第90話 暗色に覆われる


 「授業の邪魔をし、申し訳ない」

 「いえ、お忙しい身である閣下が時間を作ってくださったのですもの。お気になさらず」


 ここは王都の一角にあるレストラン。以前、コードウェル公爵やソフィーたちとディナーをした場所だ。


 連休明けの今日、私は授業を休みここへ訪れていた。昨日の手紙でお誘いがあったためだ。

 本来であれば学業を優先すべきだが、あれほどの事件が起きたのだ。そうも言っていられない。


 トラヴィス先生と友人たちには、昨夜のうちに説明済みだ。ヘレンが板書もとってくれるというので、ありがたくお願いした。後で写させてもらうつもりだったが、彼女なりのお礼らしい。ベント子爵領での一件で、ずっと礼をしたかったそうだ。


 「それにしても、君は厄介事に愛されているな? 聖女殿」


 くつくつと笑いながら告げる声に、内心でため息を吐く。本来いるはずのない方が、楽しげに笑っているためだ。


 視線の先にいるのは、我が国の王。何が悲しくて、こんな街中で陛下と対面しているのだろうか。


 「父上、シャーリーを困らせるのはおやめください。

 おられなくても問題ありませんし、お戻りいただいて結構ですが」

 「レティシア、そこまでハッキリ言うか……?」


 口元を引き攣らせる陛下に、シアは冷めた視線を送る。

 目の前で親子喧嘩はやめてくれ。王族の親子喧嘩とか恐ろしすぎる。

 というよりも、なぜ彼らがいるのかと聞きたい。


 現在、室内には6人が集まっている。私とコードウェル公爵、シアに陛下、ルーファスとデイジーだ。

 席はルーファスと私が隣、向かい側に陛下、公爵、シアの順で座っている。デイジーはいつも通り壁際に控えたままだ。


 最初はルーファスもデイジーの側で控えていたのだが、陛下に丸め込まれ席についた。「最近の事件に関わっていたのだろう? 証言せよ」と、いかにもそれらしい理由をでっちあげ、自身の前に座らせたのである。


 ちなみに、公爵が二人の間に挟まっているのは緩衝材代わりのようだ。いつもは貴族然とした姿だが、今日の公爵は苦労人に見える。


 「陛下、そして殿下。お話しさせていただいても?」


 疲労の滲む顔で問う公爵に、二人は軽く首肯する。

 軽い。軽すぎる。彼らに話を遮った自覚はないようだ。生真面目な公爵には、相当疲れる相手だろう。


 ごほん、と咳払いをし、公爵が口を開く。まず切り出されたのは、謝罪だった。


 「アクランド嬢。此度の茶会で起きた件につき、謝罪する」

 「あら、どの件についてでしょうか?」


 私はにっこりと笑みを浮かべ、小首を傾げる。公爵がどこまで知っているのか、私は知らない。

 あの茶会に関しては、三点ほど問題があった。彼はどこまで知り、何に謝罪するのか。


 「順に話をしよう。

 一つ目は、ケーキに異物が混入していた件だ。犯人は未だ不明だが、当家が用意したケーキであることには変わりない。まずは保管が不十分だった件につき、謝罪する」

 「お受けしましょう。犯人についてはともかく、保管についてならば道理ですね」


 私は静かに頷く。ケーキの用意から保管まで、公爵家の人間が関わっていたのは間違いない。細工された時点で、公爵家に非があるのは事実だ。


 「ほう、随分簡単に謝罪を受け入れたな? ナイフの刃が入っていたと聞いているが。

 それも、よりにもよってコードウェル公爵家のケーキに、だ」


 もっと怒ると思ったが。陛下は意外そうな表情でそう呟く。

 ブリジット嬢が私を疎んでいるのは、既にご存知らしい。それゆえ、すんなり謝罪を受け入れるとは思わなかったようだ。


 「保管についての謝罪がありましたので、十分かと。そもそも、あれはブリジット嬢がしたことではないでしょう」

 「ほう?」


 理由は? 陛下は楽しげに口角を上げて問いかける。私の答えなど想像がつくだろうに。相変わらず、食えないお人だ。


 「彼女が犯人なら、真っ先に自分が疑われるような細工はしないでしょう。陛下のおっしゃるとおり、あのケーキはコードウェル公爵家で作られたものです。彼女が怪しまれるのは目に見えている」

