第98話 刻々と失われるのは


 曇天に覆われた空の下、白い花弁がひらひらと舞い落ちる。雪の降る朝は、肌を刺すほどに冷たい空気が流れていた。吐く息は白く、冬の訪れを実感する。


 「本格的に冬が来たわね……」

 「雪が降るほどですしね。大広間へ急ぎましょうか」


 私の言葉に、ヘレンが鼻を赤くしながら返事をする。メアリーやルーファスも寒そうだ。口数がいつもより少ない。

 目覚めたばかりの脳に、この寒さは辛いものがある。早く大広間に入ろうと、歩く速度を早めた。


 12月に入り、二度目の金曜日。私たちは試験休みを迎えていた。

 学期末試験が終わり、先生方が成績をまとめる時期。予定通りであれば、今日にでも試験結果が発表されるだろう。


 今学期も、友人たちと勉学に励んだ。できる限りのことはしたと胸を張って言える。感触も悪くなかったし、それなりの成果は出ただろう。


 とはいえ、結果が出るまでは落ち着かないものだ。前世の記憶があろうとも、そこは変わらなかった。この数日、そわそわとしていたのは自覚している。


 そんな日々も、今日で終了だ。良い結果を携え、冬期休暇を迎えられればいいのだが。


 大広間につき、4人で空いている席に座る。

 食卓には湯気の立つスープが用意されていた。近くに置かれたパンも、焼き立てなのか温かさがある。

 寒さを吹き飛ばすメニューに、自然と口元がほころんだ。


 「それにしても、今回の試験は大変だったね」


 パンを手に取りながら、ルーファスが呟く。それにヘレンが同意した。


 「おっしゃるとおりですね。特に、実技試験の難易度が跳ね上がっていました」


 今回の実技試験は、精神力が試される厄介なものだった。

 単に魔術を発動すれば終わりではない。制限時間内に、用意された的全てを破壊しなければならないのだ。


 中々に嫌な課題だ。制限時間があるという時点で、かなりのプレッシャーとなる。

 また、的は20個あり、生半可な威力では壊れない。十分な威力と、確実に当てるコントロールが要求された。


 当然のことであるが、大きな火を作り出し、全てを燃やし尽くすというような手段は認められない。術をコントロールできているか、判別困難なためだ。的確に、的のみを破壊する必要がある。


