第102話 一年を締めくくるために
「よし、全員いるなー?」
面倒だから点呼はとらないぞ。そう言うのは、教壇に立つトラヴィス先生だ。
冬期休暇が終わり、一年最後の学期が始まった。休みボケを起こさぬよう、気を引き締めて授業に臨んだのだが。その心構えが必要なのは、前に立つ彼の方らしい。
緑色の髪は雑に結わえられ、一部短い毛が跳ねている。寝ぐせを直すのすら怠ったのだろうか。
それとも、そんな余裕もないほどに忙しいのか。
「さて、今学期の授業方針を説明する。学年末試験にも関係することだ。しっかり頭に入れるように!」
先生の言葉に、私も思考を切り替える。
学年末試験、それで一学年は終了だ。問題が多発する日々だが、学生の本分は勉強。一年の締めくくりとして、良い結果を残したいものだ。
「今学期は、全て学年末試験に向けた授業を行う。というのも、学年末試験は少々特殊だからだ」
学年末試験は一年間の集大成。どうやら、それに相応しい試験内容となるようだ。
まずは筆記試験。今までのようなペーパーテストではなく、レポートの提出が必要らしい。これまで学んできた知識を駆使し、成果を示せということか。
次に、実技試験。当然のことながら、難易度は前回より高くなる。そのため、今学期の授業は実技試験対策が主となるようだ。
二年次からは実技訓練場での実習が開始される。それを前に、一定の技術を身につけさせるのだとか。
一年は基礎を身につける時期だが、二年次以降は違う。より専門的な勉強となるのだ。理論的な話も大切だが、机上の空論では意味がない。
専門性の高い授業についていけるよう、今学期で実技を叩き込む方針らしい。
「というわけで、先にレポート課題について説明しよう。
学年末の課題は、『他の魔術属性と自身の魔術属性について』だ。条件を満たせば、何の研究をしてもかまわない。自主性に任せることになっている。
相反する属性同士でも、相乗効果を見込める組み合わせでも良い。自由に研究してくれ」
条件は二属性扱えということのみ。自由度の高さは、難易度の高さを意味する。これという指針が無いのだ、中々に骨の折れる課題だろう。
「ああ、それからもう一つ。大切なことを忘れていた」
そう言うと、トラヴィス先生はこちらへ視線を向ける。ぱちりと目を瞬くと、彼はイイ笑顔を見せた。
「中には二属性持ちの生徒がいるが、自身の持つ属性のみ選ぶことは認められない。必ず、一つは自身が扱えぬ属性とするように」
分かったな? 先生の言葉に、教室中の視線が私へ向けられる。変に目立ってしまったと苦笑しつつ、私は無言で頷いた。
「では次、実技試験についてだ。例年であれば、学園の森でいくつかの課題を課すのだが……今年は試験内容が変更となった」
おそらく、魔獣騒ぎがあったせいだろう。イグニールが忍び込んだ件は、未だ解決していない。森を使用するのは避けるべきだ。
基本的に、一年生は実技訓練場を使用しない。そういう意味では、森というのは便利な場所だった。
広さだけでなく、視界を遮る効果もある。複数の課題を用意するにはうってつけの場所だ。ここを使えないのは、学園側にとって悩みの種だろう。
とはいえ、今更嘆いても仕方ない。森を使えないのも、試験を実施しなければならないのも変えられないのだ。
学園は試験内容の変更でもって対応するようだが、どのような試験となるのか。
「今回の試験は至って簡単だ。二人一組でペアを組み、他のペアと決闘してもらう」
その言葉に、周囲が騒めき立つ。突然の決闘という言葉に、動揺が広がっているようだ。一年生は基礎を学んだばかり。戦いの経験など無い者が大半だ。動揺するのも無理はない。
「最初にスピネル寮内で予選を行う。そして、予選で1位と2位を取ったペアが本選出場だ。本選では、タンザナイト寮の2組と対戦することになる。
さて、ここまでで質問はあるか?」
思いがけない試験内容に、騒めきが止まらない。皆、周囲の者と話しているようだ。
今までは的に向けて魔術を放っていた。それが突然人に向けることになるのだから、不安もあるだろう。
「はい、先生」
「おお、ルーファスか。なんだ?」
講義室内が騒めく中、隣に座るルーファスが挙手をした。質問があるらしい。先生に促されると、彼はよく通る声で問いを投げた。
「最終結果が評価に入るのはもちろんですが、決闘内容も評価されるのですよね?」
「もちろんだ。勝負は、時の運にも左右される。単純な勝ち上がり戦では、実力評価は難しい。一回しか実力を示せないペアが出てくるからな。それは不公平だろう。
