第2話 騎士狩り
その日の夕方頃。
ようやく目的の宿場町に着いたライアだったが、一階の食堂は多くの冒険者風の人が出入りしていた。
食事の時間には少し早いのだが、すでに酒を飲み始めている者もいるようだ。
賑やかな雰囲気だった。
ライアは宿を取る前に馬を預けていた手前、何とかここで食事ができないものかと思っていると、一人の女給がライアに話しかけた。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
どうやら、宿屋の娘らしい。
まだ若いが働き者のようで、テキパキとした動きで客の対応をしている。
「ええ。でも、この様子では食事は無理そうですね」
ライアの言葉を聞いて、娘は申し訳無さそうな顔をする。
だが、すぐに笑顔を取り戻して言った。
「あの。相席で良ければ、ご案内できますが……」
願ってもない提案だった。
断る理由はない。
ライアは了承すると、娘は店内の片隅へと行く。
そこには、一人の男が二人席で食事をしていたのが見えた。
娘が男に話しかけ、伺いをたてている。
男はうなずくと、娘はライアの元まで戻ってくる。
「お相手の方の了承を取りました。どうぞ」
ライアは娘について行くと、男の向かい側の椅子を引く。
そして座ると、目の前にいる男性を見て驚いた。
一人の青年が居た。
年齢にして20代前半の若者だ。
髪は茶色く、クセのない髪を流すように伸ばし後ろにまとめている。
瞳は薄い青みを帯びており、顔立ちも美形といえる部類だった。
身長は高くないが、体つきは細いながらも、そこそこ筋肉質ではある。
薄汚れた革鎧。
ショートソードを腰に差し、腰のベルトには、ダガーを1匕、スローイングダガーを3匕あった。
装備から判断すると、職業は盗賊と思われる。
強奪行為や略奪者という意味ではない。
冒険者としての盗賊は鍵開け、罠外し、聞き耳といった防犯設備突破能力を持った専門家であり、遺跡や古代の建造物・地下迷宮などに残された財宝を手に入れるには、盗賊の技術が必要となる。
また、盗賊は斥候役を務めることが多く、他の職業にはない機動力を持っている。
城や金融預所から財産を盗んで犯罪者扱いされるよりも、遺跡にある財宝を得る冒険者の方が成立しやすいからだ。
だから盗賊だけでなく冒険者と呼ばれるアウトロー達はギルドに所属し、身の証をたてるために冒険者登録をするのだ。
ギルドから依頼を受けて冒険をこなすことを生業とする以上、私欲で人を殺したり財産に手を出すことはご法度だ。規律に違反した場合、罪に問われることになる。
それでも殺人や盗みを犯す冒険者もいるが、その場合、犯罪者として国及びギルドから狙われ、殺されるか捕まって牢屋に入れられる。
あるいは、犯罪奴隷として鉱山に送られるかだ。
いずれにしろ、まっとうな人生を歩めなくなるのは間違いない。
冒険者は基本的にアウトローだが、盗賊は更に輪をかけたアウトローと言えた。
(戦士や神官、魔術師ならともかく、まさか盗賊と相席なんて……)
ライアは内心、名誉とは対象的な職業の冒険者と同席となった事に、不機嫌さを隠せなかった。
だが、相手からは悪意のようなものは感じられない。
それに、この宿場町で食事ができるのであれば、贅沢を言うべきではないだろうと思った。
ライアは、オートミールに茸とベーコンを合わせたドリアと、サラダを注文し待つことにした。
その間に、改めて青年を観察する。
やはり盗賊だ。
しかし、ただの盗賊ではなさそうだ。
ライアは、テーブルの上に無造作に置かれた彼の手に注目した。
その手の指先をよく見ると、爪が綺麗に手入れされている。
剣を扱う者は、武器を上手く扱えるようになるために、訓練と共に、日々、爪のケアも欠かさない。
