第100話 立場の違いと愛し方


 「聖女様、ようこそお越しくださいました。先日の事件といい、何とお礼を申し上げれば良いのか」

 「いいえ、ベント子爵。この地に平穏が戻ってきたのは、皆様の努力に他なりません。よくぞここまで、耐えてくださいました。その強さに敬意を表します」

 「なんと……! なんとありがたきお言葉か……」


 目元を拭い、感嘆の声を上げるベント子爵。その腕は細く、病の名残が見える。


 私たちは現在、ベント子爵邸を訪ねていた。視察の一環としてだ。

 街は随分と復興が進んでいた。民だけでなく、派遣された騎士たちも尽力しているらしい。

 通りには多くの人影があり、助け合いながら作業を行っている。


 あの寂しかった街並みが嘘の様だ。希望に満ちた人の声が、途切れることなく飛び交っている。


 「アクランド子爵も、お越しくださりありがとうございます」

 「いえ。大変なときに押しかけてしまい、申し訳ございません」

 「お気になさるな。ご息女が休暇中もお役目にあたられているのです。親として心配するのは当然でしょう」


 何より、見舞われるのは嬉しいものです。そう言って微笑む子爵に、親子揃って胸を撫で下ろす。


 今回の視察には、父も同行していた。ベント子爵領へ行く旨連絡すると、急いで教会までやってきたのだ。

 魔獣の襲撃があった地だ。娘が再び訪ねると聞き、居ても立っても居られなかったらしい。護衛という形で参加を希望してきた。


 同行者が増えるという驚きはあったものの、視察はつつがなく進んだ。復興に向かう様を確認し、ベント子爵にもお会いできた。目的は概ね果たせたと言っていいだろう。


 子爵も病の名残こそあるが、上体を起こせる程度には良くなっている。陛下から話は聞いていたが、驚くべき回復を見せているようだ。


 「アクランド子爵、我が領に多額の寄付をいただいたと聞いています。心より感謝申し上げる」

 「当然のことをしたまでです。それに、ご息女には娘がお世話になっておりますから」


 これからも娘と仲良くしていただければ幸いです。そう告げる父に、子爵は慌てたように声を上げた。


 「こちらこそ、聖女様に感謝しなくては!

