらず、なぜ何年も薬屋と取引していたのか。彼らが疑問に思うのも無理はない。


 ソフィーやイアンは考えこむように沈黙し、メアリーは不思議そうに首を傾げている。ヘレンは唖然と目を開き、ジェームズ殿下は困惑した表情を見せていた。


 「栄養剤や痛み止め、ハーブに治療薬、軟膏など。随分多く購入されていたようですね? それも6、7年となれば随分長い付き合いです」

 「そうね。何か問題かしら? 薬屋との取引は禁じられていないけれど」

 「おっしゃるとおり。取引することは問題ありません。そこに、悪意がなければ」


 声を落とし、一言付け加える。王妃は扇を広げ、口元を覆った。


 「王妃殿下と薬屋の取引は、9月上旬を最後に停止されました。以後、取引が再開された形跡はありません。

 一つ伺いましょう。なぜ、取引を停止したのです?」

 「それは、」

 「長い間付き合いのあった店です。今更品揃えに不満などないでしょう。

 仮にあったとしても、王妃殿下はお得意様。仕入れて欲しいといえば、多少無理をしてでも融通したはずです」


 彼女の反論を潰すように先回りする。

 これは、想像以上に彼女へストレスを与えたようだ。苛立ちを隠しきれず、剣呑な声が漏れた。


 「……たしかに、不満は無かったわ。けれど、仕方がないのよ。取引できなくなったのだもの」

 「なぜでしょう? お店が無くなったとは聞いていませんが」

 「店主がいなくなったからよ。私は店主を気に入ってやり取りしていたの」


 よくあることでしょう? そう問いかける王妃に、私は深く頷いて見せる。


 「そうですね。気に入りの店というのは、大抵優れた人がいるものです」

 「ええ。人で選んだ以上、店主がいなくなれば取引は止めるわ。品揃えの良い店は、いくらでもあるのだしね」

 「王都は物が充実しておりますものね。店主は高齢と聞いていますし、致し方ないのでしょうか……」

 「どれほど優れていようと、年には勝てぬものよ。穏やかな眠りであったと願うしかないわ。まだ若いあなたでは、こういった経験は無いでしょうね」


 未熟な子どもを諭すように、王妃は穏やかな笑みを浮かべる。私が同意する姿勢を見せたためか、厳しい表情が消えた。

 ありがたい話だ。その油断が、失言に繋がったのだから。


 「証人。今の発言には、可笑しな箇所があります」

 「……なんですって?」


 彼女の笑みが固まる。声がわずかに低くなった。

 今頃、その脳裏には様々な考えが巡っているのだろうか。訂正する猶予を与えるつもりはないが。


 「店主が店を切り盛りできなくなったこと。それは事実です。

 ですが、彼が亡くなったという話は、どこから出たのでしょうか」


 場内の空気が凍り、王妃の笑みも剥がれ落ちた。焦りは上手く隠しているが、鋭い瞳が扇から覗いている。


 「高齢である店主が、店に立たなくなった。想像できる理由はいくつかあるでしょう。店を後継に任せたとか、持病による休業もあり得ますね。

 ですが、証人は死亡したと語った。断定した以上、それなりの理由があるのでしょう?」


 扇で口元を隠す王妃は、沈黙したままだ。反論を考えているのか、口を開く様子はない。


 「現在、ご子息が店主の捜索願を出しています。残念なことに、未だ消息は不明。死亡が判明したなら、その旨公表されているはず。

 捜索願が出されたのは、9月上旬でした。不思議ですね? 証人が取引を停止した時期と一致します」


 私の言葉に、場内から囁き合う声がする。偶然の一致と片付けるには、彼女の発言が足枷となった。


 表向き、店主の生死は不明とされている。取り調べ時、ハリス先生が殺害を自白したが、それを知る者は少ない。

 死亡したと断言できるのは、取り調べ内容を知る者か、犯人くらいだ。


 「もちろん、王妃殿下ともあろう御方が言い間違えたとは思いません。言葉の重要性は、誰よりご存知のはず。

 よもや、人の生死に関わることで、過ちを犯すはずないでしょう?」


 王妃は苦々しい表情を見せるも、反論しない。

 当然か。彼女がこのような過ちを認めるわけがない。


 プライドの高い彼女のこと、今更「間違えました」とは言えないだろう。私が煽っているのもあるが、言った内容が悪すぎる。

 人の生死という極めて重要な内容だ。ロクな確認もせず間違えたとあれば、愚か者の謗りは免れない。


 「……私、気になっていることがあるの」


 王妃は軽く咳払いをし、おもむろに口を開いた。何を言い出すつもりだろうか。失言に対するものとは思えぬ切り出しだ。


 「そもそもの話。この取引履歴は正しい物なのかしら」


 王妃の言葉に、私はパチリと目を瞬く。思わぬ内容だったからだ。


 自身の発言を撤回できないと悟り、別の手に出たようだ。失言への謝罪や訂正もなければ、弁明することもない。

 話を強引に逸らし、有耶無耶にしたいのか。その一手として、取引履歴に目をつけたらしい。


 なるほど。失言への対処ができない以上、悪い手ではない。万事解決とはいかないが、意味はある。取引履歴に疑いの目を向けて、私たちの心証を下げたいのだろう。


 失態を演じた彼女にしてみれば、少しでもこちらのイメージを下げたいところ。先の話を流せるインパクトがあれば、なおいい。

 