その問題を解決するため、予選では総当たり戦を行う。各人の実力はその際にチェックする形だ。
まあ、それだけ大掛かりなせいもあり、今学期は実技授業のみになるわけだが」
試験そのものに時間がかかるし、決闘するための練習も必要だろう? そう語る先生に、皆が納得したように頷いた。
勝敗だけで判断されるわけではないと知り、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「先ほど言ったように、本選ではタンザナイト寮のペアと戦う。いわば、寮対抗戦だ。
娯楽の少ない学園ゆえ、おそらく上級生も観戦に来るだろう。本選出場者となった場合は、諸々覚悟するように」
以上! 先生は話を締めくくると、本格的に授業へと話を移していく。
まずは決闘の作法について説明するらしい。皆必死でメモの準備をしていた。
室内は、いつも以上に真剣な空気が流れている。
さて、どうなることやら。試験内容に不満はないが、どうにもすんなり終わるとは思えない。
一波乱ありそうな予感に、私はため息を吐いた。
「それで? あなたは誰とペアを組むの?」
驚きの発表から、三週間が経過したときのこと。私はある研究室を訪れていた。秋頃から使用している、人気のない研究室だ。
「ペア、ですか?」
「そうよ。一年生の学年末試験は、決闘なのでしょう? 私たちの学年でも話題になっているの!」
そう言って、楽しげに笑うのはシアだ。
現在、この研究室には4人の人間がいる。シアに私、ルーファスとオーウェンだ。一つのテーブルを囲み、座っている。
情報交換のために来たのだが、どうやら彼女は決闘に興味があるらしい。きらきらとした瞳でこちらを見つめている。
「本当に話題になっているのですね」
「それはそうよ! ここでは、催し物などほとんどないもの。学問のための場所だし、当然だけれどね」
精々が学年末のパーティーくらいかしら。そう言ってシアは軽く息を吐いた。
日々学問に打ち込むのだ。多少の息抜きくらいは欲しいのだろう。
日本では、体育祭や文化祭、その他様々なイベントがあった。
しかし、この学園にそういったイベントはない。入学式や卒業式すらないほどだ。
せいぜいが、一年生のときに受けるオリエンテーションと、学年末パーティーだ。日本の学校とは大きな違いである。
それゆえ、今回の決闘は学園にとっても一大イベントのようだ。トラヴィス先生からも話があったが、ここまで注目を浴びているとは。
「それで? シャーリーのペアはどなた?」
「俺が務めます、レティシア殿下」
シアの問いに、ルーファスがさらりと答える。私が口を開くまでもなかった。事実なので頷いておく。
「あら、あなたがペアなの。まあ順当な結果ね」
「面白味がなく申し訳ない。彼女のことはしっかりと支えますので、ご安心を」
笑みを浮かべるルーファスに、シアがにこりと微笑み返す。両者共に隙のない笑みだ。これが心からの笑みならいいのだが、明らかに含みがある。
いつものことだが、仲が良いのか悪いのか、よく分からない姉弟だ。
「オーウェンはどなたと組むの?」
空気を変えようと、私はオーウェンに水を向ける。王族姉弟による、無言の応酬は心臓に悪い。さっさと話を変えてしまおうと考えたのだ。
オーウェンが苦々しい表情を浮かべたのは、想定外だったが。
「実は……ケンドールと組むことになりまして」
「え、アンソニー様と?」
思わぬ相手に目を丸める。てっきり、仲の良い友人と組むものと思っていた。彼らがペアを組むとは驚きだ。
アンソニーはジェームズ殿下の側近候補であり、ケンドール辺境伯のご令孫。オーウェンと同じ辺境伯家の出身ではあるが、両者は特段仲良くもない。なぜペアを組んだのか。
私の疑問に気づいたのだろう。自分が望んだわけではないのですが、と彼が重い口を開いた。
「ケンドールから頼まれたのです。どうやら、イアン様がソフィア嬢とペアを組まれたために、相手がいなかったようで。
あまりの必死さに、こちらも断り切れず……」
はあ、とオーウェンが盛大なため息吐く。本当に、彼は望んでいなかったのだろう。性格も正反対な相手だ。進んで組みたがるとは思えない。
何と慰めればいいかも分からず、私は言葉を濁すしかなかった。
「おや、オーウェンは随分と可哀想なことになっているね?」
「本当に、お前が羨ましいよ……」
ルーファスが茶化すように声をかけるも、彼は項垂れたままだ。暗い影を背負う姿に、さすがのルーファスも真顔になった。
いつもなら言い返すオーウェンが、この有り様だ。あまりに不憫だと思ったのか、優しく背を叩いていた。
