第104話 起死回生の一手を(悪役令嬢side)


 窓の外には、美しい青空が広がっている。3月を迎え、麗らかな陽気が戻ってきた。


 しかし、美しい空とは裏腹に私の心は晴れない。自身の足場が崩れるかもしれない。そんな恐怖が、胸を覆っていた。


 「一体、いつになったら成功させるつもり!?」


 ティーカップを侍女の足元へ投げつける。カップは無残に飛び散り、紅茶が絨毯を汚した。


 「申し訳ございません」

 「謝れば済むとでも!? なぜ命令一つこなせないのよ!」


 侍女は頭を下げるが、私の苛立ちは治まらない。謝罪など何の価値もないのだ。


 侍女のドレスには、紅茶が飛び散っていた。間違いなく染みになるだろう。それを見て、少しは自省すれば良いのだが。どうせ改善は見られまい。


 「早くあの女を始末しろと伝えたわよね? ここまで仕損じるなんて、私の足を引っ張るつもり!?」

 「いえ、そのようなことは決して」


 私の言葉に、侍女は頭を下げたまま否定する。

 だが、その声に焦りはない。淡々と謝罪の言葉を述べるのみだ。謝意など微塵も感じられなかった。

 だからこそ、ここまで愚かなのだろう。改善など見込めるはずもない。


 「ああ、もう! 本当に不愉快だわ! さっさと散らかったものを片付けなさい!」

 「はい、すぐに」


 私の命に従い、侍女は床の破片を拾い上げる。それを横目で見ながら、私はため息を吐いた。


 本当に、どうしたものか。重要なのは、私がジェイミーの婚約者で居続けること。立場を維持するには、あの女が邪魔だ。


 小説通り動くのでは、足りないことは理解した。

 だって、王妃がブリジットを否定するなどあり得ないのだ。小説にそんなシーンはなかった。私が小説通り動いても、否応なしにストーリーは狂っていく。


 あの女が、好き勝手に動いたせいだ。その弊害に違いない。


 王妃は言っていた。王家の青を持つから、私が婚約者に選ばれたのだと。

 小説にそんな設定は無かった。ブリジットが第一王子の婚約者だったのは、彼に愛されていたからだ。

 なのになぜ、こんなことになったのか。


 ゆっくり考えたいところだが、そんな猶予はどこにもない。私は今、岸壁に立たされている状態だ。


 そんな私に、王妃から出された条件はただ一つ。あの女より優秀だと示すことだ。


 とはいえ、私は一度失敗している。先の学期末試験では期待に応えられなかった。

 王妃は学年末試験まで待つと言ってくれたが、私の評価が落ちたことは否めない。名誉を挽回するには、次で圧倒的な差をつける必要がある。


 にもかかわらず、それは正攻法では敵わない願いだった。あの女が、予想外の成長を見せたせいで。


 学年末試験が決闘なのはいい。小説通りの流れだ。オリエンテーションでイグニールが出た以上、確定された未来。ストーリーが狂うことはなかった。


 しかし、最も重要な点がズレていた。あの女の力量だ。


 小説では、悪役令嬢たるブリジットが決闘に勝利した。ヒロインが弱過ぎたからだ。


 ヒロインは、時属性魔術以外に興味を示さなかった。土属性魔術を地味だと嫌い、攻撃手段を持たなかったのである。

 支援しかできないヒロインは、ペアの足を引っ張ることとなった。

 

 だが、現状は違う。あの女は魔獣討伐を経験し、攻撃手段も持っている。確実に小説のヒロインより強い。


 悔しいが、私はあの女に戦闘経験の点で劣る。こちらの方が不利と言えよう。

 小説のように、簡単に倒すことはできないはずだ。当然、圧倒的な差をつけるなど夢のまた夢。


 加えて、あの女のペアも問題だった。スピネル寮生となったせいで、小説とは異なる結果が生じている。


 あの女は、平民の従者を選んだのだ。名前は知らないが、とても優秀な者。顔立ちも良く、平民の生まれであることが悔やまれる逸材だ。

 

