第10話 悪因悪果


 夕食を食べ終え、就寝準備が終わったのはほんの少し前のこと。

 いつもより早く整えられた支度に、私はベッドへ身体を横たえた。


 「それでは、ごゆっくりおやすみください。何かございましたらベルでお呼びくださいませ」


 そう言って一礼し、メイド達は退出した。

 

 私が今いるのはデゼル男爵の屋敷にある客間だ。父は隣の客間を使用している。私たち親子は急遽デゼル男爵家に一泊することとなった。


 というのも、帰ろうとしたタイミングで雨が降り出したのだ。それを見た男爵は私たちに泊まっていくよう勧めてくれた。

 前の奥様は馬車の事故で亡くなったらしい。そのときも、こんな雨の日だったのだろうか。雨の中は危険だからと告げる男爵の顔色は悪かった。


 ご厚意に甘えて一泊させてもらうことにした私たちに、男爵は温かなもてなしをしてくれた。


 山の幸がふんだんに使われたディナーはとても美味しく、また、その美しい見た目で目も楽しませてくれた。


 メアリーは体調不良のため同席はできないだろうと思っていたが、カミラ夫人も席に着くことはなかった。メアリーを心配して、いつも夕食は彼女の下でとるそうだ。

 献身的に世話をしていると聞いていたが、マメに彼女の様子を見に行っているらしい。


 初めての馬車で少し疲れたことを伝えると、男爵家の方々は素早く就寝準備を整えてくれた。急がせてしまったことに申し訳なく思うも、今の私にはどうしても1人の時間が必要だった。


 扉の外が静かになったのを確認し、そっとベッドから身体を起こす。毛布を持って窓際の椅子に腰かけた。


 「さて、ここからは長期戦かなぁ」


 そう呟いて窓の外を見つめる。

 部屋の窓からグレイソンと見た花壇が見えた。今いる部屋は、今日私たちが散策したコースが一望できるのだ。


 私はとてもツイていた。もし部屋の場所が違ったら、また別の方法を考えねばならなかったのだから。


 ずっと私の中にある違和感には、おおよそあたりがついていた。

 とはいえ、私の推測を裏付ける決定的な証拠はない。全てが推測で、解決するには足りないものがいくつかあった。証拠を抑えるためにはどうしたらいいのか、私はそれをずっと考えていた。


 きっと、揺るがぬ証拠を提示することは困難だろう。科学捜査ができるのならまだしも、そんなことは不可能だ。私にできるのは、いかに自白させるか、ただそれだけだ。

 そのためには、私自身が自信を持って話ができなければならない。こちらが揺らげばシラを切られるのは明白だ。自分の推測を補強するモノが必要だった。


 「お、みーつけた!」


 夕方から降り出した雨はいつの間にか上がっていた。空には美しい月と、星々が輝いている。

 美しい夜空の下を、1人の人が歩いて行くのが視界に映った。


 「さて、それじゃあ最後の仕上げをしなくちゃね」


 そう言って笑う私の顔が、窓ガラスに映る。

 それを見て、父に天使だと言われるのは間違いではと苦笑した。窓ガラスに映った顔は、悪者を追い詰めようとギラついていたのだから。





 「おはようございます、お父様。デゼル男爵もこちらにおられたのですね」


 翌朝、起きて身支度を整えた私は、隣の客間へと向かった。中には父と男爵がおり、2人は朝のお茶を楽しんでいたようだ。これは好都合、と遠慮なく入らせてもらうことにした。


 「おはよう、シャーリー。今日もとても愛らしいね。朝から会いに来てくれて嬉しいよ」

 「おはよう、シャーロット嬢。昨夜はゆっくり寝られたかい?」


 そう言って笑う彼らに、私はにっこりと笑みを浮かべた。それぞれの言葉に返事を返すと、男爵へ視線を向けた。


 「デゼル男爵、私、お願いがあるのですが……」


 そう告げた私に、男爵は不思議そうに首を傾げた。友人の娘が自分にお願い事があるのが不思議だったのだろう。そんな男爵の横で、父が「お願いなら自分が!」と言っているのはスルーさせてもらう。


 「お願い? 私ができることならかまわないが……」


 男爵の言葉を聞き、私は内心笑みを浮かべる。そのようなことはおくびにも出さず、旨の前で両手を握り、言葉を続けた。


 「メアリー様に朝のご挨拶がしたいのです。昨日はあまり一緒にいられませんでしたし、私は今日帰ってしまいますから。

 それに、ご友人に朝一でご挨拶できるのは、こうしたお泊りのときだけでしょう?せっかくなので、メアリー様と2人の思い出を作ってから帰りたいのです」


 そう言う私に、男爵は少し考え込んでいた。メアリーの体調を気にしてのことだろうか。昨日のように無理に挨拶に来ていただくのは申し訳ないからと付け足すと、男爵は深く頷き許可をくれた。


