第23話 私という人の価値
「時属性。これは女神が持つ力の一部を与えられた場合のみ顕現すると言われている。
――女神に愛された者、それは聖女として我が国で尊ばれる存在だ」
聖女。その言葉はあまりにも遠い。
「聖女……ですか……?」
前世において、私は特段の信仰を持っていなかった。
当たり前のように新年は神社でお参りをし、年末にはクリスマスを祝う。結婚していたら教会で式を挙げただろうし、死んだときは寺で埋葬されただろう。
無宗教者かと言われると、それはそれで首を傾げる。困ったときの神頼みはしょっちゅうだ。
あれは、少なくとも神様という存在を認識した上で行っているわけで。無意識的にでも神様の存在を認めていたのかもしれない。
これ以上は話が逸れるため置いておこう。
何が言いたいのかというと、私自身宗教との密接な関わりはなかったということだ。ごく一般的な日本人の感覚だったと思う。
そんな人間に、貴方は聖女です、と言われてもどう反応していいのか分からない。
私が思い浮かぶ聖女というと、やはりジャンヌダルクだろうか。フランスの危機を救った救国の聖女。
それ以外としては、とにかく敬虔な信徒かつ清らかな女性、というイメージだ。
そう、まさにここが問題である。
私は敬虔な信徒でも清らかな女性でもない。いや、清らかの意味にもよるが、少なくとも神聖な尊い少女ではないだろう。バッチリ金儲けを考えているのだし。
その私が聖女と言われても……何を言っているのやらと首を傾げたくなる。
「そう。聖女だ。数百年に一人生まれると言われている。
時属性は女性にしか宿らない能力でね。女神に愛された女性ということから、聖女と呼ぶようになったそうだ」
「女神に愛された……」
ますます何かの間違いでは? と言いたくなる話だ。
能力は確かに合っているのかもしれないが、聖女というのは正直抵抗がある。
自分がそんな人間ではないとわかっているため、なんとも受け入れがたい。腑に落ちないというのが正直な感想だ。
「そして、聖女は数百年に一人しか生まれない稀有な存在。
――ときとして、それは王家以上に貴重な存在になる」
お爺様の言葉に目を細める。なるほど、私がやたらと持ち上げられたのはここにあったのだろう。
数百年に一人しか生まれない才能の持ち主で、その後ろ盾とも呼ぶべきは我が国が祭る女神様。それほど重要な存在ならば、政治的価値も確かにあろう。
「コードウェル公爵が、何を考えて君にルーク殿下との話をしたのかは分からないが……
はっきりと言っておこう。
シャーリー、君が王家に望まれる可能性はある。それも、君が思っているより遥かに高い可能性だ」
お爺様の言葉に、眉をひそめる。聖女だから王家に欲しいということなのか。
そもそも、聖女は神に仕え結婚しないというイメージだったのだが、違うのか。
「第二王子派としては、聖女の力を持つものが王妃になるのは願ってもない話だ。
ルーク殿下は諸事情により王子として認められているが、その出自に問題があるのは事実。王家の青という神の祝福があったからこそ王子たり得ている。
そんな王子の隣に、神のいとし子である聖女が立つというのであれば、神から認められた者という印象を高めることができる」
たしかに、いくら王家の青があろうとも妾の子であることは変わらない。それがある限り、万人から認められることは難しいだろう。神の祝福を宿していたから認められたに過ぎないのだ。
そんな第二王子の婚約者が聖女なら、神から認められた二人として多少の醜聞は覆い隠せる。第二王子派がそれを狙うことは十分に考えられるだろう。
「他方、第一王子派だが。こちらはどうなるか不透明といったところだな。仮に君が聖女であると知られた場合、どう動くかが分からない。
一番の理由は、既に公爵令嬢と婚約していることが挙げられる。王家の青を持たぬ第一王子にあてがった令嬢の存在だ。