 「本来、詳細な履歴など外部に出さないわ。王家でのみ保管され、簡単に見ることはできない」

 「おっしゃるとおり。とはいえ、これほどの重大事件に関わる捜査です。開示されるのも当然かと」

 「それは否定しないわ。けれど、そこに至るまでの経緯が不自然なの。魔獣騒ぎが起きたのは、つい先日のこと。

 にもかかわらず、この短時間にここまで調べられるものかしら。被告にレーナ・ハリス、加えて私の調査となれば……時間が足りないのではなくて?」


 王妃の言葉に、空気が変わるのを感じる。全力で抵抗するだろうと思っていたが、やはり一筋縄ではいかないようだ。


 「ですが、証人は一目でご自身の履歴と認識されましたよね?」


 取引履歴を見た際、彼女は思わず声を漏らしていた。自身の物と分かったからだ。彼女が知る内容が書かれていた、何よりの証である。


 「そうね。取引履歴の中に、正しい記載があるのは事実。

 けれど、全てが正しいかは別の話よ。王城で保管されている物と突き合わせなければ分からないわ。


 何より、私が尋ねたいのは手続きの正当性よ。重大事件に関わるとはいえ、王族に関する情報開示は慎重を期すもの。

 これほど短期間に、あなたの手に渡るとは思えないわ」


 王妃がぱしん、と扇を閉じる。その音が、静まり返る場内に響いた。


 「アクランド嬢。あなたはいつ、誰から、この取引履歴を受け取ったのかしら。

 法廷に出すのだもの。入手方法は当然、口にできるわよね?」


 王妃の問いかけに、場内は恐ろしいほどに静まり返る。私は悠々と微笑んで見せるも、内心ため息を吐いた。


 さて、困ったことになった。質問に答えるのは簡単だ。だが、少々難がある。

 入手した人物を挙げても、誰も納得しないだろう。納得させる方法はあるが、私が勝手に使える手段ではない。


 取引履歴を入手したのはルーファスだ。短期間で入手したのを見る限り、本来の身分を利用したのだろう。

 王族である彼なら、いつでも閲覧可能だ。王族の情報を王族が見た、ただそれだけの話である。


 しかし、この話が通じるのは、彼の正体を知る者のみ。安全のため身分を偽っている以上、私が勝手に明かすわけにはいかない。これが、返答に窮する理由だ。


 とはいえ、王妃の質問も重要だ。取引履歴が疑われると、こちらの心証が悪くなる。

 きちんと精査すれば済む話だが、そのためには法廷を中断せざるを得ない。それこそが、彼女の狙いだろう。


 王妃にすれば、一先ず審理を中断できれば良いのだ。突然法廷に立たされた彼女は、何の備えも無い状態。まずは場を整えたいというのが本音だろう。


 ここで証拠の真実性を証明できなければ、審理が中断する可能性がある。

 そうなれば、彼女の思う壺だ。自分が逃れるために、できる手は打つだろう。弁護人を立てられれば、先のような失言を誘うことも難しくなる。


 今の王妃がすべきは、潔白の証明ではなく時間を作ること。そのための一手としては、素晴らしい問いかけだった。

 手強い相手だと分かっていたが、本当に厄介だ。


 「アクランド嬢、答えられないのかしら?」


 にっこりと微笑む彼女に、私は軽く息を吐く。

 勝手に話をすり替えたことを言及するか。彼女は店主の件を答えていない。こちらの問いにまず答えろと言うことはできる。

 しかし、泥試合なのは否めない。互いに話をすり替えるなど、見苦しいことこの上ないが……そこは目を瞑るしかないのか。


