第29話 好きなものへの向き合い方


 「さすがシアお姉さま! とっても似合っていますよ!」

 「そ、そうかしら……」


 褒められて照れくさいのか、少女は顔を赤くする。

 私は今、先ほど出会った少女と共に洋服屋へと足を運んでいた。


 あのまま放り出すわけにはいかず提案したデートは、無事少女から了承をもらえた。……彼女からすれば、驚きのあまりOKしてしまったという方が正しいだろうが。

 私としても言葉のチョイスを誤ったような気がするが、口にしてしまったものは仕方ない。今更なかったことにもできないので、そのままゴリ押しをさせてもらった。


 結果として、私たちは少女と街歩きをすることになった。

 その際、自分のことはシアと呼ぶように言っていたため、シアお姉さまと呼ばせてもらっている。先ほどの男たちと出くわさないとも限らないので、その方が都合がいいだろう。


 訪れた洋服屋で見ているのは、シアのワンピースだ。

 実はずっと彼女の洋服は気になっていた。上等な生地で作られたワンピースは確かに素晴らしい出来だ。

 しかし、正直彼女にはあまり似合っていない。というのも、彼女が大人びた少女だからだ。


 中身は言わずもがな、彼女は外見も大人びていた。可愛いというより美しいと言う方が似合う少女だ。だからこそ、ピンク色の愛らしいワンピースはなんだか浮いて見えた。

 もっと落ち着いた色合いの、それでいて子どもらしさもアピールできるワンピース。それを私は探しに来ていた。


 「シャーリーの言うとおり似合っていますよ、シア。こういう落ち着いた色の方が、シアのイメージには合うのかもしれません」

 

 カイルの言葉に、シアは照れた顔を俯かせる。褒められるのに慣れていないのか、どこか落ち着かない様子だ。


 シアが今着ているのは、緑色のワンピースだ。肩からウエストまでは深い緑色の生地を使用している。胸元には金色の刺繍が施されており、落ち着いた色合いに華を添えている。

 そしてウエストから下は、ふんわりとしたエメラルドグリーンのスカートが広がる。裾には黄色や白の小花が散らされていて、愛らしい造りだ。


 彼女の顔立ちから、顔周りに子供らしいデザインを持ってくるのはあまり似合わない。

 その点、このワンピースはウエストより上はシックなデザインだ。スカートに明るい色味を持ってくることで、年相応な可愛らしさもプラスしている。どうせ着るなら似合うものを、と探してみた甲斐があった。


 「シアお姉さまは可愛いより美しいタイプですから! こういうのはきっと似合うと思ったのです!」


 洋服というのは、誰がどれを着ても似合うわけではない。特にドレスなどは顕著だ。

 かつてキャバ嬢をしていたときは苦労した。私はマーメイド型のシックなロングドレスが好きなのだが、まず似合わなかった。


 顔が童顔だったことに加え、背が低かったのだ。高いヒールを履きはするのだが、どうにも違和感が残ってしまった。その上、シックな色合いは顔の幼さを浮き彫りにする始末。

 デザインに一目惚れして買ったドレスだが、泣く泣くお蔵入りするハメになったのは言うまでもない。


 そんな私好みのデザインを、いずれシアは美しく着こなすことだろう。率直に言ってうらやましい。

 私は今世でも、大人っぽいものはあまり似合わないのだ。ローズピンクの髪と顔立ちのせいだろうか。カッコいいドレスはどうにも違和感が残る。

 とはいえ、大人になれば見込みはあるはずだ。そうに違いない。そうであってくれ、頼むから。


 私の切なる願いをよそに、シアはそのワンピースを気にいったようだ。店員と話をしてすぐに購入していた。

 元々好印象な店員の態度だったが、シアが購入する際はより一層丁寧な態度だった。恐縮しているというべきか。


 私たちは出会ったばかりのため、無遠慮に踏み込むわけにはいかないと手続きのときは離れていた。

 そのため、何故店員が恐縮したのかは分からないが、名だたる名家の出身なのかもしれない。

 