 要するに、同時に火の玉を20個放つのは良いが、辺り一面爆発してはならないわけだ。


 「私は3つほど的を残してしまいました……」

 「ヘレン様もですか? 私も3つ的が残ってしまったのです。制限時間に意識を取られ、狙いが甘くなってしまいました……」


 ヘレンとメアリーが項垂れる。二人とも魔術の腕は優秀だ。プレッシャーさえなければ、全て破壊できただろう。


 制限時間が大きな影響を与えたようだ。焦りを抑え、どれだけ的確な魔術行使ができるか。学園は、それを確かめたかったらしい。


 「シャーロット様とルーファス様は、全て破壊なされたとか。トラヴィス先生がお話されていましたわ。とても優秀だったと」

 「それはありがたいお言葉ね。魔獣討伐の経験が活きたのでしょう」

 「そうだね。実践は嫌というほど積んできたし……筆記試験より、実技の方が向いているかもしれないな」


 制限時間には驚かされたけれど。そう語るルーファスに私も苦笑する。


 本当に、制限時間という言葉は心臓に悪い。どうしたって、焦りが生まれるものだ。


 魔獣討伐を経験していなければ、上手くはいかなかっただろう。

 実際の戦闘は、制限時間どころではない。一瞬の油断が死に繋がる世界だ。集中力は嫌でも鍛えられたし、術式を組む速さも上がった。


 また、試験では的が動かなかったのも幸いした。止まっている標的なら、余裕を持って対応できる。

 日頃生きた魔獣を相手にしているのだから、当然だが。


 「やはり、日々の鍛錬が活きてきますのね。私も頑張らないと」

 「メアリーは十分頑張っていると思うけれど……でも、もっと練習したいというのなら、いくらでも付き合うわ」


 そう告げる私に、メアリーは花のような笑みを見せる。彼女の瞳は、きらきらと輝いていた。


 「そうおっしゃっていただけると嬉しいです。一緒に頑張れる方がいると心強いですもの!」

 「私も是非、ご一緒させてください。学年末試験はもっと難しくなるでしょうし、今から練習しなくては!」


 メアリーの言葉に、ヘレンもすかさず反応する。きりりとした瞳は、既に次を見据えていた。真面目な彼女らしい発言に、自然と笑みが浮かぶ。


 「さすがヘレンね。もう先を見据えているなんて、立派だわ」


 一緒に頑張りましょう! そう言って微笑みかけると、ヘレンも嬉しそうに頬を緩めた。


 切磋琢磨できる学友は良いものだ。それを改めて実感する、和やかな時間となった。


 楽しい朝食が終わりを迎え、皆で席を立つ。一度寮へ戻るつもりだったが、何やら出入口付近に人が溜まっていた。


 「混んでいますね……」

 「もしかしたら、試験結果が張り出されたのかもしれないね」


 メアリーの言葉に、ルーファスが呟く。

 たしかに、試験結果は今日発表される予定だ。朝一で張り出されたとしても、可笑しくはない。


 暫し待っていると、ゆっくりと人の波が動き出した。周囲の流れに従い、足を進める。

 5分程の時間が経っただろうか。ようやく大広間を出ることができた。


 廊下には、大きな紙が張り出されていた。ルーファスの予想が当たったようだ。成績優秀者が30位まで記載されている。


 「うーん、さすがルーファス。一位には届かなかったか」

 「そうは言うけれど、点差は小さくなっているじゃないか。2点差まで迫っている。本当に、君は厄介なライバルだよ」


 順位表を見ると、ルーファスが一位、私が二位だった。前回と変わらぬ順位である。


 ルーファスの言うとおり、点差は小さくなったけれど。結果はご覧のとおりだ。私の前に聳える壁は、中々に高いらしい。


 どうせなら、在学中に一度は首席を取りたいものだ。ルーファスの手強さは知っているし、地道に努力するしかないだろう。


 「あ! ヘレンもメアリーも、順位が上がっているわ! さすがね」

 「え!? 本当です! 見てくださいヘレン様!」

 「わ、私が7位!? 嬉しい……!」


 私がそう言うと、二人は嬉しそうに声を上げた。

 結果は、メアリーが12位、ヘレンが7位だ。二人とも前回より順位を上げている。実技試験に不安があったようだが、素晴らしい結果だ。


 他の友人を見てみると、皆好成績を維持していた。ソフィーは5位、オーウェンが6位である。

 ちなみに、3位はジェームズ殿下、4位がイアンだ。これも前回同様変わっていない。


 「ふふ、ヘレン嬢とメアリー嬢は成績が上がったみたいね。素晴らしいわ!」


 後ろから明るい声が聞こえる。振り返ると、ソフィーがご機嫌な様子で立っていた。その隣には、微笑むオーウェンの姿もある。

 共に励んだ間柄。メアリーたちの結果に喜んでいるようだ。


 「ソフィア嬢、ありがとうございました。丁寧に教えていただいたおかげです」

 「メアリー様の言うとおりです。本当に、感謝しかありません」

 「まあ。お二人が頑張った結果ですのに。けれど、お役に立てたのなら嬉しいわ」


 女性陣は互いを褒め合い、会話に花を咲かせる。

 そんな中、オーウェンが私に声をかけてきた。


 「聖女様、おめでとうございます。収穫祭等で忙しかったでしょうに、さすがですね」

 「ありがとう、オーウェン。あなたも素晴らしい結果だわ!」


 互いに健闘を讃え合う。オーウェンも、従者の仕事をしてこの順位だ。努力しなければ出せる結果ではない。


 「それにしても……いよいよ、気を引き締めないといけないんじゃないか?」


 なあ、ルーファス? 穏やかな微笑みから一転、オーウェンの顔に悪戯な笑みが浮かぶ。

 彼の言いたいことを察したのだろう。ルーファスは盛大にため息を吐いた。


 「はあ、本当にね。仕える相手が優秀なのは誇らしいが、こうも僅差では油断できないな」

 「あら。それを言うなら、従者が優秀過ぎるのではなくて? 今のところ、主としての威厳がないわ。忖度してくれてもよくてよ?」

 「ご冗談を! そんなことしたら、君は烈火の如く怒るだろう?」


 手抜きを許すほど、お優しい主じゃないだろう! 大袈裟に声を上げるルーファスに、私とオーウェンは堪えきれず笑い出す。


 何ともまあ、気安い関係になれたものだ。初めて会ったときが遠い昔のように思える。

 月日の数だけ、互いを理解できるようになった。こうして軽口を叩き合えるくらいには。

 

