第50話 羽休めができる場所
「おはようございます、シャーロット様!」
「おはようございます、皆さん。気持ちのいい朝ですね」
暖かな春の日差しが差し込む玄関ホール。スピネル寮の玄関口には、多くの寮生が集まっていた。
何事かと思うかもしれないが、特段大きなイベントがあるわけでもない。いつの間にやら、寮生たちがここで私の到着を待つようになったのだ。
中には上級生も混じっていることがあり、とても心苦しい。「私を待たずに自由にお過ごしになってください」と伝えたのだけれど、笑顔で躱される毎日だ。
きっかけは、
あの日、周囲には沢山のスピネル寮生がいた。もっと言えば、タンザナイト寮の生徒たちも何事かと見ていた。それゆえ、二人の発言は生徒たちの知るところとなり、スピネル寮生たちは烈火のごとく怒りを溜めているのだ。
あの件は、あちらが無遠慮に私に絡んできたために起きたこと。それもあり、スピネル寮生たちは私の壁になろうとしているようだ。また絡まれることのないように、という判断らしい。
私には従者もいるため問題ないと伝えたのだが、意味はなかった。相手は高位貴族、それも一人は王族だ。権力を笠に着られたら敵わない、と彼らは酷く警戒している。
その言葉も一理あるため、私は何を言うこともできず、受け入れるしかなかった。
「お、おはようございます、シャーロット様!」
「おはようございます、ヘレン様」
がばり、と音がなるほどの勢いで頭を下げる少女。彼女はヘレン・ルメイ・ベント子爵令嬢だ。同じ家格の者同士、そこまで丁寧にしなくていいと伝えているが、中々直らない。これは彼女の性格が影響しているのだろう。彼女はとても緊張屋さんで、人付き合いが苦手なようだ。
「今日も一日よろしくお願いしますね」
「は、はいっ! こちらこそ、よ、よろしくお願いします!」
顔を上げてこちらを見る瞳は、きらきらと輝いている。丸い眼鏡に覆われていても分かる輝きに、心の中で苦笑した。彼女がここまで好意的な理由、それを知っているからだ。
彼女の将来の夢、それは魔道具の開発だ。研究肌なのか、魔術だけでなく、魔道具についても自力で学んでいたらしい。家庭教師を雇っていない中、本の知識だけを頼りにしていたとか。それほどの熱意があるとは、素晴らしいの一言だ。
そんな彼女にとって、私は時属性という珍しい属性持ちの魔術師。気になって仕方がないようだ。
お洒落より研究が好きと公言するほどに、彼女は研究熱心だ。
髪は襟足辺りで二つ結び。前髪は研究の邪魔にならないよう、髪留めでぴっちりと留められている。分厚い眼鏡も相まって、勉学一筋といった見た目だ。
可愛らしい顔立ちなだけに、少し残念にも思う。本人が望まない以上、無理強いはしないが。
和気あいあいと会話をしながら、朝食が待つ大広間へ向かう。夕食同様、各寮でテーブルが分かれており、自分の寮のテーブルにつく形だ。
私たちスピネル寮の机はがらんと空いていた。それもそのはず、私を待っている生徒が多いために、先に来ている者が少ないのだ。
当初は悪目立ちすると慌てたものだが、今は落ち着いた。ソフィーやシアお姉様から、タンザナイト寮生の反応を聞いたからだ。
第一王子たちに絡まれた件、その顛末はタンザナイト寮生も知っている。その行き過ぎた発言に、頭を抱えた生徒も多かったとか。突然高位の者に絡まれ侮辱されれば、怖くもなるだろうと理解を示してくれたらしい。
もちろん、中には馬鹿にする者もいるが少数派だ。多くのタンザナイト寮生からは、同情をいただいている。疎まれずに済むのは有り難いが、入学早々同情の的になるとは。何とも言えないスタートを切ったものだと、肩を落とした。
「お、相変わらずうちの寮生は仲が良いみたいだな。感心、感心」