その令嬢との婚約を解消してまで君を、とは考えたくないが。正直なんとも言えない。コードウェル公爵自身、ご息女の婚約をいいものとは思っていないだろう。
王妃から婚約解消を打診されたら、解消に同意する可能性もある」
やめてくれ! というのが一番の感想だ。もうどうあがいても泥沼ではないか。そんな中に自分が入っていくなど考えたくもない。
万が一、第一王子と婚約者の仲が良かった場合、私はただの邪魔者だ。仲睦まじい二人の邪魔をするほど性格悪くはない。
そもそも、第一王子の姿すら見たことないのにそんなこと考えるはずもないのだが。
「私、別に王子様たちと結婚したくないです……」
ため息交じりに告げて、肩をおとす。そんな姿に父以外は苦笑した。
ちなみに父は安堵からか、顔を手で覆って震えていた。落ち着け父よ。
「まぁ、シャーリーならそう言うと思ったけどな! 生き生きと仕事していたのを見ると、王宮ってガラじゃないだろう」
「えぇ、そうですわね。わたくしから見ても、シャーロット嬢にはもっと広い世界が似合うと思いますわ。
王宮でも十分才覚を発揮できるでしょうけれど、窮屈な世界では辛いでしょう? 意外とお転婆さんですしね」
カラカラと笑う伯父の言葉に、穏やかにほほ笑みながらナタリア先生が続く。
そのお転婆というのは、大体貴女の授業が原因ですと言いたいところだが口を噤む。沈黙は金だ。
「まぁ、そうだね。正直、今の王家は安定しているとは言い難い。それを思えば距離を取った方が賢明だろう」
そういうお爺様は、今現在、王家とは距離を置いているそうだ。おかげで和やかな日々を送れると笑っていた。
「さて、そうなると問題は聖女そのものだ。
シャーリー、君はほぼ間違いなく、時属性の魔術師だ。つまり、聖女としてこの世に生を受けている。
今は完全に力が目覚める前だから言い訳も聞くが、いずれそれもできなくなるだろう。
君は、この先どうしたいかな?」
お爺様の言葉に、再び真剣な空気が流れる。
正直、聖女とか何するの? の世界である。そんな状況では判断も付かないだろうと口を開いた。
「お爺様、私にはそもそも聖女が何なのかよく分からないのですが……」
「あぁ、これはすまない。すっかり省いてしまっていたね」
お爺様が恥ずかしそうに頭をかく。おそらく、この世界では基本的なことなのだろう。
「聖女の役割は、基本的に戦闘時のサポートや、怪我の治癒などだ。時属性持ちということは敵や味方に有利な補助魔法をかけられる。例えば、味方のスピードを上げたりね。戦場を有利にする力を秘めているのだ。
それ以外にも、教会に入れば祈信術が使えるようになるが、そのスピードは他の神官が行使するより遥かに早くなるだろう。治癒の際に、時間をかけずに治せるというのはとても重宝されるはずだ」
「祈信術、ですか?」
初めて聞く単語に首を傾げる。こうしてみると、私は本当に知らないことが多すぎたように思う。
「そうだ。貴族の屋敷に結界が張ってあるのは知っているかな? そう言った結界術などは神官しか扱えないんだ。君が聖女になれば、当然教会に属する。必ず祈信術を覚えることになるだろう。
祈信術は、守護の結界や浄化、治癒などに用いられる。
そういえば、目くらましの術も結界術の一種だと聞いたことがあるな」
顎に手を当てて言うお爺様に、ナタリア先生は微笑んで頷く。
「おそらく、見えなくすることでその身を守るから結界術の一種なのでしょう。神官以外には使えませんので、詳しくはわかりませんが」
そう言えば、デゼル男爵家に行った際に結界の話が出ていた。平民の家に結界が張られていないのは、教会へ頼むことができないからだろう。
この国の建物全てに結界を張るのは現実的ではないし、嫌な話、寄付の有無も関わってくるはずだ。
「あの、先ほどの話では、神の祝福が王統を担保しているということでしたよね?
