第3話 名もなき騎士

 ライアは宿場町を出る。

 近隣の村に着く頃には、どっぷりと日が落ちていた。

 村長宅を訪ねると、遅くであるにも関らず快く迎えてくれた。

 歓迎の酒が振る舞われ、部屋を貸してくれる事になった。

 翌朝。

 ライアは、早朝に目が覚めた。

 窓の外を見ると、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 ライアは身支度を整えると、進んで仕事を志願した。

 少しでも村の人達に感謝を伝えたかったのだ。

 ライアは、精力的に働いた。

 薪割りや畑仕事の手伝い、薬草摘みに家畜の世話をしたりして過ごした。

 そうしているうちに、少しずつではあるが、村に馴染むことができた。

「騎士様に、このような事をして頂くとは……」

 ライアが働いている姿を見て、村人達は驚いていた。

 しかし、その表情には、次第に笑顔が増えていった。

 ライアは、それを見て嬉しくなった。

 自分は間違っていなかったと思ったのだ。

「いいえ、気にしないで下さい。私も楽しい時間を過ごせています。夜遅くに訪ねてきましたのに、快く迎え入れて下さり感謝しています」

 笑顔で言うライアの言葉を聞いて、村人は安堵していた。

「この村はですね、騎士様に救われた村なんですよ」

 ある老婦人が、昼食時に語り始める。

 それは3年前の国境戦と呼ばれる戦時の事だった。

 当時の国王は、隣国との戦争において劣勢を強いられていた。

 そのため、多くの兵士を失い、国力が著しく低下した状態になっていた。

 そんな折に、この村は魔物の襲撃に遭ったという。

 村人は、最も近い国境に居た騎士に助けを求めた。

 だが、国境は敵国の兵力により襲撃を受けており、戦力を割くことができない状態だった。

 それでも、1人の騎士が援軍に向かうことを決意し、砦から駆けつけてくれたのだという。

 騎士は、十数匹からなる魔物の大群を相手に、たった一人で立ち向かった。

 そして、剣一振で全ての魔物を討ち取ったのだという。

 村人は騎士を英雄と呼び称えた。

 だが如何に村人を救う為とは言え、最前線から逃亡したという事実から汚名を着る事となった。

 敵前逃亡は、名誉を重んじる騎士にとって最大の恥辱であった。

 老婦人の話を聞きながら、ライアはその話に心当たりがあった。

 それは、ライアの所属する第四騎士団に語られている噂。

 村人を救って処刑された騎士の話しだった。

 だが、その名は残っていない。

 どんな理由があるにせよ状況は敵前逃亡であり、騎士を英雄とする訳にはいかない。

 この様な前例を作っては、後の軍規に関わるからだ。

 その為、捕らえられた騎士は極秘裏に裁判を行われ、そのまま死刑となった。

 遺体も聖遺物として扱われないよう、消し炭になるまで焼き尽くされ海へと投げ捨てられた。

 村人が騎士の処遇を聞いて減刑を求めたが、その時は既に死刑が終了した後のことだったという。

 村人のせめて、名前だけでも聞かせて欲しいという願いも、吟遊詩人に語らせないために、それすらも許されなかった。

 こうして、その騎士は闇に葬られたはずだった。

 だが、騎士に救われた村では、未だにその話が語り継がれているという。

 《名もなき騎士》

 ライアは、老婦人から、詳細を聞いた時、涙が出ていた。

 騎士は死しても、国が続く限り、その名を名誉と共に歴史と物語に残し、未来永劫讃えられる存在だ。

 国の守護者。

 その命を賭してでも国を守る存在だ。

 だからこそ、その誇りを胸に戦って死ぬこともできる。

 死しても、名誉は生き続けると信じているからだ。

 それが、名誉を踏みにじられ、名前すらも残すことを許されない。犯罪者が悪事をしたという事で犯罪史に名を残すのに対し、村人の命を守り抜いた騎士が、こんなにも悲しい結末を迎えなければならないなんて……。