笑みを浮かべて声をかけてきたのは、トラヴィスだ。我が寮の寮監にして、私たち一年の担当教師でもある。
その手には何やら紙束を抱えており、それがやけに目についた。
「おはようございます、トラヴィス先生。その紙束はなんでしょう?」
「お、さすがアクランド。気づくのが早いな。
よしお前ら、今から配るから食べながら目を通しておけよー」
ぽいぽいと生徒たちに紙を配る。食事中のため、皆慌てて手を伸ばしていた。万が一ソースがついたら大変だ。
何もこのタイミングでなくてもと言いたくなるが、言っても無駄だろう。この男は聞く耳をもたない。暖簾に腕押し、といったところか。どこまでもマイペースな人なのだ。
初めて会ったのは、シアの護衛をしているときだった。そのときは、職務に忠実な人という印象を受けたのだが。教師としての姿を見ると、そのイメージがガラガラと崩れていく。
「……オリエンテーション?」
配られた紙に目を落とす。そこには、オリエンテーションの開催について記載があった。
「毎年一年生を対象に行うものだ。学園に慣れてもらうための行事だな。
チームを作って、様々な問題にクリアしてもらう。あくまでも、基礎魔術でできる範囲だ、安心しろよー」
そのトラヴィスの言葉に、クラスメイトたちはほっとしたように息を吐く。
それも当然だ。タンザナイト寮生と異なり、学園に入ってから魔術に触れる者がほとんど。いきなり実力を試されても困るだろう。
「あと、誰とチームを組んでもいいことになっている。タンザナイト寮生でもいいからな。当日自由に組んでくれて構わない」
その言葉に、テーブルが一瞬で静まり返った。今のところ、スピネル寮生はタンザナイト寮への警戒心が強い。全ての生徒が悪いわけではないのは知っている。
けれど、第一王子たちの発言はそれほど尾を引いているのだ。
トラヴィスは苦笑して頭をかくと、「まぁ適当に頑張れ」と言って、教員席へ戻っていった。この空気を気にもせず立ち去っていく。相変わらずマイペースな人だ、と呆れてしまった。
「オリエンテーションねぇ……それで? 君はどうするんだい?」
隣に座るルーファスがこちらへ視線を向ける。それに首を傾げると、「チーム分けのことだ」と返された。
「チームを組まなければいけないんだろう? 先生は当日自由に組めと言っていたが、別に早くから決めても問題はない。むしろ、その方が多いだろう。ほら」
彼が視線で促してくる。その方向を見ると、生徒たちは皆互いを誘い合っていた。
こういうものは、チームが組めないと悲しくなるのだ。一人だけあぶれたら気まずいったらない。それを避けようと、皆必死なのだろう。
「これ、五人一組なのよね? そしたらあと二人探さないとね」
「……あと二人?」
不思議そうに尋ねる彼に、私も首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうか。
「私にルーファス、オーウェンでしょ? あと二人は探さないと」
「なるほど? 君の中で俺たちは当然にチーム入りなんだな」
くすり、と微笑む彼に、私は言葉を詰まらせる。
彼の言うとおりだ。私の従者だからと当たり前に考えていたが、ここは学園。一緒である必要はないのかもしれない。
「う……、それもそうね。本来、ここは学園。他者との交流も必要だし、二人だって組みたい相手はいるわよね」
すっかり頭から抜けていた、と肩を落とす。今しかできない交流があるのだから、ここは自由に選ばせてあげるべきだった。中身成人済みのくせに、なぜ気が利かないのか。
うぅ、と唸りながら反省していると、隣から噴き出すような笑い声が聞こえてきた。
「……ルーファス?」
「す、すまない。まさか君がっ、そんなにへこむとは思っていなくて」