 「なるほど、一理ある」


 ナイフも仕込むには大きい物だったそうだな? そう問いかける陛下に、私は頷いた。


 「刃渡り5センチほどでしょうか。ナイフとしては小さい部類ですが、仕込むには大きいですね。

 最初から、私に食べさせるつもりはなかったのでしょう。一口サイズではありませんし、フォークを入れれば違和感に気づきます」


 食べさせるつもりなら、小さな破片でも入れたほうがいい。食べさせるのではなく、別の目的があったと見るべきだ。


 私は公爵へ視線を送り、続きを促す。彼は一度頷くと、再び口を開いた。


 「二つ目は、娘が君に無礼な発言をした件だ。君を揶揄するだけでなく、ベント子爵領の事件を利用した醜悪さは、断じて許されることではない。深く謝罪する」

 「……公爵家としての謝罪は、受け入れましょう。彼女個人を許すかは別ですが」

 「かまわない。それだけのことを言ったのだから」


 公爵は躊躇うことなくそう告げる。

 彼は自他共に厳しい方だ。当然、己の娘にも。非がある以上、必要以上の庇い立てはしないらしい。


 「私への揶揄ならば、不快ではありますが放っておけたでしょう。

 しかし、彼女の発言はあまりにも目に余る」

 「返す言葉もないな」


 ため息を吐く私に、公爵は苦く呟いた。私以上に、彼の方が頭を抱えているに違いない。

 そう考えていると、不意に思いがけぬ言葉が耳を打った。


 「おそらく、この件は娘が直接謝罪するだろう」

 「直接?」


 驚きに目を丸める。ブリジット嬢が謝罪するとは思わなかったからだ。

 彼女にはソフィーへ無礼を働いた前科がある。謝罪一つしていなかったのは記憶に新しい。

 そんな彼女が、素直に謝罪するとは思えないが。


 「ジェームズ殿下が娘を諭していた。二人で謝りに行こうと」

 「二人で?」


 ぱちりと目を瞬く。彼女に謝れというのは分かるが、何故殿下が謝りに来るのか。


 「殿下は責任を感じているらしい。茶会の席で、娘に非礼を詫びさせなかった点についてだ。

 とはいえ、殿下は娘に悪意があったとは考えていない。誤解が生じた結果だと考えているようだ」

 「誤解、ですか?」


 殿下の対応に問題があったのは事実だ。謝るというのならそれは受け入れよう。

 しかし、誤解とは一体何だ。


 「殿下は、娘に悪意がなかったと信じきっているのだ。

 言い方が悪かったため、揶揄するような発言となった。その結果、君に誤解を与えたと考えている」

  「なんともまあ……」


 あんまりな発言に、私は唖然と声を漏らす。彼にとって、ブリジット嬢はそれほど心の美しい女性に見えるのか。あの現場を見てそう思えるのだから、よっぽどだ。


 「愛ゆえの盲目さ、ですか」

 「わからん。ただ、殿下は本気でそう思っている。君に対しては心から申し訳ないと悔いていたがね」

 「なるほど。誤解云々はともかく、殿下が謝罪したいと言い出したことは理解できます」


 殿下ならそうするでしょう。そう語る私に、陛下が「ほう?」と声を上げる。私の発言が意外だったようだ。


 「君は案外、ジェームズを評価しているのか?」

 「人間性という意味でなら、そうですね。

 他者の努力を素直に認め、自身の不足を恥じる。それができる人間性をお持ちであることは、承知しております」


 思い出すのは、夏休み前のある日のことだ。

 成績表が貼り出されたとき、彼は私の努力を認めてくれた。

 その一方で、自身の成績を恥じたのだ。三位という高成績にもかかわらず、もっと努力しなければと自らを戒めていた。


 相手を素直に賞賛する。自身の結果に不足があれば、言い訳せず反省する。それは人として正しい在り方だ。

 しかし、正しいからといって、誰にでもできることではない。その真っ直ぐさは彼の美徳だろう。


