第22話 私は一体何者なのか
コードウェル公爵との遭遇から一週間が経った今日、アクランド子爵邸の応接間には5人の人影があった。
私と父、伯父のペイリン伯爵にランシアン前侯爵であるお爺様。そして私の魔術教師を担当してくれているナタリア先生だ。お爺様は今も多忙な身だが、何とか都合をつけて来てくれたようだ。
話の内容は、当然私のこと。先日のコードウェル公爵との会話に出てきたことを話し合うための場だ。
当初、父は私に同席させるか悩んでいたようだが、私だっていつまでも蚊帳の外は嫌だ。
コードウェル公爵が言っていたとおり、私は知らないことが多すぎる。今まではそれでも黙っていたけれど、ここまで来たらきちんと知りたい。
私は一体何者なのか。それを知る権利は、誰よりも私にあるはずだ。
「なるほど……コードウェル公爵が、ね。彼は一筋縄ではいかぬ男だが、どういう意図で動いたのやら」
先日のやり取りについて父の説明が終わると、お爺様が口を開いた。
片手にはティーカップが握られているが、飲む気になれなかったのだろう。口をつけることなく、ソーサーへ戻した。
「第一王子の婚約者はコードウェル公爵令嬢だ。王妃が強く彼女を望んだらしいが、コードウェル公爵自体はそれに異を唱えることはなかった。
当時は驚いたものだよ。彼にとって、この婚約に特段のメリットはなかったはずだからね」
「え、そうなのですか?」
お爺様の言葉に私は驚いて口を開く。
普通、第一王子との婚約なら嬉しいものではないのか。我が家のような下級貴族ならいざ知らず、公爵家にとってより良い相手など王家くらいだ。
「シャーリーが驚くのも無理はないね。本来なら、公爵家にとって王家との婚約は悪いものじゃない。
そもそも、王家以外から選ぶとなると、同じ公爵家か他国の王族かになる。そのときの政情に合わせて侯爵以下の家柄を選ぶこともあるけれど……爵位が下がることを受け入れられる者はそうはいない。
嫁ぐ本人としては余程の事情がなければ納得はしないだろう」
その言葉に、そういうものか、と頷く。
確かに、自分の地位が下がるというのは早々受け入れられるものではないのだろう。
愛があれば、という人も中にはいるだろうが、基本が政略結婚。愛を育むより早く婚約が決まるのだから、婚約が決まった当初は心中穏やかではないのかもしれない。
「しかし、今回は第一王子に……というより、今の王族に問題があってね」
お爺様の声は重く、顔もどこか疲れたような表情をしている。
今は退かれたが、長く侯爵として政治の舞台に立っていた身だ。その問題とやらをよく知っているのだろう。
「陛下の結婚については、賛否両論だった。
陛下には、学生時代から仲睦まじい婚約者がいたんだ。既に立太子していたこともあり王位を継ぐのはほぼ確実、その婚約者は未来の王妃と目されていた。
しかし婚約は破棄となり、新たな婚約者が発表されるとその1年後に結婚した。
今から14年前、この国はスタンピードの発生により魔獣の侵攻を受けていた。5年続いたその戦いは多くの死者を出したものだ。戦いの悲惨さは、今でもよく覚えている。
そんな戦いの最前線に立ったのが、ケンドール辺境伯家。王妃殿下の生家だった」
なるほど、何となく話は読めてきた。おそらく、功績を上げたケンドール辺境伯が、自分の娘との婚姻を望んだのだろう。当時の内情は分からないが、相当な激戦を終え、国を守った家を軽く扱うことはできなかったはずだ。
ましてや、辺境伯という重大な地位にある家。機嫌を損ねるのは得策ではない。
「結婚当時はまだ王太子だったが、すぐに陛下が玉座についた。
そして結婚から1年半が過ぎたくらいだったか。陛下は元婚約者を離宮に囲い込んだのだ。
王妃殿下が第一子である第一王女を産んで、そう時間は経っていなかっただろう。」
……正直、相当ヤバい気がする。何というかドロドロの愛憎劇が待っている未来しか見えない。
「それから数年が経ち、第一王子殿下が生まれた。王妃殿下のお子だった。そこから数か月遅れて第二王子、ルーク殿下が生まれた。こちらは元婚約者の子だった。」
いや、ちょっと待ってほしい。
そもそも、我が国は一夫一妻だ。複数の妻を持つことは認められていない。
ゆえに、元婚約者が側室ではなく妾として囲われたというのは納得がいく。
しかし何故、妾の子が第二王子とされているのか。
「ルーク殿下は何故、王子と……? その、王妃殿下のお子ではないのでしょう?」