 「そもそも、君はもう少し淑やかにしたらどうだい? 魔術訓練に明け暮れてばかりじゃなくてね」

 「お生憎様! 頼りになる従者がいるから問題ないわ。無茶だと思えば止めてくれる、優秀な従者がね」

 「……これだから君は。全く、手のかかる聖女様だ」


 俺の仕事は無くなりそうにないな。そう言って肩を竦めるルーファスに、私とオーウェンが笑い合う。皮肉の応酬も、今では日常茶飯事だ。


 「あら? これは、予想外ね」


 不意に、怪訝そうな声が聞こえた。

 声の主はソフィーだ。彼女の表情は固く、静かに成績表を見つめている。


 「ソフィー様、どうかなさいましたか?」

 「……シャーリー。この成績表、何か違和感を覚えないかしら?」


 彼女の言葉に、私は成績表に目を戻す。今一度、上から下まで視線を滑らせた。

 改めて言われると、どこか違和感がある。数が足りないというわけではない。何かが可笑しいのだ。


 首を傾げながら、一つ一つ名前を確認する。そこで、ある人の記載がないことに気づいた。


 「……ブリジット嬢?」

 「そう。たしか彼女は、前回12位だったでしょう? にもかかわらず、今回は名前が無いみたい」


 相当勉強していたはずだけれど。そう呟くソフィーに、口を開こうとしたのだが。


 「リジー!」


 突然、後方からジェームズ殿下の声が響く。慌てて振り返ると、青褪めた顔でしゃがみ込むブリジット嬢の姿があった。


 成績優秀者の中に、自身の名前がなかったからか。瞳はゆらゆらと揺れ、焦点が定まっていない。青褪めた表情も相まって、今にも倒れてしまいそうだ。


 「……嵐が来そうね」


 ソフィーの言葉が、廊下に落ちる。突然の異変に、辺りは静まり返っていた。







 「さて、先ほどのことだけれど」


 ここはとある研究室。以前ソフィーたちと訪れた、埃っぽい部屋だ。鍵はトラヴィス先生にお借りした。

 人通りの少ない区画だからか、辺りは恐ろしいほどに静まり返っている。


 室内には、私とルーファス、ソフィーとオーウェンが集まり、顔を突き合わせていた。


 厄介な話になるため、メアリーたちは席を外している。高位貴族のややこしい話に、彼女たちを巻き込むわけにはいかない。関わらずにいられるのなら、その方がいいだろう。


 「ブリジット嬢が成績優秀者にいない。それ自体は、然程不思議でもないのだが」

 「あら、そうかしら? 賢い人とは言えないけれど、勉学はそれなりにできたはずよ?」


 ルーファスの言葉に、ソフィーが首を傾げる。

 彼女曰く、ブリジット嬢は今回の試験に向けて相当勉強していたらしい。ゆえに、この結果は想定外だったようだ。


 「今まで以上に、彼女は勉学に励んでいたわ。それは同じ寮生である私が保証します」


 ソフィーがそう断言する。同じ寮ゆえ、日頃の姿はよく分かるだろう。

 授業だって寮ごとに行われる。彼女が言うのなら、相当努力していたはずだ。


 「ソフィア嬢。一点、お忘れのことがあるかと」


 断言するソフィーに、ルーファスが待ったをかける。彼女は首を傾げているが、オーウェンは察したらしい。ルーファスの言葉を聞き、頷いていた。


 「忘れていること?」

 「そうです。今回の試験内容を思い出していただきたい。前回と大きく変わった部分があったでしょう?」

 「変わった……ああ、実技試験の難易度ね」


 そう呟くと、ソフィーは軽く息を吐いた。どうやら、おおよその予想がついたらしい。