 「だからこそ、ジェームズ殿下が自らの判断を悔い、謝罪すると言ったことは想像がつきます。

 しかし、誤解だと信じきっていることは、理解に苦しみますね。

 それほどまでにブリジット嬢を愛しておられるのかもしれませんが……」

 「しれないが、何だ?」


 途切れた言葉を陛下が促す。私は軽く息を吐き、言葉を紡いだ。


 「恐ろしいな、と。愛は時に人を狂わせると言いますが、ここまでとは」


 基本的に、ジェームズ殿下は善人だ。王族としては些か不足があるが、決して悪人ではない。真っ直ぐ過ぎるくらいだ。

 そんな彼の目すら曇らせるというのなら、愛とはなんと恐ろしいものか。


 「欠点すらも含めて愛するなら分かります。

 ですが、殿下は相手の欠点を認識できていない。

 人間など不完全な生き物でしょう。

 ゆえに、完璧な相手を愛するというのは、本来起こり得ないことです。その相手が、神でもない限りは」


 だからこそ、恐ろしい。盲目的なまでの彼の愛は、どこに行き着くのか。


 「正常な認識すら狂わせる愛は、幸せをもたらすのでしょうか」


 ブリジット嬢に欠点があると気づいたとき、彼の愛はどこへ行くのだろう。


 同じことはブリジット嬢にも言える。

 彼女はゲームの攻略対象だったジェームズ殿下を愛しているのだ。もちろん、年月を経て、目の前の殿下を愛するようになった可能性もあるけれど。


 もし、ゲームを引きずっているのなら。いつか現実に直面するだろう。プログラミングされた理想の男性ではなく、生身の人間だと気づくとき。彼女はその愛を貫けるのだろうか。


 どうにも危うい愛に溺れる二人に、どこか薄ら寒さを覚えた。

 

 「さて、三点目についてだ。君に送られた招待状について謝罪したい」


 公爵の声に、思考を切り替える。

 これで三つの問題点が出揃った。短い時間の中、ここまで把握しているのはさすがという他ない。


 「あの招待状は、娘の侍女によって作成された。君の招待状に余計な一文を足したことは認めている」

 「誰の指示かは語りましたか?」

 「無論だ。娘の指示によるものだと証言した。命じられ、断れなかったと」


 やはり、他人にやらせていたのか。そんな言葉が胸に浮かんだ。

 招待状の可笑しさに気づいたとき、糾弾しようとしたソフィーを止めて良かった。侍女に罪を擦りつけるのは目に見えている。

 そうなれば、非難を浴びるのは切り捨てられた侍女だけだ。


 「そうですか。ならば、糾弾しなかったのは正解でしたね」

 「冷静な判断に感謝する。

 しかし、侍女が君へ迷惑をかけたのは事実だ。君が望むように処断するつもりだが、何か希望はあるか」


 そう告げる公爵に、私は思考を巡らせる。これといって望みはないが、処罰しないのもよろしくない。

 その侍女が、結果として片棒を担いでいるのは事実だ。お咎めなしとはいかない。


 公爵ならば、あっさりと切り捨てるだろう。ある程度こちらで要望しなければ、私が思うより重い処罰になりかねない。


 「では、一つだけ」


 そう言って、私はにっこりと微笑みを浮かべる。この罰に使い道があるかは分からないが、それでいいのだ。要は、こちらが処罰しましたよという形があればいい。


 「私が望んだときに、必ず自身の知ることを証言するよう伝えてくださいませ。一度きりでかまいません。

 その代わり、嘘偽りは認めないと言い含めてくださいね?」

 「良いだろう」


 そのように命じておこう。そう返す公爵に、私は微笑んで頷いた。


 まあ、罰を実行する機会など早々ないだろうが、それでいい。こういう罰は、実行されなくとも心理的な負担があるものだ。


 私の気分次第で、自分の罪を白日の下に晒される可能性がある。それも、自身の口でだ。罰が実行されるまで、その恐怖を抱え続けることになるだろう。怯えて過ごす時間だけで、十分な罰になるはずだ。