 だとすると、側に護衛がいないことが一層気になるのだが。


 「では、次のお店に参りましょう!」


 カイルの張りきった声を聞きながら、次の店へと向かうことに。

 洋服屋から歩いて5分ほどのところにある、アンティーク調の雑貨屋だ。木で作られた看板には、ルピナス雑貨店と書かれている。


 チリン、とドアベルが鳴るのを聞きながら、店内に入る。中には鏡やフォトフレーム、アクセサリーなどの様々な商品が並べられていた。


 「ん? カイルじゃないか! よく来たね!」


 そう言って声をかけてきたのは、恰幅のよい女性。この店のオーナーだろうか? 女性はにこやかにカイルへ笑いかけた。


 「お、今日は可愛いお嬢さん連れだね? にしても、お前の彼女にしては若すぎないかい? しかもどう見てもいい家の子たちじゃないか。高望みはやめときなよ」

 「ちょ、おばさん! 変なこと言わないでくださいよ!」


 慌てて女性の言葉を遮るカイルに、女性は大口を開けて笑う。随分と親しい間柄のようだ。気兼ねのないやり取りは、普段から仲がいいのだろうと察せるものだった。


 「3人とも、紹介しますね。この人はスーザン。この店の店主で、僕の叔母にあたるんです」

 「ようこそ、可愛いお嬢さんたち。よく来てくれたね」


 そういうスーザンは優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。目尻に少し皺があり、笑うと深くなるのが印象的だ。見ているこちらも自然と笑顔になれるような、不思議な温かさをもった女性だった。


 「さ、せっかく来たんだ。好きに見て行ってくれ。気に入るものが一つでもあると嬉しいね」


 店内をぐるりと見まわすと、実に多くの商品が並べられている。全てを見ようと思うと、おそらく何時間かはかかるだろう。

 一先ず目についたものでも見てみようかと、店内を歩き出した。


 目を惹いたのは、キャンドルホルダーだ。枝付き燭台はアクランド子爵邸にも多くあり、テーブルの上を明るく灯している。


 しかし、この店にあったのはそれだけではなかった。小さな円柱に四つ足が付いた透明なポッド。ガラスポッドだろうか。その中に、キャンドルが一つ入れられている。

 四つ足やガラスを縁取る模様は、金色の金具でできている。その金具も少し加工されており、使い込まれたかのような色合いをしていた。


 「お嬢様、そちらが気になるのですか?」

 「えぇ。枝付き燭台もいいけれど、こういった可愛らしいのもいいかと思って」


 そう言う私に、デイジーはにこりと笑って購入手続きを進めてくれた。

 それを有難く思いながら見守っていると、シアが何かを熱心に見ていることに気づいた。


 「シアお姉さま、それが気に入りましたか?」


 シアの視線の先にあるのは、銀細工の繊細なブローチだ。蛇がモチーフとなっており、所々に緑色の石が添えられている。くるりと身体をうねらせる姿は、どこか愛嬌がある。デフォルメされた蛇であるからか、怖さは一切なかった。