 「勉強だけでなく、実技は訓練が必要。それが足を引っ張ったと言いたいのね?」

 「そのとおりです。加えて、彼女には問題がある」


 ルーファスはそう告げると、オーウェンへ視線を向ける。オーウェンは頷くと、その話を引き継いだ。


 「ルーファスの言うとおり、コードウェル嬢には問題があります。

 まず、感情の制御が苦手だということ。制限時間のある試験は、彼女にとって不向きでしょう。

 もう一つは、魔術の腕です。オリエンテーションを思い出してください」


 その言葉に、オリエンテーションの記憶を辿る。ブリジット嬢を見かけたのは、イグニールと対峙したときだ。


 あのとき、ブリジット嬢の魔術は全く効いていなかった。イアンやルーファスたちと比べ、魔術の腕が劣るのは事実だろう。


 「元より、彼女が強いのは筆記試験でした。前回は入学直後ゆえ、実技試験はさほど難しくなかった。

 けれど、今回は違う。実技試験の難易度が上がり、制限時間もあった。彼女の成績が低迷したのは自然な流れでしょう」


 ここが魔術学園である以上、実技を疎かにしたのは彼女の失態です。断言するオーウェンに、ソフィーは深いため息を吐いた。思い当たる点があるようだ。


 「あなたたちの言うとおりね。彼女は、あまり実技の練習に力を入れていないもの。

 加えて、今回のような試験は相性が悪かった。そういうことね」


 イグニールと対峙した際、ブリジット嬢はブリザードを唱えていた。吹雪を出すほどの魔力があったにもかかわらず、威力は決して強くなかった。


 言ってしまえば、見た目だけが立派だったのだ。熟練度の無さが災いしたのか。思うほどダメージを与えられていなかった。

 術式を活かせるほどの腕が無かったのだろう。


 また、今回の試験内容も問題だった。メンタル面は置いておくとしても、課題と相性が悪い。

 ブリザードのような、一定範囲を巻き込む術は評価されないのだ。的確に的のみを破壊しなければならない。実技訓練を疎かにしているようでは、高評価は望めないだろう。


 「コードウェル嬢が実技を苦手とする以上、成績が落ちるのは否めません。否めませんが……」

 「あの反応は異常だ。そういうことよね? オーウェン」


 オーウェンの言葉を引き継ぎ、私が口を開く。それに、彼は首肯した。


 「はい。成績が落ちることは衝撃でしょうが、あそこまでの反応を示すでしょうか。第一王子の婚約者という手まえ、一定の優秀さは必要でしょうが……」

 「いくらなんでも、過剰反応と言わざるを得ないわね」


 優秀さが必要なのは事実だが、あそこまで憔悴する話ではない。学年末試験で取り返せば済むことだ。


 それならば、なぜあれほどに憔悴していたのか。

 何かしら、追い込まれる理由があったと見るのが自然だ。


 「一つ、考えられることがある」


 ルーファスがはっきりとした声で切り出した。

 どうやら、自信のある仮説らしい。視線で続きを促すと、彼は静かに語りだした。


 「前回の新聞記事、あれを覚えているだろう?」

 「ええ。忘れたくても忘れられないわ」


 相当迷惑をかけられたのだ、忘れようがない。訂正記事が載ったからいいものを。あれが今も信じられていたらと思うと、ゾッとする。


 「犯人が、であろうというのは、皆同意しているはずだ。そうだね?」


 その言葉に、全員で頷く。

 ある方とは、王妃のことだ。確実な証拠がないため、言葉を濁さざるを得ないが。


 あの記事が出て喜ぶのは、王妃しかいなかった。