 そんな人間とあの女がペアを組む。言うまでもなく、最悪な流れだった。


 私は先の失敗を取り返さねばならない。勝利するだけでなく、圧倒的な差を見せる必要がある。

 それを叶えるには、あまりにも状況が悪かった。真っ向勝負では、望む結果は得られないだろう。


 だからこそ、あの女を始末するしかないのだ。圧勝が難しい以上、戦闘は避けねばなるまい。

 実に腹立たしいが、あの女は小説のヒロインより優秀だ。このままでは、蹴落とすことは不可能に近い。


 決闘などせずとも、始末すれば終わりだ。虐めなど生温いことはしない。

 それは、私にとって安全策でもあった。


 私が断罪されないためには、あの女の声を封じればいい。生かすことで危険が生じるのなら、この世界からご退場いただこう。死人に口なし、と言うではないか。


 そこまで考え、私はため息を吐く。

 本来であれば、既に始末が終わっている予定だった。侍女が無能なせいで、上手くいっていないが。


 始末を命じたものの、未だ成功していない。それどころか、怪我の報告一つない状況だ。手を抜いているのかと疑いたくなる。


 あまり堂々とやられても困るが、始末できないのでは本末転倒だ。

 侍女の犯行だと判明すれば、私へも疑惑の目が向く。ゆえに、大々的な策は避けていたのだが。これ以上時間をかけるわけにはいかない。


 元より、侍女の仕業とバレた際には、切り捨てるつもりだった。仕損じるくらいなら、いっそ大胆に動かすべきか。


 私の指示は口頭のみ。証拠も残していない。

 仮に侍女が告発しても、私を罰することは不可能だ。証拠がないのだから。格下の発言に、我が身が揺らぐことはない。


 私に猶予はない。もう、後がないのだ。どれだけ犠牲を払おうと、引き下がることはできない。


 暗い思考を遮るように、室内にノック音が響いた。


 その音がやけに耳に残る。脳内で何度も再生されていた。思考を遮るように、音が耳の奥で鳴っている。私を制止するかのように。


 馬鹿げた話だ。止まることなど、できやしないのに。


 重い息を吐くと、侍女が戻って来た。どうやら来客らしい。一体、誰が来たのか。


 「ハリス女史がお見えになっております。いかがなさいますか?」

 「はあ……先生をお待たせするわけにもいかないでしょう。すぐにお通しして」


 私の言葉に、侍女は一礼した。

 全く、考えなくても分かりそうなものを。私への確認は必要だが、通してもいいか、と訊けないのか。機転のなさにうんざりする。


 「コードウェル嬢。突然の訪問、ごめんなさいね」

 「いえ、ハリス先生。ようこそお出でくださいました」


 どうぞこちらへ、そう言って前の席を示す。

 休みの日だというのに、仕事をしていたのか。両腕には多くの荷物が抱えられている。


 彼女は席に着くと、隣の椅子に荷物を置いた。あれだけの大荷物、よく落とさずに歩けるものだ。


 「ちょうどお茶を楽しんでおりました。先生もいかがです?」