 苦々しさに奥歯を噛み締めたときのことだ。


 「簡単な話ですよ、王妃殿下。私が2月末に入手し、彼女へ渡しました」


 涼やかな声が場内に響く。それに驚いたのは、他でもない私だ。

 勢いよく振り返ると、ルーファスが何食わぬ顔で立っていた。驚きの展開に、思わず彼のもとへ駆け寄る。


 「ルーファス、いいの?」

 「うん? 事実だろう?」

 「それを証言する意味が、分からないわけではないでしょう」

 「……やはり、君はとっくに気づいていたのか」


 こぼされた言葉に、彼を見上げる。そこには、眉を下げて微笑む姿があった。


 「情けないね。俺はずっと、君に守られていたようだ」

 「お互い様よ。私も、あなたに守られてきた」


 思い返せば、いつだって彼が助けてくれた。初めての魔獣討伐も、自身の弱さに焦りを抱いた日も。爆風に煽られる中、庇われたこともあったか。

 守られていたのは、お互い様だ。


 彼が明かしてくれるなら、それがこの場において最適解だ。

 けれど、未だ王妃の進退は分からない。諦めるつもりはないが、万が一もあり得る。


 彼の安全だけを考えれば、黙っていた方が良い。王妃を失脚させられなかった場合、間違いなく狙われるのは彼だ。


 その一方で、これが最善だということも分かっている。王妃を捕らえるためならば、迷わず彼のことを明かすべきだと。


 「信じてくれ」


 たった一言。シンプルな言葉が、私の胸を打った。


 「君のことを、俺が今まで守れていたというのなら。どうか信じてくれないか」


 真っ直ぐに向けられた視線は、強い力を持っていた。

 彼は万が一など考えていない。勝つことしか、考えていないのだ。


 その瞳に、私が覚えたのは自身への苛立ちだ。

 全く、何を考えていたのか。全力で王妃に立ち向かうと決めたじゃないか。ここに来て、尻込みするつもりか。彼が覚悟を決めたなら、その背を押すのが役目だろうに。


 反論の言葉は、疾うに消えた。覚悟を決めた友に、私も答えなければ。


 「これが、最後の命令ね」


 ぐっと奥歯を噛み締めて、笑顔を作る。

 どうか、堂々とした姿であるように。彼が過去を振り返ったとき、仕えるに相応しい人間だったと思えるように。

 不安を飲み込み、私はできる限りの笑みを浮かべた。


 「私に勝利を」

 「ああ、任せてくれ」


 そう言い残し、彼は私の横を通り過ぎる。すれ違いざま、軽く肩を叩かれた。


 遠くなる背中を見つめる。いつもと変わらない、頼もしい背がそこにあった。


 「ここからは、私が尋問を担当いたしましょう」

 「……あなたは?」


 王妃が怪訝そうに問いかける。平民への蔑視か、この局面で担当が変わったことに対する警戒か。若しくは、その両方かもしれない。

 彼女は露骨に表情を変え、彼を値踏みするように眺めた。


 「はじめまして、王妃殿下。お会いする機会に恵まれて光栄です。どうにも、王城から遠くてね」

 「何を言って……」

 「失礼、こうした方が分かりやすいですね」


 彼は右手を顔の高さに上げる。後ろに立つ私には、詳細は分からないけれど。

 どうやら、素顔を晒したらしい。下ろした右手には、常にかけていた眼鏡が握られている。


 「うそ……」


 驚きか、感嘆か。どちらにも聞こえる、不思議な声が耳を打つ。誰もが唖然と口を開いていた。