そうすると、教会と王家というのは結びつきが強いんですか?」
そう尋ねる私に、お爺様はふむ、と呟いた。そしてしばらくすると、考えがまとまったのか私の問いに答えてくれた。
「結びつき自体はあるが……強いかと言われると判断に悩むな。
原則的に、教会は政治の中枢に関わろうとはしない。遠い昔は越権的な動きもあったようだが、それを嫌がった当時の王家が距離をとったと聞く。
今となっては程よい距離感というべきかな。お互いに利害が一致するため仲違いなどはないようだ。不可侵が暗黙の了解といったところかな」
おそらく、王家にとって王統を保証してくれる教会の重要性は高いだろう。また、神官しか使えない祈信術の存在も大きい。
他方、教会としても国教として尊重し、十分な寄付もある王家との仲を悪化させるつもりはないはずだ。
程よい距離を保ち、不可侵を掲げる今こそが、両者にとっていい状態なのかもしれない。
「……そうなると、王家からの干渉を避けるために教会へ身を寄せるのも一つの手ということですね?」
「っ! シャーリー!?」
弾かれたように父が声を上げる。その表情には焦燥感が滲んでいた。
私としても最も望ましいと言える選択ではない。しかし、我が家はあくまでも子爵家なのだ。
「私の能力は、既にコードウェル公爵に気づかれていると見るべきでしょう。そうなれば、王家に話がいくのも時間の問題です。いえ、既に知られていると思っていいでしょう」
あれから既に一週間が経っているのだ。コードウェル公爵から王家の耳に話が届いていても可笑しくはない。
数百年に一人しか生まれない聖女。そんな稀有な才能を持つ者を見つけたのなら、すぐに報告するのが道理だ。
「万が一、王家から何らかの打診をされた場合、我が家ではどうにもできません。
あくまでも私は子爵家の人間です。物を言える立場ではありませんから」
だからこそ、必要なのは王家が干渉できない環境を作ることだ。
聖女になりたいかと言われると首を傾げてしまうが、どうせ逃げられはしまい。いずれ教会に行くことになるのだろう。
しかし、教会に入るより前に王家から何らかの打診があったらどうする。我が家では到底太刀打ちできず、従うしかないのだ。
「……教会に行くということは、この家を離れるということだ。今まで通りの生活は送れまい。
それに、いずれ君は戦場に立つことになる。
シャーリー、本当にそれでいいのか?」
その問いかけに、私は伯父へと視線を向ける。
私を見る瞳は真剣そのもので、それでいてどこか不安げだ。姪である私の身を案じてくれているのが分かる。
私自身、戦場は嫌だ。けれど、転生してからずっと覚悟していたことがある。
この世界には魔術があった。まるでRPGのような世界。その世界で、戦いを知ることなく一生を終えることはないだろう、と覚悟していた。
そのために魔術の勉強をしたがったのだ。何としても生き残るために。ならばその場が、家から教会に変わったとして何の問題があるのか。
家を離れること、これはどうしようもなく寂しい。私がここにいたいと言えば、父も伯父たちも協力してくれるだろう。
けれどそれは、みんなに少なくない苦労をかけるはずだ。迷惑も多くかけることだろう。私はそれを望まないし、それに、
「いずれ教会に連れていかれる日が来るのなら、自分から行きます。
そして……、
――私の望む条件を、勝ち取ってみせましょう」
そう、あちらの言うこと全てを聞く必要など、どこにある。
私の人生は私のものだ。変えようのない条件があるのならば、変えられる条件全てを有利に持っていくくらいしなくてどうする。
交渉は、かつての仕事の基本だった。延長、ドリンク、指名、どれをもらうのも交渉一つだ。
その上、指名客になったからと言ってそれで安心できるわけではない。
いかに店に来てもらい、お金を使ってもらうのか。これらは全て、会話の裏にある交渉によって成り立っている。
私にとって会話の場は主戦場だ。
それならば、ここで負けるわけにはいかないだろう。
「任せてください、お父様。私、
ぐっと拳を握り、顔に微笑みを浮かべる。
――さぁ、まずは卓についてもらうことから始めましょうか?
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