 「こちらからは願ってもないことだ。本来なら挨拶に伺うべきは招いたこちらなのだから。ただ、最低限の身支度はさせてやりたいから、少し待ってもらえるだろうか」


 笑みを浮かべ感謝の言葉を伝えると、男爵は嬉しそうに笑い控えているメイドに声をかけた。メアリーに身支度をさせるよう命じられると、メイドは一礼し部屋を退出した。


 「わがままを聞いていただき、ありがとうございます」

 「いや、礼を言われることではないよ。私としてもメアリーに初めての友人ができることを望んでいたんだ。あの子との時間を望んでくれることは、私にとっても嬉しいことだ。

 それに、実を言うとオスカーの子どもと私の子どもが仲良くなってくれたらと思っていたんだよ。」


 友情が二代続くなんて素敵だろう? とくすぐったそうに笑う男爵に、私も微笑んで頷いた。

 そして、2人のように仲のいい友人になりたいと告げると、2人は顔を見合わせて照れくさそうに笑った。


 「君のお姫様は随分と可愛らしいことを言ってくれるんだね。これもマーガレットの血のおかげかな? 昨日から思っていたけれど、君の子とは思えないほど愛らしいじゃないか」

 「お母さまをご存じなんですか?」


 父を見てからかうように言う男爵に、私は少し身を乗り出して質問した。


 母の話はあまり聞くことができなかったのだ。唯一まともに聞けたのは亡くなった時の話で、その内容には未だに怒りを覚えている。

 そんな母の思い出話が聞けるならと身を乗り出すと、男爵は微笑ましそうに私を見つめた。そしてゆっくりと過去をなぞるように語り出した。


 「あぁ、もちろん知っているとも。笑顔がとても可愛らしい女性だった。

 でもその反面、性格はしっかりした人でね。研究に夢中になって寝食を忘れるオスカーには、よく説教していたものだよ。


 一度読んでいた本を取り上げられて、オスカーが半泣きになって謝罪していたこともあったなぁ。マーガレットは怒り心頭で、中々オスカーを許さなくてね。本が取り上げられてへこんでいるのかと思いきや、マーガレットに嫌われた、って数日じめじめしていたんだ」

 「っ、ジョン! わざわざその話をしなくてもいいだろう!?」


 顔を赤らめて怒る父に、男爵はクスクスと笑い声を漏らす。そんな2人を見て、私も笑みがこぼれた。

 学生時代の友人というのはやはり特別なものなのだろう。じゃれ合う姿はとても自然で、昔からの関係性がよく分かるようだった。


 「オスカーは1つのことに夢中になると、他が手につかなくなるタイプなんだ。それに興味のないことには見向きもしなくてね。優秀ではあるんだが、そういう意味では欠点も多いのさ。

 シャーロット嬢、君の父親は実に手のかかる男だが、見捨てないであげてくれ」


 茶目っ気溢れる瞳で告げる男爵に、笑いながら頷いた。そんな私たちを見て、父はショックを受けたような顔で呟いた。

 

 「僕だって、シャーリーに相応しい父親になるよう頑張っているのに……」


 しょんぼりと肩を落とす父の姿に、男爵と私は目を見合わせる。咄嗟に笑いをかみ殺し、父へ向き直った。


 「お父様がいつも私のために頑張ってくださっていると知っています。それに、私のことを好きでいてくれることも」

 「シャーリー……!」


 感極まったように、父が私の名を呼ぶ。その瞳はうるうるとしていて、成人男性とは思えない可愛さがあった。仕方ない人だな、と思いつつもそんな父が憎めないのは他ならぬ私だ。


 「いつもありがとうございます、お父様。私、お父様が大好きです」


 沢山の愛情をくれる父を、好きにならないわけがなかった。暴走過多な部分には呆れもあるけれど、それが愛情故だと知っている。くすぐったいほどの愛情を向けられ、この人が自分の父で良かったと思っているのだ。

 いつも真っ直ぐに愛してくれる父に、娘として言葉を返したい、そう思うのも自然のことだった。


 気恥ずかしさは笑顔に隠して、父へ素直な気持ちを告げる。感動屋さんな父は、やっぱり私の言葉に涙をこぼした。


 「う、嬉しい……嬉しいよシャーリー……! 僕の天使がこんなに、こんなに優しいなんて……!