 「あ、違うのよ。ちょっと珍しいと思っただけなの!」


 そう言って視線を外す姿は、どこか慌てているようだ。何故だろうと首を傾げると、シアは小さな声で呟いた。


 「こんなの、女の子らしくないもの。女の子は可愛いものを持つべきでしょう?」


 彼女の表情は暗く、言い難そうに呟いた。おそらく、本心からの言葉ではないのだろう。


 確かに、俗に言う女の子らしいデザインとは違うかもしれない。うさぎや小鳥といったモチーフが多く出回っているのも事実だ。

 けれど、そうでなければいけない、というほどのこととも思えなかった。


 「カイル兄さんを待たせてしまっているわね。シャーリー、行きましょう?」


 歩き出すシアの姿に、ゆっくりと後を追う。すれ違い様デイジーへ目配せをすると、彼女は心得たように頷いた。




 「次はここ! 屋台市場です!」


 雑貨屋を出て向かったのは、王都で一番屋台が集まるエリア。ここは雑貨屋から10分ほどの距離にあった。

 雑貨屋は小さな路地に佇んでいたこともあり、静かな雰囲気の漂うエリアだった。

 しかし、ここは中央広場に程近い場所。人の量も多く、賑わいを見せている。


 帽子を被った男の前を横切り、人ごみを縫うように市場の中心部へと向かう。

 そこには、私にとって驚きの光景が広がっていた。


 「……豚の丸焼き……?」


 どうなっているのかは定かではないが、豚が丸々焼かれている。固まり肉とかいうレベルではない。唖然と見る私に、シアが小さく首を傾げた。


 「あら、シャーリーは初めて見るの?」

 「え、えぇ。そもそも、王都に来たのも初めてです」


 あらそうなの、と何てことはないかのように言うシアに、私は乾いた笑いをこぼした。

 