 「まあ! せっかくのお誘いだもの、いただこうかしら」


 ありがとう、そう告げる彼女は嬉しそうだ。

 用件は不明だが、来客であることは変わらない。もてなし一つできないのでは、私の評価に関わる。


 侍女へ目配せをすると、心得たのか奥へ戻っていった。王都で流行りの菓子があったはず。それをお出ししよう。


 「すっかり春らしくなってきたわね。一日の気温差が大きいけれど、体調に変わりはないかしら?」

 「はい、先生。ありがたいことに、健康そのものです」

 「それは良かった。本選が控えているし、体調管理はしっかりね」


 本選は、寮対抗戦という名目になっている。タンザナイト寮の寮監として、あちらに負けたくないのだろう。出場者のコンディションが気になるらしい。


 「ふふ、先生にお喜びいただけるよう、頑張らねばなりませんね」

 「楽しみにしているわ。でも、あまり無理はしないでね。タンザナイト寮が勝てば嬉しいけれど、怪我はして欲しくないわ」

 「お気遣いありがとうございます」


 淹れたての紅茶が給仕され、側には色とりどりのマカロンが置かれた。ピンクや黄色、緑に白。美しい色がテーブルに花を添えている。


 「まあ! たしかこれは、王都で一番人気の!」

 「ええ、そうです。わざわざお越しくださったのですもの。お口に合えばいいのですが」

 「ふふ、とても評判の菓子だもの。美味しいはずだわ! 残念ながらまだ食べたことがなくて」


 無邪気な表情を浮かべる彼女に、私もにこやかに微笑む。お気に召したようでなによりだ。


 これは今、王都で一番人気の菓子だ。丁寧に作られたマカロンは、味だけでなく見た目も一級品。当然、それに見合う価格がつけられている。

 男爵家がおやつにするには、少々お高いもの。食べたことがないのも仕方ないだろう。


 「コードウェル嬢のおすすめはどれかしら?」

 「どれも美味しいですが、一番はバニラでしょうか。甘い香りが広がり、格別の美味しさですよ」

 「では、そちらを一ついただこうかしら」


 そう言って、彼女は白のマカロンへ手を伸ばす。上品に口へ運ぶと、目元を和らげた。


 「美味しい……! 人気になるのも分かるわね」

 「ふふ、お口に合ったなら何よりです」


 私も白のマカロンへ手を伸ばす。昔からバニラが好きだった。それゆえ、多くの味の中でもこれが一番好きなのだ。


 「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」


 場も温まったところで、私は話を促した。先生は一つ頷き、口を開く。


 「本選出場者の確認に回っているのよ。この学園では、初めての催しでしょう? 来賓も来ることが決まってね。出場者たちの様子を確認しておこうと思ったの」

 「やはり来賓の方がいらっしゃるのですね」


 ここはストーリーどおりか。小説でも多くの者が観戦に訪れたいた。保護者や教会関係者、更には王族まで足を運んでいたと記憶している。予想はしていたし、驚くことでもない。