 「ちなみに、この件を殿下はご存知なのでしょうか?」


 まあ知らないだろうな。そう思いながら口にする。

 もし招待状の件を知っていたら、ブリジット嬢が私へ悪意を抱いていると分かるはずだ。先程のように誤解などといった発言が出るはずもない。


 「知らないだろうな。問題は二点しかないと思っていたようだ」

 「やはりそうですか」


 それならば納得だ。彼女の嫌がらせを知らないからこそ、未だに彼女を信じているのだろう。全てを知った上で、妄信する可能性も無きにしも非ずだが。


 そう考えていると、おもむろに公爵が口を開いた。


 「さて、私の謝罪についてはここまでだ。ここからは、別件の話をさせてもらいたい」

 「別件ですか」


 私は公爵の両隣へ視線を向ける。陛下もシアも、この場にいるはずがない方々だ。陛下は言わずもがな、シアは本来なら授業中である。

 にもかかわらずここへ来ているのは、それなりの理由があるらしい。


 公爵が口を開くより早く、陛下が話を切り出した。


 「先日のベント子爵領で起きた事件についてだ。現在、総力を挙げて調査をしている。

 しかし、解決にはまだ遠い。君にも協力を願いたく、ここに顔を出したというわけだ」

 「そうでしたか。私にできることであれば、喜んで」


 あのような悲劇を起こさないためなら、出来る範囲は協力しよう。そんな気持ちで返事をすると、陛下は穏やかに微笑んだ。


 それも束の間、すぐに表情を切り替え、今では悪戯な笑みを浮かべている。突然の変化に、私は目を丸めた。


 「いつも無関心なレティシアが、珍しく自ら動いていたからな! 娘の成長を見に来たのもある!」

 「早くお帰りなさいませ」


 快活な笑い声を上げる陛下を、シアは即座に切り捨てた。この親子、温度差が酷い。

 戸惑っている私に気づいたのか、陛下は手をひらひらと振った。


 「これくらい大した問題ではない、気にするな。元々は会話一つない状態だったからな!」

 「は、はあ……」


 何とも反応に困る発言に、私は困ったように公爵へ視線を移す。

 すると、彼はさっと私から視線を逸らした。その手が鳩尾あたりを抑えているのが見え、生暖かい目をしてしまう。日頃から苦労しているようだし、今私を見捨てたことは7割くらい許そう。