 ヘレンには苦しい思いをさせてきましたが、学園に入学してから笑顔が増えたのです。聖女様と親しくなれたおかげでしょう。ありがとうございます」


 子爵が頭を下げるのに伴い、濡羽色が揺れる。病の影響か、髪はパサつき、酷く傷んでいた。

 回復傾向にあるとはいえ、長年苦しめられてきたのだ。一日でも早く、全快してくれるといい。


 憂いが表に出ないよう、私は努めて明るい笑みを作った。今まさに病と戦っている方に、要らぬ心労を与えてはならない。


 「お礼など。ヘレン嬢と親しくなれたことは、私にとっても嬉しいことです。心優しく、気遣いに長けた自慢の友人だと思っております」

 「そう言っていただけると、父である私も鼻が高い。

 あの子は魔道具への関心が強い。我が国では歓迎されない考えゆえ、爪弾きにあうのではと心配しておりましたが……

 本当に、あの子は友人に恵まれたようだ」


 私のせいで友人一人作れないのではと、心配したものです。そうこぼす子爵に、私は首を傾げた。


 「子爵のせい、ですか?」

 「ええ。あの子が魔道具に興味を持ったのは、私が原因と言えるのです。

 我が領は、魔獣の襲撃により長年苦しんでおりました。領主である私は病がちで、満足のいく対応がとれなかった」


 領地のため動かなければならない時期に、病のせいで動けなかった。

 それを悔いているのだろう。民が苦しんだのは、己の不甲斐なさのせいだと語った。


 「中には、他領へ移る民も出てきました。当然、人手が足りなくなる場所も増えた。

 それを少しでも解消できないかと、あの子は魔道具の勉強を始めたのです。魔道具を用いることで、民の生活を楽にできればと」

 「それは……」


 なんと切実な願いだろうか。民のために、勉学に励んだのか。


 もちろん、彼女にとって興味深い分野ではあったのだろう。

 けれど、いかに興味があろうとも、あれほどの熱量を維持するのは容易くない。切実な願いが、彼女を支えたようだ。


 「ヘレン嬢らしい、思いやりに満ちたお考えでしたのね」

 「我が娘ながら、優しい子に育ってくれたと思います。家にいるときは、看病もしてくれました。

 聖女様が開発されたナーシングドリンクがあるでしょう? 食が細くなった私に、あの子がよく持ってきてくれたのです」


 温かな笑みを浮かべる子爵は、本当にヘレンを誇りに思っているようだ。きらきらとした瞳で娘のことを語ってくれる。


 「食べなければならないことは分かっていたのですが……どうにも、食が進まなくて。

 ナーシングドリンクには、大変助けられました。求めやすい価格だったことも、ありがたかった」

 「それは良かった。困難なときにこそ、口にして欲しいと思っておりました。お役に立てたなら、これほど嬉しいことはありません」

 「本当に、聖女様やアクランド子爵には頭が上がりませんなあ。あの味も良かった。甘味が調整できるでしょう? 甘みや酸味、苦みなど、飽きの来ない味に助けられました」


 ナーシングドリンクが無ければ、より病状が悪化していたかもしれません。そう語る子爵は、嬉しそうな笑みを浮かべている。


 「……本当に、お役に立てて良かった」

 「最近では、起き上がれる日も増えてきたのですよ。早く自分の足で歩き回りたいものです。領地が、民がどうなっているのか。この目で確かめなければ」


 彼の瞳には、希望が宿っていた。日々快方へ向かうのを感じ、心に余裕が出てきたのかもしれない。そんな子爵に、私は微笑みを浮かべる。


 けれど、表情とは裏腹に、私の胸中は荒れていた。

 何とも言い難い不安が胸を覆っていたのだ。不穏なことばかり起きる現状のせいか、それとも。


 暗くなる思考を振り払い、私は明るく声をかけた。


 「先ほど街中を拝見しましたが、随分と復興が進んでいるようです。孤児院の子どもたちも、積極的にお手伝いをしていましたよ」

 「本当ですか! ありがたいことだ。あの孤児院には、よくヘレンを連れて行ったものです」