そう問いかける私に、お爺様は深く頷く。頭が痛いというかのように、ため息を吐いた。
「シャーリーの言うとおり、本来王位継承権が認められる者ではない。けれど、あまりにも王妃殿下にとって状況が悪かったんだ」
何でも、我がフィンノリッジ王国には王家に代々受け継がれる色があるそうだ。空を映したような青。それを持つことが王家の血を継ぐ証であるらしい。
その青色は、建国時に女神から授かった祝福の形だそうで、教会もそれを認めているようだ。
王妃の産んだ子は王女と王子が一人ずつ。しかし、そのどちらともが王家の青を受け継がなかった。
「そんな中、唯一王家の青を受け継いだのがルーク殿下だった。それにより、陛下はルーク殿下を自身の正当な子として王位継承権を持たせると断言した」
「え!? いや、でも、ルーク殿下の出自は……」
「あぁ。本来なら認められることではない。婚外子である妾の子なのだからね。
だが、王家の青は女神の祝福。神に認められた王統の証だ。
女神は我が国の守り神として、建国から長年我が国の民に恩恵を与えてくれている。その女神が認め、祝福を授けたからこそ王家たり得たのだ。
我が国では女神の祝福を受けている者こそが王家の人間と言えるのだよ」
要するに、祝福のない者に価値はないということか。
その理論で行くと、教会としては女神の祝福があるからこそ王統を認めているということになる。女神の祝福を持たない王家の者は、宗教的に見て認められる存在ではないのだろう。
建国時、王家は女神より与えられた祝福を理由にこの国を統治した。それを失うということは王家の正当性が揺らぐということ。今更それがなくなるなど許せないだろうし、教会としても黙ってはいないだろう。
「そして、陛下はもう二度と王妃との間に子どもは作らないとも宣言した。王家の色を受け継がない子どもが続いたこともあり、自分の子どもかも疑わしい、と言ったこともあったようだ」
「……うわぁ……」
昼ドラか、と言いたくなるような話である。
しかし、神から認められ王になったというのなら、当然王家と教会は切っても切り離せない。そもそも教会の認めない者を王とした場合、必ず正当性が疑われるだろう。
その点、妾の子とは言え王家の青を持つ者が生まれたのだ。それならば、その重要度は遥かに高い。
「あれ、でも公爵家の方も青をお持ちでしたよね……?」
ふとコードウェル公爵の姿を思い出す。髪も瞳も青空のような美しい青だったはずだ。
そしてウィルソン公爵も瞳の色は青だった。それを思えば、わざわざ妾の子を選ばなくてもと思うのだが……
「確かに。だけれど、それは本来の王統が廃れることを意味する。
あくまでも王家はジャーヴィス家だ。臣籍降下したものが王を名乗ることを国民感情として認めるのは難しい。
現国王に王家の色を受け継ぐ子が一人もいないのなら、話は違っただろうけどね」
ややこしい話になってきた。正当な出自とは何かという話しになるが、そもそも、それは時の勢力者が作るものだろう。
冷たい話だが、歴史とは勝者が編纂した物語に過ぎない。都合の悪いことは隠されるのが普通だ。
公爵家が王位簒奪を狙わない限りは、このまま現状は変わらないだろう。第一王女と第一王子に神の祝福たる王家の青はなく、妾の子である第二王子にのみある。
そしてその王家の青こそが、神から祝福を受けた王統の証なのだ。……何だか頭が痛くなってきた。
「一般論はさておき、現時点において、国王陛下も周囲の方も第二王子殿下の正当性を認めてらっしゃるということですね?」
「あぁ。それは間違いない。そもそも陛下と元婚約者はお互いに愛し合っていたことで有名だった。そこに割り込んだ形が王妃殿下だ。だからこそ、王妃殿下との結婚は歓迎されなかったのだが。
割り込んだ王妃殿下の子には王家の青がなく、元婚約者の子は髪も瞳も王家の青を引き継ぎ、陛下によく似ている。
……これで、陛下の血が入っていないという方が難しい」
それはその通りだ。むしろ、疑われるのは王妃の子どもたちだろう。この世界にDNA検査があったのなら回されていても可笑しくはない。
「そのような状況下で、王妃殿下が第一王子の婚約者にコードウェル公爵令嬢を選んだ。
これは、単に公爵家の後ろ盾が欲しいという話しではない。彼女が青い髪を持っていたからだ。」
王家の青を持たない第一王子の瑕疵を、公爵令嬢に治癒させようというわけだ。
……正直なところ、ご令嬢には同情心が芽生える。本人の能力や人柄が認められたのではなく、あくまでも求められたのはその髪の色だ。