 「話を戻すわよ。私が話したいのは、ルーファスから依頼されていた件のこと。進捗を伝えておこうと思ってね」

 「迅速な対応、深く感謝いたします。して、結果はいかがでしたか?」


 ここまで口を閉ざしていたルーファスが、シアへ声をかける。

 彼女の顔を見る限り、あまり良い結果ではないらしい。表情に陰りがある。


 「ベント子爵領から転出した民は、誰一人見つかっていないわ」


 その言葉に、室内に重い空気が流れる。ルーファスは既に予想していたのか、「そうですか」と短く返事をした。然程驚いている様子はない。

 それも無理はないだろう。状況的に、見つからない方が自然なのだから。


 「ルーファスはともかく、シャーリーも予想していたの? 驚いている様子が無いけれど」

 「はい。そうでもなければ、ベント子爵領が長年苦しむことはなかったでしょうから」


 ベント子爵領は、長年の間、誰にも知られず苦しんでいた。その要因はいくつか挙げられる。


 一つは、被害が極めて限定的だったこと。ベント子爵領内でも、あの街にしか魔獣の襲撃がなかった。その結果、周囲から被害が分かりづらくなっていたのだ。


 次に、国への請願が握り潰されていたこと。これは実に効果が大きかった。

 例え周囲から分かりづらい状況でも、国が討伐部隊を派遣すればすぐに知れ渡る。請願が握り潰されなければ、もっと早く被害が認知されただろう。


 そしてもう一つ、外部に知られなかった原因がある。今まさに話題にしている内容だ。


 「転出した民が真っ当に生きているなら、噂話が広まったでしょう」


 本来ならば、他領へ逃げた民から話が漏れても可笑しくなかった。

 にもかかわらず、噂話一つなかった。民が自主的に口を噤む可能性は否めないが、転出したのは一人二人ではない。ここまで知られないのは不自然だ。

 語りたくても語れない、そんな事情があると考えるのが自然だろう。


 「たしかに、あなたの言うとおりだわ。仮に彼らが生きていたとしても、真っ当な生は送れていないでしょうね。


 近隣の領に聞き込みをさせたけれど、ベント子爵領から逃げた民は見つからなかった。教会に逃げ込んだ痕跡もない。

 今は範囲を広げ、国内全土に調査を命じているけれど、見つからない可能性が高いわ。

 ……その身を隠されているのか、既に事切れているのかは分からないけれど」


 そう語るシアは、苦しそうに顔を歪めている。

 無理もない。魔獣から逃れたいと救いを求めた民が、無情にも傷つけられているかもしれないのだ。既にその命を終えている可能性すらある。


 「さて、余からも話をするとしよう」


 シアの話を引き継いだのは陛下だ。ティーカップをソーサーに戻すと、真剣な表情でこちらを見据える。


 「まずは朗報だ。ベント子爵は現在、快方に向かっている。治療の中断による悪化は然程見られなかったようだ。未だ起き上がることは困難だが、命を落とすことはないだろう。

 領民のため我が身を犠牲にした子爵へ、女神が奇跡を与えたのかもしれないな」

 「それは良かった。病床にありながら、懸命に民のために動かれた方です。女神様のご加護があったのでしょう」


 陛下の言葉に、私はほっと胸を撫でおろす。ヘレンから悪い話は聞いておらず、急変はなさそうだと予想していたが。こうして直接耳にすると安心できる。


 安堵の息を吐いた矢先に、陛下から驚くべき発言が飛び出した。


 「次に、残念な知らせだ。昨日、王都内のとある宿で、一人の男が死亡しているのを発見した。

 男の身体に外傷はなく、現場が荒らされている様子もなかったらしい」

 「男性の身元は判明しているのですか?」


 尋ねる私に、陛下は口角を上げる。「まあそう焦るな」と言って、話を続けた。


 「男は20代で、特段の持病もない。遺族も体調を崩していた素振りはなかったと証言している。病死の線は考え難い。

 では、なぜ死亡したのか。その答えは、室内のテーブルに残されていた」


 陛下曰く、テーブルには黒ずんだ銀製の盃が残されていたという。その他に不審な箇所はなく、遺体に傷もない。


 十中八九、その盃が原因だろう。黒ずんでいたということから、中には毒が含まれていたのではないか。かつての世界でも、ヒ素により変色することが知られている。

 男性は毒により死亡したと見るのが自然だ。


 「なお、現場に遺書等は残されていなかった。

 よって、本件が自殺か他殺かの判断もつかず、何が原因で男が死ぬことになったのかという背景も不明だ」


 その言葉に、私は小さく息を吐いた。

 何とも厄介な話だ。せめて遺書があったなら、最低限のヒントは拾えただろうに。自殺か他殺かすら分からないというのでは、捜査は難航するだろう。


 死人に口なしとはよく言ったものだ。これでは手掛かりが少な過ぎる。


 そう考えながら陛下を見ると、彼はゆっくりと目を細めた。口角は緩く弧を描き、冷たい笑みが浮かんでいる。


 「男の職業は文官。ベント子爵領の件で取り調べを受けた中の一人だ」


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