 「彼女は今でも積極的に足を運んでいますよ。子どもたちに大層慕われているようです。中には、ヘレン嬢を守るために強くなりたいと願う子もいるほどに」

 「なんと! そのような若者がいるのか」


 娘が慕われているのは嬉しいことだ。笑う子爵の表情に、影はない。娘を思う父の顔をしていた。





 「シャーリー」

 「はい、お父様」


 雪が降る街を、二人並んで歩く。気を遣っているのか、他の者は少し距離を空けていた。親子の会話を遮らないようにという配慮のようだ。

 それに感謝しながら、久方ぶりに父と言葉を交わす。


 「君は、この地で戦ったのだね」

 「……ええ。思いがけない戦闘に、戸惑いはありましたが」


 そう返すと、父は「無理もない」と呟いた。

 初めてこの地を訪れたのは、慰問のためだった。間違っても、討伐に来たわけではない。何の備えも無い中、よく守り抜けたものだと思う。

 被害者が出た以上、守り抜けたという表現が適切かは分からないが。


 私たちはある場所へ向かっていた。復興が進む中、ただ一つ、手をつけられていない場所。

 イグニールによって燃やされた家屋、その跡地である。


 辿り着いた先で目にしたのは、悲哀を覚える光景だった。

 炭と化した木材の上に、真っ白な雪が積もっている。痛ましい跡を、美しい白が覆い隠そうとしていた。春が来れば、また現実が顔を出すのだけれど。


 その様は、まるで人の心のようだ。どれほど月日が経とうとも、本当の意味で傷が消えることはない。

 時間という薬により、痛みを緩和できても。刻まれた傷は消えない。ふとしたときに、傷口が顔を出すこともあるだろう。


 同じように、この跡地は再び顔を出す。春を迎えると同時に、民はまた、あの惨劇と向き合うのだろう。


 「本当に、酷い事件だった」


 父の言葉と共に、空から雪が降り注ぐ。吐く息は白く、凍えそうな寒さだ。それでも、この場を立ち去ることはない。


 隠された傷跡に目を向ける。炎の中、倒れ伏す人の姿が思い出された。


 「よく頑張った。そう言っても、シャーリーは納得しないだろうね」

 「……最善は尽くしたと、胸を張って言えます。それでも、失われた命を思わぬことはありません」


 私は静かに口を開く。最善を尽くした。それは間違いないけれど。

 決してハッピーエンドではなかった。失われた命が、たしかにあったのだ。

 民の命が潰えたその瞬間を、忘れることはないだろう。


 「辞めてもいい。そう言ったら、どうする?」

 「お父様……?」


 突然の言葉に、驚いて父を見上げた。黒曜石のような美しい瞳が、静かに私を射抜いている。


 「普通に暮らしていれば、こんな危険に遭うことはなかった。命が尽きる様を、見ることもなかっただろう。

 シャーリー、覚えておいてくれ。君が逃げたいと言えば、僕はそれを叶えてみせると。

 聖女でなくても、君は最愛の娘だ。君が望むなら、どこまででも逃げてみせよう」


 その発言に、周囲が騒めき立つ。教会の騎士としては聞き流さない内容だ。咎めようとする騎士を、ルーファスとオーウェンが無言で止める。

 二人の視線は、ただ静かに私たちへ注がれていた。


 「お父様は、優しいのですね」

 「……国を、民を見捨ててもいいと言っているのに?」


 私の言葉に、父は首を傾げる。振動で、髪についた雪が滑り落ちた。


 「ええ。お父様は優しいです。少なくとも、私には。

 私が傷つかぬようにと、いつも配慮してくれた。いつだって、愛情深く接してくださった」


 生まれたときからずっと、愛を注がれてきた。母がいない分も埋めるかのように。

 今更、父の愛を疑うはずもない。温かな思いを、常に感じていたのだから。


 「聖女でなければ、もっと穏やかな時間を過ごせたでしょう。令嬢らしく、危険から遠ざけられ、戦いなど知らずに生きたのかもしれません」


 それはきっと、穏やかな生き方だ。こんな風に胸を痛めることも、命のやり取りをすることもない。平穏に満ちた日常が続くことだろう。