 ――嘘だろう、これ、普通なのか。ちょっと衝撃が強くて私には受け止められません


 そんなことを考えていると、カイルが串を片手にこちらへ戻ってきた。

 手に持っているのは、肉と野菜が交互に差し込まれた串だ。イメージとしては、バーベキューの串だろうか。大きなお肉の間に玉ねぎなどの野菜が差し込まれている。


 「はい、どうぞ。僕のお気に入りを買ってきました!」


 差し出された串を受け取って、一口頬張る。直火で焼かれたお肉は香ばしく、とてもジューシーだ。噛むと口の中に肉汁が溢れ、満足感がある。

 玉ねぎもしっかりと焼かれているからか、甘みが出ていた。少し焦げた部分は、一層玉ねぎの甘さを引き立てている。


 「お肉も野菜も美味しいですね!」

 「そうでしょう! お肉だけもいいのですが、野菜の甘味がお肉を引き立ててくれるのです!」


 にこにこと笑みを浮かべるカイルは、あっという間に食べ終えていた。好物だから食べるのが早くなるのだろう。ぺろりと平らげた彼は、周囲を見回して言った。


 「さすがに人が多いですね。そろそろ日も暮れてきますし、夕食を求めて人が増えてくるでしょう。それを食べ終えたら、ここを離れましょうか」


 そう言うカイルに、私とデイジーは頷いた。シアも特段異存はないようだ。

 串を捨てて市場を後にする。向かう先は中央広場からすぐにある、森林公園だ。





 「さて、そろそろ夕刻ですし、お別れの時間ですね」


 青空が夕焼け色に変わる頃、私はシアに向けてそう告げた。


 もう日暮れが近いからか、公園内に人影はほとんどなかった。子どもの姿は全くなく、時折一人で過ごす大人を見かける程度だ。

 公園内で青々と生い茂る緑の葉は、夕陽を受けて茜色へと姿を変えている。


 噴水の前に立ち、シアと過ごす最後の時間を迎えた。

 彼女も分かっていたのだろう。こくりと頷くと、こちらへ一礼した。


 「今日はありがとうございました。私を案じてここまで付き添ってくださったのでしょう。助けていただいた上にここまでしてもらって、何とお礼を言うべきか……」

 「いいえ、シアお姉さま。私もとても楽しませていただきました。誘ったのは私の方ですし、付き合ってくださってありがとうございます」


 彼女へそう告げ、デイジーへと目配せをする。デイジーは無言で頷くと、私にそっと紙袋を手渡した。

 それを手に取り、シアへと向き直る。彼女は不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


 「今日一日付き合ってくださったお礼です。もしよければ受け取ってくれませんか?」

 「え? そんな、お礼までもらうわけにはいかないわ!」

 「いえ、デートにお誘いしたのですからこれくらいは。是非一度、中を見てもらえませんか?」


 シアへ手元の紙袋を手渡す。彼女は私と紙袋を交互に見比べていたが、私が何も言わないのを見て恐る恐る袋を開けた。


 「っ、これは……!」


 彼女が取り出したのは、銀細工でできた蛇のブローチ。雑貨屋で彼女が見ていた物だ。

 他の物には目もくれず、じっとこのブローチを見つめていた。そこまで気に入ったのであれば、とデイジーに購入しておいてもらったのだ。


 「はい、シアお姉さまが見ていた物です。きっと、お姉さまならお似合いになられますよ」

 「シャーリー……あなた……」


 唖然とした顔でこちらを見る彼女の瞳は、ゆらゆらと揺れていた。

 本当は、このブローチが欲しかったのだろう。けれど、“女の子らしくない”ただその一点で断念していた。


 「シアお姉さま、私は“女の子らしい”ということにどれほど価値があるのか、きっと分かっていません」


 彼女にとって、その言葉がどれほど重要なのか分からない。彼女がその判断を最優先するのであれば、この行為は迷惑に他ならないだろう。

 それでも、望んで女の子らしくあるのならばいざ知らず、我慢してまで追求すべきとは思えなかった。


 「世の中には、沢山の女性がいます。姿形や性格、全てがバラバラな存在です。

 だというのに、決まりきった“女の子らしさ”を求められるのは可笑しくありませんか?」


 可愛いものが似合う人、綺麗なものが似合う人、中性的なものが似合う人、世の中には色んな人がいる。それなのに、皆押し並べて同じ物を選ぶのはもったいないだろう。

 どうせなら好きなものを、自分を引き立てるものを選んでほしい。最初に洋服屋に行ったのも、それが狙いだった。


 「シアお姉さまには、ピンクやイエローといったふんわりしたものよりも、シックな色合いが似合います。

 そして、うさぎや小鳥よりも蛇のモチーフを選ぶ、そんなシアお姉さまが素敵だと思うのです。

 人は皆違うもの。自分が似合うものや好きなものを選ぶことは、何らおかしいことではありません。

 だって、お洒落をするってそういうことでしょう?」


 好きなものを身につける、その瞬間はやっぱり気持ちのいいものだ。どんなに好きでも似合わないものはあるが、状況が許すのならば身につけてもいいじゃないか。


 私が以前一目惚れしたドレスを諦めたのは、あくまでも仕事のためだ。似合わないドレスを着ても、指名がとれる確率は低くなる。自分をより良く見せること、それも仕事の一部なのだ。

 だからこそ、仕事に支障の出るドレスを着ることは諦めた。


 けれど、プライベートは別だ。着たい服を選ぶことだってあったし、イメージと違うアクセサリーをつけることもあった。それは、似合うかどうかよりも好きを優先していたからだ。

 人によっては似合うものを身につけるべきと言うかもしれない。だが、自分が身につけたいと思うものは、あまり似合わないそれだったのだ。


 他の何かでは変えられない。それが好きという気持ちだと思う。


 「シアお姉さま、私はお姉さまが好きなものを身につけているところを見たいと思います。

 可愛いものが好きならば今のままでいいのです。ですが、そうでないのなら好きなものを身につけてほしい。

 きっと、好きなものを身につけたお姉さまは、今よりずっと美しい笑みを見せてくれるでしょうから」


 好きなものを身につけ、自分を表現すること。それは、自分を笑顔にしてくれることでもある。

 その笑顔は、好きなものを身につけることで引き出せるもの。他の何かでは引き出すことなどできない。


 「女性にとって一番のお化粧は笑顔だといいます。好きなものを身につけたシアお姉さまは、きっとお姉さまにとって一番美しい姿になるでしょう」

 「……シャーリー……」


 ぽつりと私の名を呼ぶ彼女に、微笑みかける。

 無責任なことは言えないけれど、これは私の本心だ。社交界などTPOを弁えねばならぬときはあるが、プライベートくらい好きにしても罰は当たらないだろう。


 「それにね、シアお姉さま。お姉さまを心配している人は、きっとお姉さまが心から笑ってくれることを願っていると思いますよ」

 「……え……?」

 「そうですよね、お兄さん」



 そう言って私は少し離れた場所に立つ男へ目を向ける。


 木々の合間に立つ帽子姿の男は、こちらを油断なく見つめていた。



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