所々詰まらせながら言うルーファスに、にっこりと笑みを浮かべる。こいつ、からかったな。怒りの気持ちそのままに笑顔を向けるも、彼の笑いは収まりそうもない。
「はぁ……お前は何をやっているんだ」
そんな彼に向かい、呆れたような声がかかる。いつの間にか、私たちの正面に呆れた表情の男がいた。
「オーウェン!」
「おはようございます、聖女様。そして、ルーファスが申し訳ございません」
ぺこり、と頭を下げるオーウェンに、慌ててやめるように告げる。そもそも謝るべきはルーファスであって、彼ではないのだ。
「オリエンテーションの件でお話があったのですが、相変わらずルーファスの悪い癖が出ていたようで……」
「悪い癖とは失礼だな。コミュニケーションだよ、コミュニケーション」
「ほんっと、いい性格しているわね、あなた」
私の言葉に、ルーファスがにっこりと笑みを浮かべる。その顔の美しさを遺憾なく発揮する姿に、何だか脱力してしまう。
オーウェンは小さくため息を吐いていた。おそらく、一番苦労しているのは彼だ。気苦労をかけて済まない、と心の中で謝罪する。
「オリエンテーションですが、是非ご一緒させていただければと思いまして。私は聖女様の従者ですし、極力お側にあれればと」
「ありがとう、オーウェン。けれど、それでいいの? 他のお友達と組みたいとかはない? 無理させていないかしら」
「無理だなんて! 学友とであれば、いつだって会話はできますから。同じ寮ですから接点も多いですし。
むしろ、聖女様とは授業後でなければお話もできません。せっかくの機会です、ご一緒させてください」
穏やかに微笑む表情に、無理をしているような雰囲気はない。これなら大丈夫かと、私も頷いた。
「ありがとう、オーウェン。同じチームにあなたがいるなら心強いわ」
「そうだね。オーウェンなら連携も取りやすい。俺としても有り難いくらいさ」
「あら、ルーファス。あなたさっき散々笑っていたじゃない。私と同じチームになる気があるの?」
「おや、ご機嫌斜めかな? 君を支えるのは俺の役目でもあるだろう? それを取り上げられては困るな」
頬杖をつき、こちらを流し見る彼に、盛大にため息を吐いた。本当に、この男は。
「人の顔を見てため息だなんて。俺は結構整った顔をしている自負があるのだが」
「その自信は正しいと思うわ。けれど、それとこれとは話が別よ」
顔で何でも誤魔化せると思うなよ、と睨みつける。そんな私の姿に目を丸くするも、すぐにからかうような笑みを浮かべた。
「ふふ、君のお眼鏡に適ったようでなによりだよ」
「今そんな話してなかったわよね!?」
いけしゃあしゃあとのたまう彼に、私はつい声を荒げる。彼は一切気にしていないようで、にこにこと微笑むばかりだ。
そんな私たちを見て、オーウェンはそっとお腹を撫でる。苦労ばかりかけて申し訳ない。申し訳ないついでに、この男の教育を頼む。
相変わらずなやり取りに、気づけば自然と笑みがこぼれていた。学園に来て早々に問題が起こったが、いつもどおりのやり取りに気が抜けたのだろう。
「うん、君はそうして笑っていればいい。俺たちがついているのだからね」
そう言って微笑むルーファスの瞳は、とても優しい。私の気疲れに気づいていたようだ。だからこうして、気を抜かせてくれたのか。
それでも、何だか素直にお礼を言うのはためらわれた。彼がいつもからかってくるせいだろう。素直に認めたら負けるようで、何となく癪だ。
「……それなら、今後も沢山頼ってやるんだから。覚悟しなさいね」
ふいと顔を背けて言う。今は彼の顔を見づらい気がして。
けれど、見なくても分かる。彼がどんな顔をしているかくらい。
「あぁ。任せてくれ」
――きっと、驚くほどに優しい瞳で、私に笑いかけているのだ
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