 けれど、その生き方は選べない。選ぶつもりもない。自分で決めたのだ。これが最善だと。


 「私の道はこれで良いのです。様々な考慮の果てに今がある。苦しいことも、胸を引き裂かれるような痛みもあるけれど。多くの方に支えられています。

 何より、お父様がいる。私が傷つき疲れても、帰れる場所があるのです」


 どれほどの困難が待とうとも、折れることはないだろう。疲れ果てたとき、帰れる場所がある。それだけで安心して前に進めるものだ。


 「お父様、どうかお元気でいてくださいね。私がいつでも帰れるように」

 「……ああ、約束しよう。シャーリーが帰る場所は、守り抜いて見せるさ」


 温かな手が背に触れる。それに安堵の息を吐いた。

 帰るべき場所は、確かにここにあると。






 人々が夢へと誘われる中、私は一人、外を眺めていた。真夜中ゆえか、出歩く人の姿はない。この宿屋周辺も、静まり返っている。


 初めて来たときは、夕方ですらこの有り様だったか。静寂が街を包んでいたことを思い出す。


 復興する街並み。子爵の回復。良い知らせが続いているというのに。私の胸は騒めき立ち、一向に落ち着く素振りがない。


 寝付くこともできず、窓辺に腰掛けた。隣には、淡い光を放つランプがある。

 ベッドにいても仕方がないと、諦めたのは数十分前のこと。眠気が訪れる気配はなく、悪戯に時が流れていた。


 雪が降っているせいか、窓辺は少し肌寒い。旅先ゆえ、夜着に着替えてはいないけれど。外の寒さに耐えられるほど着込んでいるわけでもない。

 羽織る物を持ってくるかと考えたとき、不意に扉を叩く音がした。


 「誰?」

 「俺だ。開けても?」


 問いかける私に、ルーファスの声が届く。どうやら、彼も起きていたらしい。


 闇が辺りを覆う時刻。小さなランプとはいえ、外に光が漏れていたのだろうか。私が起きていることに気づき、声をかけてきたようだ。


 「どうぞ」


 外には騎士が立っている。ルーファスと騎士の間で話はついているのだろう。そうでなければ、従者とはいえ夜中に訪れることはできない。

 今見逃しているのは、騎士の心遣いだろうか。私が寝つけていないことを知り、案じているのかもしれない。


 思考を巡らせていると、小さな音を立てて扉が開かれた。


 「やあ。夜更かしをする悪い聖女様」

 「あら。ならあなたは、夜中に主人を訪ねる悪い従者ね」

 「違いない!」


 楽しげな声を上げ、ルーファスがこちらへ近づいてくる。その両手には、湯気の立つカップが握られていた。


 扉を見ると、わずかに開けられているのが分かる。やましいことはないというアピールだろう。警護にあたる騎士も、異変があればすぐに気づける状態だ。


 「それでは悪い者同士、罪の味でも堪能しようか」


 彼が片方のカップを差し出す。中を覗き込むと、真紅の海に輪切りのオレンジが浮かんでいた。ホットワインだ。肌寒さを感じていた身にはありがたい。


 「まあ! 視察中に飲酒だなんて、悪い人ね」

 「おや、君も共犯だろう?」


 固いことはなしさ。そう言って笑う彼に、私も自然と笑みを浮かべる。気楽な会話に、胸の騒めきが少し治まったようだ。


 カップを傾けると、爽やかな香りが鼻をくすぐる。赤ワイン独特の渋みに、ほんのりとした蜂蜜の甘味。スパイスも入っているようで、身体の中から温まるのを感じる。


 凝り固まった身体が、自然とほぐれていく。それにつられて、私は口を開いた。


 「ありがとう、ルーファス」

 「これくらいお安い御用さ」

 「いいえ、これだけじゃなくて。お昼のことよ」


 オーウェンにも礼を言わないと。そうこぼす私に、ルーファスは何も言わなかった。黙ったまま、私の話を聞いている。


 「お父様が言ったでしょう? 逃げてもいいって。私、あの言葉自体は嬉しかったのよ。逃げる気なんて、毛頭ないけれど。

 ……でも、私だけを思う言葉に、嬉しくないわけがないでしょう? 頷くことはできないけれど、ほんの少しだけ、それも良いなって思った」

 