 ライアは思う。

 そんな事が許されるはずがない。

 もし、自分が同じ境遇になったとしたら、迷わず《名もなき騎士》と同じ選択をしようと。

 そして、誓った。

 自分の正義を貫く為に、どんな困難が立ち塞がろうとも、絶対に負けないと。

 午前の労働を終え、部屋で休んでいると何やら騒がしいものを感じた。

 ライアは、窓から外の様子を伺うと、村の広場に人々が集まっている光景が見えた。

 ライアは嫌な予感を覚えた。

 広場に出ると女が、ライアに縋り付いた。

 どうやら何かあったらしい。

「落ちついて。何があったんです」

 ライアは、女の肩に手を置くと落ち着くように言った。

 すると、村人がライアの周りに集まってきた。

「魔物です。町からの帰り道に、ヨランドさん宅の娘のノルが魔物に攫われたんです」

「一緒に居たランデの息子は無事でしたが、一人ではどうしようもなかったそうです」

「お願いします。助けてください!」

 村人は口々にライアに訴えかける。

 ライアは迷わなかった。

 ライアは、甲冑に身を包むとロングソードを携え、馬に跨り手綱を握る。

 そして、馬の腹を蹴ると走り出した。

 ライアは疾走する。

 夜空に流れる星のように。

 ライアは、魔物の襲撃に遭ったという、街道から少し外れた林の中へ入っていく。

 そこには引きずられた跡があり、連れ去られたことを示していた。

 ライアは、馬を降りて足跡を追うことにした。

 地面に残る痕跡を追っていくと、途中で大きな岩が転がっていた場所に出た。

 そこで足跡が途絶えていた。

 だが、その先に続く細い獣道を辿った先にある茂みに、気配を感じ取った。

 ライアは慎重に近付く。

 茂みの隙間から、中の様子を確認する。

 そこには、縄で縛られている少女の姿があった。

 それと共に、人間の子供の大きさほどで醜い姿をした生き物が居る。

 肌は、赤みを帯びており、鉤状に曲がった大きな鼻、落ちくぼんでギラギラとした目、尖った耳。

 頭髪はないが、額に小さな角が生えている。

 ゴブリンと呼ばれる魔物だ。

 数は4匹。

 決して強い魔物ではない。

 だが、油断はできない。

 ライアは、ロングソードを抜くと一気に襲いかかる。

 先頭にいたゴブリンの首根に斬り込む。

 1匹目。

 ライアの突然の襲撃に、残りの3匹は狼の遠吠えのような声を上げる。

 だが、ライアは冷静に、まずは手前のゴブリンの首を跳ね飛ばす。

 2匹目。

 そして、返す剣で隣のゴブリンの肩を垂直に斬り下げる。

 3匹目。

 最後の一匹は、ライアの攻撃を避けようと後ろに飛び退く。

 だが、その行動が仇となる。

 ライアは、既に次の攻撃に移っていた。

 空中に逃げたことで、身動きが取れなくなった、その隙に懐に入ると胸元を突き刺す。

 4匹目。

 その絶命を確認してから、ライアは、すぐに女の子の方へと駆け寄る。

 まだ12歳くらいの少女。

 栗色の髪にそばかすが目立つ、可愛らしい娘。

 間違いなくノルだ。

 ライアは、縄をダガーで切る。

 ノルの顔には殴られたような傷があった。

 恐らく、ゴブリンの襲撃に遭った時に受けたケガだろう。

 だが、幸いにも骨までは折れていないようだ。

 ライアがノルの額に手を当てていると、ノルが目を覚ました。

「ノル」

 ライアは、優しく微笑むと、その頭を撫でた。

 ノルは、一瞬驚いたが目の前にいるライアを見て、抱きついた。

「ライア様」

 ライアは、優しく抱きしめた。

「騎士様」

 ノルは泣き叫ぶ。

「こらこら。私のことを《様》付で呼ばないことって、言ったでしょ」

 ライアはノルを安心させるように頭を撫でながら、背中をトントンと軽く叩く。

 そして、ノルが落ち着くのを待ってから話しかけた。

「大丈夫?」

「はい。ありがとうございます」

 ノルの声はまだ震えていたが、涙は止まったようだった。

 ライアは、改めて辺りを見渡す。

 ここは森の中とはいえ、木々が密集している訳ではなく、少し開けた場所になっている。

「まだ魔物が居るかも知れないわ。早くここを離れましょう」

 ライアは手を差し伸べ、ノルを立たせる。

 顔を上げたノルの表情に恐怖が滲んでいるように見えた。

 視線の位置が高い。

 その視線の先を、ライアは追うと目の前に巨大な影があった。

 人間の二倍も有る身長に、がっしりとした体躯。

 そして、丸太のように太い腕。

 口には下顎から牙が突き出ている。

 人食い鬼とも呼ばれるオーガだ。

 その瞬間、全身から冷や汗が吹き出す。

 勝てる勝てないではなく、子供連れで戦える相手ではない。

 だが、引くわけにもいかない。

 ライアは、ロングソードを構えようとするが、ノルの手を握っていたことが一瞬の遅れとなる。

 オーガの拳がライアに迫り、避けきれずにロングソードを持った右腕に一撃を受けてしまう。

 そのままライアの身は、木の葉の様に飛び、木の幹に頭を打ち据えた。

 ノルの叫び声が聞こえる。

 でも、ライアの意識はそこで途切れてしまった。

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