 静かにティーカップを傾ける私に、彼女はぱちりと目を丸めた。


 「あら、来賓が来ることを知っていたの? 公表は週明けのはずだけれど……」


 不思議そうに首を傾げる彼女に、心臓が嫌な音を立てる。


 迂闊だった。まだ公表されていないとは。既に知っていたとなれば、可笑しいと思われる。

 変に勘繰られるのはごめんだと、私はすかさず口を開いた。


 「いえ、ただの予想です。決闘ともなれば、観戦を希望する声も多いかと思いまして」

 「そうだったの。コードウェル嬢、大当たりよ」


 さすがね! 先生が明るい笑みを見せる。どうやら誤魔化せたようだと、ひっそり息を吐いた。


 ハリス先生は、あまり油断ならない人だ。案外鋭いところがある。そして何より、人間だった。


 以前、私とベント子爵令嬢が揉めたときのこと。先生は涙ぐむ彼女を庇っていた。タンザナイト寮の寮監だというのに、私を心配する素振りすらなかった。


 お茶会の件も同様だ。ナイフ混入を知るや否や、先生は精力的に調査を始めた。被害者は所詮、スピネル寮生。それも、あの女だ。


 持ち前の正義感か、生まれゆえの問題か。彼女の奮闘が見られるのは、スピネル寮生を守るときばかりだ。嘆かわしいと言わざるを得ない。


 彼女はタンザナイト寮の寮監。私たちを守るべき立場の人間。にもかかわらず、こちらへの気遣いに欠けている。

 違う教師が寮監であればと、嘆きたくなる。


 「様子を見る限り、緊張で萎縮する心配はなさそうね。全力を出せそうかしら?」

 「もちろんです。良い結果となるよう、尽力いたします」


 私の返答に、彼女は機嫌良さそうに笑った。都合のいいことだ。こんな時ばかり、我が寮の寮監気分らしい。


 あの女に騙されるお父様や王妃、無能な侍女、正義感ばかり強い寮監。

 私はなぜ、周りに恵まれないのか。婚約者のジェイミーだけが救いだ。


 「ふふ、安心したわ。では、私はこれで失礼するわね」

 「もうお帰りで?」


 腰を上げる彼女に、声をかける。まだお茶を一杯飲んだ程度だ。長居されたくはないが、社交辞令は口にしなければ。


 「ええ。他の出場者にも会いにいくつもりだから」

 「残念ですが、仕方ありませんね。お忙しい中、ありがとうございました」


 感謝を伝えると、彼女は優しく微笑んだ。「美味しかったわ、ご馳走様」と言い、扉の方へ足を進める。


 「ああ、そうだわ」


 扉へ手を掛ける寸前、先生がおもむろに声を上げる。何事かと視線を向けると、彼女の瞳が私を射抜いた。


 先程とは一転、真剣な表情だ。微笑みなど欠片もなく、瞳は凪いだ海のよう。


 「コードウェル嬢。今のうちに、言うべきことがないかしら」


 突然の言葉に息を詰まらせる。放たれた言葉が、ナイフのように胸を抉った。


 言葉の真意はなんだ。彼女は、何か知っているのか? その上で、私に自白を促しているのか。


 ドクドクと、心臓が脈を打つ。

 私が犯人だと示す証拠はないはずだ。ケーキにナイフが混入された件は、そもそも関与していない。

 そして、あの女を始末する件も。証拠は残していないし、実行犯は侍女だ。万が一の場合には、無関係を装えるよう徹底している。


 何も問題はない。慌てる必要などないのだと、自身に強く言い聞かせる。


 「いいえ、先生。私には何も」


 微笑んで告げる私に、彼女はすっと目を細める。

 探るかのような視線に喉が引き攣った。緊張に震える身体を抑えつけ、私は笑みを維持する。


 「そう。分かったわ」


 変なことを聞いたわね。そう告げる先生に、お気になさらずと笑う。彼女の意図は不明だが、一先ず凌げたようだ。


 内心で安堵の息を溢す私に、彼女は眉を下げて口を開く。申し訳なさそうに続けられた言葉は、私の息を止めるものだった。


 「コードウェル嬢。大変なときにお邪魔してごめんなさいね。大掃除でもしていたのでしょう? 彼女のドレス、酷い染みだわ」


 お邪魔して申し訳なかったわ。そう告げる彼女をよそに、私はゆっくりと視線を動かす。

 ドレスの染み。それは、さっき私が投げつけた……


 慌てて口を開こうとするも、先生は既に部屋を出ていた。弁明したくとも、相手は当にいない。


 最悪だ。これでは私の印象が悪くなる。いずれ王妃になる私は、完璧でなければならないのに!


 勢いよく侍女を睨みつける。怒りのあまり、全身が震えていた。

 なぜ、何も言わなかったのか。自身が汚れているにもかかわらず、黙って来客を通すなんて。私への意趣返しのつもりか? 私の評判を落としたかったのか。


 「あなた、私に恥をかかせたわね!?」

 「違います、お嬢様。私は確認いたしました」


 いかがいたしますかと、お尋ねしたはずです。答える侍女の顔は、能面のようだ。眉一つ動いていない。

 侍女ならば、私を支えるのが仕事だろうに。満足に指示すら仰げぬ自身を棚に上げ、私の判断ミスだと責めるつもりらしい。


 ああ、お父様が雇っているのでなければ! 首を切ってやるのに!