 父が学園まで迎えに来たときも、この地が魔獣の襲撃にあっていると聞いたときも。自身の安全を考えるなら、逃げる機会はいくらでもあった。


 選ばなかったのは、私の意思だ。それを曲げる気はないけれど。疲弊した心が、ほんの少しだけ、平穏な道を羨んだ。


 「騎士たちが慌てるのも当然よね。ありがとう、彼らを止めてくれて」

 「お礼を言われるほどではないさ。君を信じていただけだ」

 「……ありがとう。本当に恵まれているわね、私」


 たくさんの人に支えられてここまで来た。辛いことも面倒なことも多かったが、私は一人ではなかった。

 だからこそ、逃げ出さなかった。見て見ぬふりもしなかった。

 私はきっと、これからも同じ選択を続けるのだろう。温かな人がいる限り。


 「正直ね、アクランド子爵の気持ちはよく分かる」

 「え?」


 不意にこぼされた言葉に、私は首を傾げる。彼からそんな言葉が出るとは思わなかった。


 「俺の立場としては、君に逃げられては困る。主人がいなければ、従者としての価値はないだろう」


 彼の言うことはもっともだ。しかし、それだけが理由でもないだろう。

 ルーファスとしてではなく、ルーク殿下としても、私に逃げられるのは困るはずだ。わざわざ近づいた意味がなくなってしまう。


 「立場や状況を考えれば、逃げてもいいとは言えない。君の幸せだけを願うなら、逃してあげるべきだとしても」


 視線がこちらへ向けられる。微笑む彼の瞳は、悲しげな光を宿していた。いつもの力強さなどない、繊細な姿だ。


 「……それでも、逃がしてはあげられない。君を守るため全力は尽くせても、逃がすという選択だけはできないだろう」


 静まり返った夜に、彼の言葉が落ちる。聞く者の胸を詰まらせる、憂いに満ちた声だった。


 あなたの立場なら仕方ない。そう慰めることはできない。彼の正体を知った以上、友人だと思っていても、慰めの言葉は紡げない。


 今ばかりは、自分たちの関係が憎らしい。仮面を被り、交わされる言葉。その中にこぼされるいくつかの本音。

 掬い上げることはできず、下手な慰めをする資格もなく。さりとて、流してしまうには互いの距離が近すぎて。


 確かに結ばれた友誼が、積み重ねた日々が、言葉を吐き出させようとする。

 歪な関係を正せず、望みも交わらない以上、首を絞めるだけなのに。


 「だから、少しだけ君の父が羨ましい」


 ランプの光を受け、ミルクティーブラウンの髪がわずかに赤みを帯びる。いつもと異なる色は、どこか幻想的な雰囲気だ。


 それも当然か。本当の彼は、青空のごとき美しさを纏っているはず。今見ている姿は、いつの日か消える幻だ。


 「全てを投げ打ってでも、君の幸福を願う。それが許されることが羨ましい。自分の選択を、在り方を、後悔するつもりはないけれど。

 大切な誰かのために全てを捨てられるのは、ある意味幸福なことだろうね」


 それは、彼にはできない生き方だ。彼には許されない幸福だ。例えどれほど望もうと、決して手に入らない道。

 いずれ玉座に至る彼は、捨てられない荷物を抱えている。


 「だからね、俺は俺なりに君を守るよ」


 彼の顔に美しい笑みが浮かぶ。レンズの奥に、先ほどのような繊細さは見られなかった。意思を込めた、力強い瞳をしている。


 決して揺るがぬ在り方と、常に最善を尽くす心。それこそが、彼の強さなのだろう。


 「君を逃がすことはできなくとも、君が傷つかなくて済むように。できる限りの手を尽くそう。君を苦しめる現実が待つのなら、俺の手で終わらせよう。

 君が今抱えている疑念も、俺が持っておくよ。御望みなら、最後の一手も俺の手で」

 「っ、ルーファス、それは……」


 彼の言葉に、私は息をのむ。彼は気づいていたのか、私が抱く疑念に。

 いや、優秀な彼のことだ。違和感を覚えるのも当然だった。私が疑念を抱くと同時に、不信感を覚えていたのかもしれない。


 もし、私が気づかなければ。何も知らせずに自身の手で処理したのだろう。私が傷つかなくていいように、人知れず闇へ葬るくらいはするかもしれない。


 それは、何と悲しいことか。友人として、主人として。彼に全てを押し付けるわけにはいかない。


 どれほど辛く、苦しい結末だとしても。私自身が受け止めるべきだ。苦しみも悲しみも、誰かに肩代わりさせるなどまっぴらだ。

 私が持つべきモノは、私が抱えてみせる。それくらいの強さはあるはずだ。


 「調べて欲しいことがあるの」


 その言葉に、彼は静かにこちらを見つめる。視線が交わったとき、私は口角を上げた。


 辛いときこそ笑うのだ。堂々と、華やかに。

 表情を作れば、心が着いていく。言葉にも力が宿るだろう。


 周囲に聞こえぬように、声を潜めて彼に告げた。


 「王妃殿下の金銭を洗いなさい」


 対象も期間も、制限なく。そう告げる私に、彼は眉を下げて微笑んだ。


 君は強情だな。囁くような声が、夜の闇に溶けていく。

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