……それが一層哀れみを誘うというのは言わないでおこう。
「では、ジェームズはコードウェル嬢と組むのかしら?」
「はい、そのようです」
シアの言葉に、オーウェンが短く返す。それに頷くと、彼女は小首を傾げた。
「そうなると、タンザナイト寮の方はパッとしないわね。ジェームズはそれなりの腕があるけれど、ペアがコードウェル嬢でしょう? あの子のペアがあなたのように実力のある者なら、見応えもあったでしょうに」
「勿体ないお言葉です」
頭を下げるオーウェンに、シアはくすりと笑う。事実を言っただけよ、と明るい笑みを見せた。
「これはシャーリーたちが優勝で決まりかしら。戦闘経験者が少ない上に、腕のある者は別々にペアを組む始末。
シャーリーが勝つのは嬉しいの。優勝して欲しいと思っているわ。
でも、試合観戦する身としては、一波乱くらい欲しいものよね」
そう言うシアは、とても残念そうだ。観戦側としては面白いカードを望むもの。彼女の言い分も分からなくはない。
ジェームズ殿下が、オーウェンかイアンと組んだならかなり手強いだろう。または、オーウェンとイアンのペアでもいい。
魔術の実力があり、一定の経験がある者。そういった者同士でペアを組むのが理想的ではある。
とはいえ、所詮は学業の範囲だ。実際の討伐に赴くわけでもなし。好きな者同士組むのも有りだろう。
チームワークという意味では、素晴らしい効果を発揮する可能性もある。特に、ソフィーとイアンの双子コンビは警戒しなければ。
「勝負事は、蓋を開けねば分かりませんから。とりあえず、私とルーファスは全力を尽くすつもりです」
「そうだね。相手が誰であろうと、やるべきことをやるだけさ」
試験である以上、手は抜かないし慢心もしない。できる限りの努力をし、結果を勝ち取らなくては。
気を引き締める私たちに、シアは穏やかに笑った。
「では、本題に入りましょうか」
一通り話したところで、シアが本題を切り出した。
わざわざ研究室まで来たのは、試験の話をするためではない。それなら寮のサロンで十分だ。ここに集まったのは、情報交換のためである。
「まずは、頼まれていた件の最終回答よ。ベント子爵領から転出した民は、国内全土を捜しても見つからなかった。生存は絶望的と考えていいでしょうね」
やはりダメだったか。近隣の領地にいない時点で、厳しいだろうと考えていたが。国内全土を調査しても手掛かり一つないのでは、死亡している可能性が高い。
「次に、王都で発見された文官の不審死について。結論から言うと、大きな進展はないわ。けれど、新たな証言が出てきたの」
王都の宿屋で死体が発見されたことは、陛下から聞いていた。現場には、黒ずんだ銀製の盃が残されており、毒により死亡したと推測される。
しかし、自殺か他殺かは判然としなかった。室内に争った形跡がなく、遺書すら残されていなかったためだ。
「死亡前夜、宿屋近くの酒場で、男が人と接触していたそうなの。接触した人間はフードを被っていたらしく、詳細は不明。
加えて、酒場という場所も問題でね。照明は薄暗く、店内は賑わっている。会話が聞こえるはずもなく、何を話していたかも分からないとか」
厄介な話だ。目撃されたのが酒場とあれば、証言が正確かも判断し難い。目撃者が嘘をついたと言いたいわけではなく、飲酒による判断力低下が否めないということだ。
本人が酔っていないと思っていても、それを証明する手立てはない。どこまで正確な内容と信じるかは難しい話だ。
また、酒場は夜遊びで訪れる貴族もいる。姿を隠すのは珍しくもない。
騒ぎを起こしたわけでもない以上、然程記憶に残らなかったのも頷ける。
実に上手い手だ。証言の信憑性についても争う余地があるし、大した注目も集めなかった。場所の選択が優れているという他ない。
その人間が犯人であるかまでは不明だが、用心深い人物であるのは確かだろう。
「接触者は数分話しただけで、すぐ店を出たらしいわ。当然、その行方を知る者はいない。
他に男と接触した者はいないそうよ。ただ静かに、酒を飲み続けたとか」
満足いくだけ酒を飲み、宿に戻ったということか。接触者は極めて怪しいと言えるが、男の死と関係があるかは不明だ。
現時点では、証明できない。関与した可能性はある、としか言えないのだ。
「疑わしい人間が出てきたが、詳細は不明。加えて、自殺か他殺かもはっきりしないままということですか」
「悔しいけれど、ルーファスの言うとおりね。正直、この件は進展が見込めなそうだわ」
調査は続けるけれど。そう告げるシアに、内心で同意する。