 僕も大好きだよ、シャーリー! これからもお父様、頑張るからね!」


 ぐすぐすと泣きながら言う父に、男爵は嬉しそうな笑顔を浮かべた。友人の親子仲がいいことに微笑ましく思っているのだろう。

 そして、中々泣き止まない父をからかおうと、おもむろに質問を口にした。


 「今からこんなに泣いているんじゃ、シャーロット嬢の結婚式のときには涙が干からびているんじゃないか?」

 「シャーリーは天使だから結婚しない」

 「……君、分かってはいたけど重症だな」


 頬を引きつらせている男爵をよそ目に、私は既視感のある言葉に遠い目をした。

 ――いつか父が言いそうな言葉だと、考えていたことがあったな。

 

 思いがけず早いタイミングで聞けたことに、何とも複雑な心境になった。5歳のうちから将来の結婚を危ぶまなければならないとは、世知辛いことだ。


 父の問題発言にドン引きする一幕がありつつも、私たちは和やかに会話を楽しんでいた。そんな中、先ほどのメイドが部屋へ戻ってきた。メアリーの身支度が終わったようだ。


 私たちは席を立つと、3人揃ってメアリーの部屋へ向かった。




 「おはようございます、皆様。シャーロット様、私のために来て下さったと聞いています。とてもうれしいです」


 部屋に通されると、室内用のドレスに身を包んだメアリーが挨拶をしてくれた。カーテシーをする彼女に、慌てて座るように伝える。


 「おはようございます、メアリー様。まだ体調がよろしくないのでしょう? そんな中丁寧にご挨拶くださりありがとうございます。 座りながら、少しでもお話しできれば嬉しいです」


 私の言葉にメアリーは可愛らしい笑顔を浮かべると、お礼を言ってソファーへと腰掛けた。その隣に男爵が腰かけ、向かい側に父と私が腰をかける。

 メアリーの顔色は未だよくないものの、頬が嬉しそうに赤らんでいるのに気づいた。


 「こうしてご挨拶に来てくれるなんて思ってもみなかったんです。だから私、ついうれしくて……」

 「ありがとうございます。私、メアリー様に会えるのをずっと楽しみにしていたんです。こうしてお話しできてとても嬉しいです」


 そう言うと、メアリーの表情が一層綻ぶのを感じた。

 雪の妖精のような美しい少女であるが、その笑顔は柔らかく愛らしい。一見クールな印象だが、雪解けのようなその笑顔は見る人の心を和ませるだろう。


 「実は、メアリー様にお見せしたいものがあったのです。ここで開けてもいいでしょうか」


 メアリーの前にそっとハンカチを置く。そのハンカチは昨日私が持っていたものだ。

 彼女は不思議そうに首を傾げると、私に目を向ける。そんな彼女に開けてみて欲しいと伝えると、彼女は頷いてハンカチを空けた。


 「小枝……ですか?」


 ハンカチに包まれていたのは、私が昨日拾ったマンサクの小枝だ。それを見て不思議そうな顔をしている彼女に、私は昨日グレイソンと庭を散策したことを話した。

 スノードロップの花が美しく咲いていたことや、マンサクの花もまだいくつか見ることができたこと。昨日共に遊べなかった彼女に、少しでも楽しい気持ちになればと言葉を重ねた。


 「グレイソン様に許可をいただいて、落ちた小枝をいただいたんです。マンサクの小枝は人々の間でお守りとして持たれているようなんです。

 メアリー様のお身体が少しでも良くなればと、小枝をいただいてきました」


 そう言う私に、メアリーの瞳が揺れる。

 体調が日ごとに悪くなっていく中、不安な気持ちでいっぱいだったのだろう。きっと、何度も不安な夜を過ごしたはずだ。そんな中、目の前にお守りが出されて安堵を覚えたのかもしれない。


 「マンサクの小枝については知っています。領内の人たちもお守りに持っていると聞きました。私のために持って来てくださったんですね。

 ……この小枝を、いただいてもよろしいでしょうか?」


 おずおずと言うメアリーに、私は笑顔で頷く。せっかくだからお持ちになってみてくださいと言うと、彼女は嬉しそうに笑い、小枝に手を伸ばした。



 ――それは一瞬だった。


 彼女が触れた瞬間、小枝から強い光が立ちのぼる。突然の眩い光に一瞬身動ぎをすると、横から温かな腕が伸びてきた。


 その腕に抱かれ、光が収まるのを待つ。父は反射的に私を庇おうと抱きしめてくれたのだろう。こうなることを薄々予測していた身としては申し訳なくもあったが、守ろうとしてくれる父に胸が温かくなるのを感じた。


 「……これは、……どういう……」


 光が収まり、愕然としたような男爵の声が聞こえた。

 父の腕からそっと顔を上げると、メアリーの手にあった小枝は灰になって崩れていた。白いハンカチの上に広がる灰に、小枝は役目を終えたのだと悟る。


 「やっぱり、そういうことだったのですね」


 そう言う私に、3人の視線が向けられる。困惑した表情でこちらを見る彼らに、苦笑をこぼしながら口を開いた。



 「全てご説明いたします。しかしその前に、一度カミラ夫人の下に行かれるべきかと。



 ……おそらく、お加減が優れないでしょうから」







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