 「あなたに期待した私が愚かだったのね! さっさと片付けなさい!」

 「かしこまりました」


 静かに一礼し、侍女は片付けを始める。美しい礼にすら苛立ちが込み上げ、吐き気がしそうだ。


 ガタリと音を鳴らし、立ち上がる。何もかもが腹立たしい。苛立ちのまま、部屋へ視線を走らせた。


 そのときだ。向かいの席に、小さな箱が置いてあるのに気づいた。先程まではなかった物。先生が忘れて行ったのだろうか。


 「お忘れものでしょうか。お届け致しますか?」


 私の視線に気づいた侍女が、静かに問いかける。それに返事をすることなく、箱を持ち上げた。

 カサリ、と音が鳴る。何か入っているようだが、然程重みはない。


 「お嬢様!? 一体何を……!」


 蓋を開ける私に、侍女が慌てたように声を上げる。別に封がされているわけでもない。開けたからといって分かりはしないだろう。確認するだけなら問題あるまい。


 「何これ、ネックレス?」


 箱の中には、銀のネックレスが入っていた。飾り気のないそれは、どちらかというと男性向けのデザインに見える。

 ペンダントトップには、荒削りな赤い石がついていた。台座もどこか荒っぽい。


 先生は、こんな粗雑な物が好きなのか。洗練されたデザインには程遠い。趣味はよろしくないようだと、箱に戻そうとしたのだが。


 「……これは?」


 箱の中には、一枚の紙が入っていた。石の証明書かと中を開けるも、題名は説明書。ネックレスに説明書とは、可笑しなこともあるものだ。


 呆れながら目を通すと、驚くべきことが書いてあった。

 このネックレスは魔道具。それも、ものだと。

 

 使い方は至って簡単だ。事前に魔力を流しておき、身につければいい。

 注意事項は、魔道具の魔力を空にしないこと。それくらいなら問題ないだろう。きちんと溜めておき、無くなる前に補充すれば済む。


 私の胸に希望が灯る。これがあれば、圧勝も夢ではない。無能な侍女に頼ることなく、あの女を叩き潰せる。


 「お嬢様、そちらは……」

 「黙りなさい」


 口を挟もうとする侍女に、冷たく言い放つ。どうせ先生へ返すべきだと言うのだろう。こんなに便利な物、返すはずもない。どうしてもと言うのなら、決闘後にそれとなく返せばいい。


 説明書を音読しなくて良かった。我が国は魔道具に否定的だ。侍女に知られれば、手放せとうるさいだろう。お父様の目に適うほど、堅物な人間だから。


 寝室に戻ろうとしたとき、再びノック音が響いた。

 忘れ物に気づき、取りに来たのだろうか。慌てて箱ごと隠し、侍女を扉へ向かわせる。


 開いた先には、予想どおりハリス先生が立っていた。


 「何度もごめんなさいね。私、箱を一つ忘れていないかしら?」

 「いえ、見ておりません。侍女が掃除中ですが、特に報告はありませんね……」


 そうよね? 私の言葉に、侍女は静かに頷いた。それを見た先生は、困ったように頬へ手を当てる。


 「そう……なら、どこかで落としたのかしら。もし見つけたら、教えてもらえる?」

 「もちろんです、先生」


 微笑んでそう返すと、先生は安堵の表情を浮かべた。丁寧に礼を言い、そのまま去っていく。お忙しい身だ。忘れ物にこだわる時間もないのだろう。


 パタリと扉が閉まり、私は口角を上げた。

 準備は整った。あの女を始末するのが最優先、そう思っていたけれど。もうそれすら必要ない。


 これがあれば、あの女を完膚なきまでに潰すことができる。


 「あの女の始末は、もういいわ」


 侍女へ声をかける。今の心境を表すかのように、その声は弾んでいた。


 「そして、あなたは何も見なかった。そうでしょう?」

 「……はい、お嬢様」


 侍女の答えに、にっこりと笑みを浮かべる。


 やはり、私は主人公なのだ。ここは私が幸福になるための世界。そのためのピースは、きちんと用意されている。


 それがまさに、この魔道具だ。こうして私の元に来たのも、定められた運命に違いない。


 あの女ではなく私が、私こそが、世界に愛されている証だ。


 「ああ、なんて素敵なのかしら!」


 私はあの女とは違う。踏み台となるために作られた、哀れなヒロインとは違うのだ。


 私の幸せは約束されている。それを実感し、口元が弧を描いた。


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