監視カメラもない世界だ。証言のみを頼りにするのなら、時間が経つほど信憑性に難が出る。
どうしたって、人の記憶は薄れていくものだ。これ以上の有力な証言は望めないだろう。
「それから、三点目。大神官が話した件だけれど」
おそらく、冬季休暇中に大神官から聞いた話だろう。
オーウェンには、王城と連絡を取るよう命じていた。内容は全て伝わっているらしい。
「大神官が以前遭遇したという、黒髪の少年。それらしい人を探してみたけれど、見当たらなかったわ」
大神官が慰問に訪れたのは、26年前のこと。場所は、戦場となったケンドール辺境伯領だ。
陛下が秘密裏に調査を命じたらしい。現地に人を派遣し、住民を確認したのだが、該当者はいなかったとか。
日本のように、黒髪ばかりというわけではない。調査する人間は自然と絞られる。
にもかかわらず、見つからなかったようだ。大人になり、他領へ移った可能性も無きにしも非ずだが……基本的に、領地で一生を終える者が多い世界だ。余程のことがない限り、移動は考え難い。
「貴族なら話は早いけれど……平民となると、見つけ出すのも大変でね。
スタンピードの時期に、戦地で治療を手伝っていたのでしょう? 親から十分な愛情を受けていないのは確実。普通なら、安全な場所に逃すもの。
大神官の言うとおり、不義の子である可能性は高いわね。親の沈黙はもちろんのこと、今となっては自身も口を噤んでいるのかも」
大人になり、自身の生まれが許されないものと知ったなら。出自に口を閉ざすくらいはするだろう。
それゆえに、故郷を離れた可能性もある。自身の出自を知られている環境は、暮らし辛さもあっただろう。
「シアお姉様、念のため近隣の領地をご確認いただけますか? 生まれを苦に、故郷を離れたとも考えられますし」
「そうね。一応、他領も確認するつもりよ。東方地域の領はしらみつぶしに調べるわ。
……ベント子爵領にだけは、行っていないといいけれど」
苦い声で呟くシアに、首肯する。最悪なのはそのパターンだろう。懸念点は二つだ。
一つは、彼が犯人だった場合だ。ベント子爵領の民へ与える影響が大き過ぎる。
術について詳しい彼が、一連の騒動に関わっている可能性は高い。領民が犯人と知れば、民の間に疑心暗鬼が広がりかねない。
二つ目は、彼が犯人でなく、ただの被害者だった場合だ。
何も、東方と関係のある人間は彼だけではない。ローナイト商会という大きな窓口もある。彼以外の誰かが犯した可能性はある。
何の罪もない彼が、故郷を離れ、ベント子爵領に定住したとしよう。突然迫り来る魔獣の襲撃。皆が恐れるソレが、東方の術と気付いてしまったら。
彼にとっては、地獄のような日々だろう。自身の生まれに口を閉ざし、逃げて来た場所で起きた惨事だ。どれほど苦しい思いをしたかなど、察するに余りある。
加えて、彼が苦しさのあまり他領へ逃れようとしたなら。他の転出者と同じく、生死不明の状態に陥ったことになる。それでは、あまりにも報われない。
何にしても、彼がベント子爵領に行っていないことを祈るしかない。彼が犯人であれ、部外者であれ、だ。
「とりあえず、できることはやるわ。少年の調査と、死体を操る術についても探るつもりよ」
「ありがとうございます、シアお姉様。では、私は教区簿冊を調べましょう。少年の名前が分からないため、あまり効果は見込めませんが……」
どのような出自であれ、我が国の民なら教会へ足を運ぶことになる。間違いなく、何らかの記載はあるはずだ。
名前が分かれば話は早かったが、分からない以上は仕方ない。ヒントの一つでも見つかれば儲けものと考えよう。
「ありがとう、助かるわ。何か進展があれば、すぐに情報を交わしましょう」
シアの言葉に、微笑んで頷く。学業も大事だが、国を揺るがす一大事を放置することはできない。
加えて、ブリジット嬢の件もある。
冬休み前の様子を見るに、相当追い詰められているようだ。彼女がやけを起こす前に終わらせなければならない。失態を重ね、王妃から婚約破棄を言い渡されては困るのだ。
私からすれば、ジェームズ殿下とブリジット嬢の婚約は都合がいい。私に白羽の矢を立てられるのは迷惑だ。
そうならないよう、早期解決を目指す。時間の許す限り、調査を進めなければ。
外は未だ、雪が残る季節。とはいえ、それも永遠ではない。ひと月もすれば、雪が解けて春を迎える。
出会いと別れの季節が来る。
そのときには、全ての決着をつけるべきだ。
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