 目の前に広がるのは、空を切り取ったような美しい青。黒いスーツに身を包む中、澄んだ青がよく映えた。

 ミルクティーブラウンの髪は、今や本来の色を取り戻している。女神の祝福、それを表す王家の青に。


 「せっかくの機会だ、名乗りを上げるとしよう!

 フィンノリッジ王国第二王子、ルーク・リオ・ジャーヴィスだ。こうして皆の前に立てること、嬉しく思う」


 固唾をのむ聴衆を前に、彼は高らかにその名を謳う。王族に相応しい自信に満ちた声が、皆の視線を奪った。


 美しい青に魅せられて、静寂は破かれる。


 ひび割れるような歓声が、場内を揺らした。観覧席の多くが、目を輝かせて立ち上がる。

 歓喜の声に、止まない拍手。その全てが、彼へ向けられていた。

 

 王家の青を宿す、女神が認めた唯一の王子。アシュベルク教を信仰する民にとって、心から王族と認められる存在。それが、彼だ。


 民が待ち望んだ正統なる王子が、ようやく表舞台へ姿を現した。女神の愛を一身に受けた姿は、一瞬で民の心を掴んだらしい。

 第一王子派は苦い顔をしたが、それが些末に思えるほどに多くの者が喜びを露わにしていた。


 興奮覚めやらぬ空気の中、私は静かに原告席へ戻る。

 ここからは彼の舞台だ。私は彼の勝利を信じ、待つとしよう。


 席に座り、向かい合う二人を見る。彼は美しい笑みを浮かべ、王妃はその顔を歪ませていた。

 余程、彼が憎いようだ。優雅さは欠片もなく、憎悪に染まった顔が見える。


 「よく覚えておけ。幾度となく殺そうとした男の姿をな」


 歓喜に沸く観覧席をよそに、彼は冷ややかな声で告げる。王妃の顔が、怒りで赤く染まった。


 「静粛に! 審判を再開する! これ以上騒ぎ立てるのであれば、外へ出るように!」


 文官の声が響く。鳴り止まない歓声に、さすがに痺れをきらしたようだ。外に出されてなるものかと、皆一斉に口を噤む。

 静まり返った場内には、消しきれない歓喜の跡が残っていた。聴衆の瞳はきらきらと輝き、彼を熱心に見つめている。


 「第二王子、ルーク・リオ・ジャーヴィス。王妃への答えは、先の内容で間違いないな?」

 「おっしゃるとおりです、陛下。私が入手し、聖女へ手渡しました。我が身は王家に連なる身。何も可笑しなことはありますまい」


 そこで一度切り、彼は王妃へ向けて花のような笑みを浮かべる。

 しかし、愛嬌は微塵もない。言うなれば、薔薇だろうか。美しい花には棘がある。そんな言葉が良く似合う姿だ。美しい笑みの下に、確かな棘が潜んでいる。


 「もちろん、お望みとあらば詳しく説明しましょう。不肖の身ではございますが、王妃殿下がご理解なさるまでお付き合いしますよ?」


 丁寧な言葉に隠された棘が、王妃へと突き刺さる。

 怒りに震える彼女だが、感情のままに口を開くことはなかった。扇を強く握り、懸命に堪えているようだ。


 「おや、ダンマリですか。まあ、無駄な時間を使わずに済んだと、喜びましょう」


 そう言うと、彼は表情を一変させた。花のような笑みは消え、美しい青が王妃を射抜く。

 鋭く見据える姿は、まるで獲物を捉えた獣のようだ。

 

 「証人尋問を再開しましょう。その口が動く内にね」


 彼の口元が弧を描く。まだ審理は、終わりそうにない。

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