 また、学園の内情を把握し、都合のいい場所へリークする。それら全てを行えるのは、彼女くらいのものだろう。動機も、それを可能とする駒も、彼女なら用意できる。


 「しかし、あの方の企みは潰れてしまった。他ならぬ、聖女自身の手で。

 そうなった彼女が、大人しく諦めると思うかい?」

 「いえ、それはないでしょうね」


 王妃はかつて、ルーク殿下の母親を殺害した。そして今なお、ルーク殿下の命を狙っている。

 それほど熾烈な方が、あっさり諦めるとは思えない。


 また、王妃には他の疑いもある。何一つ確たる証拠が無いことが、悩みの種だが。


 「民を煽動することで、コードウェル公爵家へ圧力をかけられなくなった。

 では、どうするか。簡単なことさ。コードウェル嬢本人に圧力をかければいい」


 公爵を相手にするより、余程簡単だろう? そう告げるルーファスに、私は小さく息を吐く。


 たしかに、公爵を相手取るより遥かに楽な方法だ。ブリジット嬢は社交が得意でない。王妃にしてみればやりやすい相手だろう。


 「実際にどんな話しがされたのかは分からない。だが、何らかの圧力をかけた可能性はあるだろう。それならば、彼女があれほど憔悴したのも納得がいく」


 彼の言うとおりだ。その可能性は極めて高い。

 内容こそ不明だが、大方、成績を上げろとでも圧力をかけたのではないか。

 王妃からすれば、婚約を破談にできればそれでいいのだ。使える手は何でも使うだろう。

 

 「ルーファス、オーウェン」

 「何かな?」

 「いかがされましたか?」


 私の呼びかけに、二人は即座に返事をする。彼らにとっては迷惑極まりない話になるが、そうも言っていられない。

 少し、急いだほうが良さそうだ。


 「冬期休暇の予定を変更するわ。申し訳ないけれど、付き合ってもらいたいの」

 「変更? かまわないが、どうするつもりだい?」


 首を傾げるルーファスに、私はぎゅっと拳を握る。


 ブリジット嬢が追い込まれている以上、こちらに猶予はない。彼女が圧力に屈し、婚約解消を受け入れれば、私へ縁談を持ってくるのは目に見えている。


 それに加えて、ブリジット嬢が婚約破棄へ繋がる失態を犯す可能性もある。感情の制御ができない人だ。いつ問題を起こすとも限らない。


 「アクランド領への帰省を取りやめます。休暇中は教会へ身を寄せるわ。調べたいことがあるの」


 ルーファスが目を細める。オーウェンは、何も言わずこちらを見ていた。反論がないあたり、否定するつもりはないようだ。


 「それから、ベント子爵領へ視察の日程を組んでちょうだい」

 「視察か。いいだろう、調整しよう」

 「では、王城との調整は自分が。ベント子爵領の一件は、未だ調査中です。連携が取れた方がいいでしょう」


 私の提案に、二人はすぐに役割を決めた。

 この事件は、陛下やシア、コードウェル公爵も動く程の案件だ。

 最後に会ったのは残暑の残る季節。調査が進展した可能性もあるし、情報交換ができるならそれに越したことはない。


 小さく息を吐き、拳を握る。

 おそらく、この冬期休暇が鍵となるだろう。ここである程度調べきれなければ、取り返しがつかなくなるかもしれない。


 何としても、糸口を見つけなければ。これ以上、傷つく者を見るのはたくさんだ。


 ベント子爵領の惨劇と、凍ったイグニールの遺体。


 胸を掻きむしるような光景は、今なお目に焼き付いている。

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