これを彼女が知っているのかは定かではないが、私ならば納得できないだろう。
「それを知りながら、コードウェル公爵はその婚約を受け入れた。陛下から自分の子か疑わしいと言われる第一王子殿下との婚約を、だ。
当時は驚いたものだ。第一王子とは名ばかりで、王位を継ぐ見込みは低いのだから」
王妃の子である第一王子を、陛下は見向きもしないらしい。自分に全く似ていない、愛する女性を陰に追いやった女の子ども。嫌悪の対象となってしまったのかもしれない。
今までの話を聞くに、コードウェル公爵家にとってこの婚約に旨味はないだろう。それでも、そうする理由があったからしたのだろうが……今の私に、それは分からない。
「そこでシャーリー、君の話だ」
お爺様の言葉に、一瞬で空気が変わった。先ほどまでは頭が痛いと言わんばかりに顔を歪めていたお爺様は、今では真剣な顔で私を見つめていた。
黙って話を聞いていた大人たちも同様に、今は私を見つめている。
「シャーリー、君は自分が極めて稀有な魔力量を持って生まれたことを知っているね?」
お爺様の問いに、こくりと頷く。
叔父様からも私の魔力量については聞いていた。規格外のランクS。ペイリン伯爵家では魔力量の多い者が生まれるそうだが、その中でも優れた者がローズピンクの色を持つという。
「君は本当に優秀な魔力量を持っている。きちんと学べば、国一番の魔術師になれることは確実だ。
だが、君の才能はそこで留まりはしなかった」
ちらりと父へ視線を向ける。そこには今にも泣きだしそうな顔で私を見つめる父の姿があった。
「シャーリー、君は深く考えていなかったかもしれない。けれど、君が今まで行った魔術行使は有り得ないものだった。
まず初めに、君が初めて薔薇園で魔術を行使した時だ。
君は足元を疎かにして転んでしまったのだったね。地面に敷かれているレンガが土になって衝撃を受け止めてくれたようだ」
あの日、余所見をしていた私はレンガに躓き、転倒した。自分自身、怪我をすると思ったのだ。痛いのは嫌だけれど、避けられないだろうとも思っていた。
「次に、君が街で使った魔術だ。被害者の少女と、その母親を守るために咄嗟に魔術行使をしたと聞いている。間違いないね?」
私に確認の意を込めて尋ねるお爺様に、はい、と返事をする。
今となっては、咄嗟の魔術が形になったその事実を、疑問に思わなかったことこそが私の間違いだったのかもしれない。
「そう、確かに君は完璧に魔術を行使した。
けれど、それは有り得ないことなのだ。魔力を練り、術式を固め、必要量の魔力を解放する。
端的に言えばこの三つの工程が必要だが、どんなに短縮できても限度がある。瞬時に行使できるのは、余程熟練の魔術師だけだ。
ましてや、初めての魔術行使の際はレンガを土へ変えたと聞いている。
レンガは粘土や頁岩などからできており、ただの土を操るより難易度が高い。それを一瞬でただの土に変えるには相当な訓練が必要だ。
……魔力量だけではどうにもならない。」
私はそっと自分の手に視線を移した。
魔力放出を意識する際、一番イメージが沸くのは手だった。おじいさんの畑を耕したときも、地面に手を付け、意識を集中させてから魔術を行使した。
しかし、デイジーたちを守ろうとしたとき、私はその工程を意識的にこなしたとはいえない。
守らなければと思ったのは確かだけれど、そこから魔術を行使していたのでは間に合わなかっただろう。
「その工程を飛ばすことは出来ない。だが、かかる時間を早めることだけはできる」
そう、ヒントはあったのだ。コードウェル公爵から言われた、短時間でという言葉。私の魔術行使は時間の短縮にこそ価値があった。
「それができるのは五大元素の時。時属性の魔術師だけだ」
時属性。これは他の属性と大きく異なるものだ。
基本的に、魔術の属性は四つに分けられる。火・水・風・土の四大元素が主だ。
そんな中、ごくまれに、四大元素以外である時を司る魔術師が現れるらしい。
「時属性。これは女神が持つ力の一部を与えられた場合のみ顕現すると言われている。
――女神に愛された者、それは聖女として我が国で尊ばれる存在だ」
お爺様の声に、そっと視線を上げる。
見上げた先にある父の顔は、痛みをこらえるかのように苦渋に満ちていた。
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