伸びた爪は戦闘時の緊張から無意識の内に強く握り込む為、些細な傷から割れたり欠けたりする。
その為、こまめに切る必要があった。
かと言って爪を切り過ぎるのも握力が落ちるため良くない。
少し掌に食い込むのが丁度よい。
その状態を維持するには、毎日の丁寧な管理とケアが必要なのだ。
だから常に研ぎ澄まされた状態でいなければならない。
そのため、日常的に手入れをしているのは当然のことだが、それを怠る者も多い。
ライアも最初は面倒に思っていたが、今では習慣になっている。
特にパーティーに治療魔法を使える者がいないのであれば、なおさらだ。
仮に居たとしても、戦闘中に爪が割れれば、その時点で武器を握る手が緩むことになる。
つまり命に関わるのだ。
そんな彼女の観察眼によると、目の前にいる青年の手は、かなり良い状態だった。
盗賊は、敏捷性と器用さを活かす職業の為、戦闘を行えない訳ではないが、
場合によってはダガーやショートソードを使っての白兵戦も行うが、それにしては手入れが行き届き過ぎている気がした。
となると何だろうか。
「何だい騎士殿?」
ライアに見られていることに気がついたのか、盗賊が話しかけてきた。
あまりにも凝視しすぎてしまった事にライアは、一瞬迷ったが、正直に言うことにした。下手に取り繕う方が怪しまれるかもしれない。
そもそも、この男に隠しても意味がないと感じた。
ならば、いっそ素直な気持ちを伝えた方が良いと判断した。
だからライアは思ったままを伝えることにする。
「いえ、失礼しました。あなたが、とても美しい手をしているなと思いまして」
青年は驚いた顔をし、苦笑する。
「それは俺が、女みたいだってことかい?」
「すみません。そういう意味で言った訳ではないのですが」
ライアは、自分の発言が誤解を招いてしまったことに気づき、慌てて弁明する。
青年は肩をすくめる。
どうやら気にしていないようだ。
そして、彼は言った。
「俺はスティースリッド。見ての通り、盗賊だ」
彼は、ライアに名乗った。
「スティースリッド。長い名前ですね」
ライアは思ったままを口にする。
直感的に、偽名だと感じた。
冒険者の中には、冒険者となった時点で名前を変えている者もいる。本名では無い者も多い。
盗賊ともなれば、なおさらだろう。
「そうだな。通称スティーだ。あんたは?」
問いかけに、ライアは答える。
「私はライア・エルスリード。騎士だ」
互いに名前を名乗り合ったことで警戒心がなくなったのか、スティーは、ライアに対して親しげな態度をとるようになっていた。
「甲冑の鷹の紋。第四騎士団か」
スティースリッドは、ライアの胸元にある紋章を見て、そう判断した。
この王国には、4つの騎士団が存在する。
まずは第一騎士団。
彼らは主に王都の守護を受け持っている。
次に第二騎士団。
これは国内の主要都市の防衛や、外敵からの襲撃に備えて国内各地に配備されており、地方領主達からの信望が厚い。
第三騎士団は、冒険者ギルドと連携して冒険者達をまとめ上げており、魔物や無法者討伐などを担当している。
最後に、第四騎士団。
彼らは国境警備や要人の護衛などを担当する。
その性質上、最も危険な任務が多い。時には自らが肉の盾となって命を捨てなければならないのだ。
そのため、所属する団員は多くはない。
故に、所属人数の少なさから、他の3つより格下に見られることが多かった。
しかし、それでも王国にとってなくてはならない重要な存在だ。
だからこそ、団長のレオ・ベルクソン卿は、他の3つの騎士団長からも一目置かれていた。
ライアはスティーの指摘に驚く。
騎士になったばかりの時、仲間内でも紋章ついて、鷹か鷲かと意見が別れて賭けをしたことがあったからだ。それを一冒険者が迷いもなく鷹と言い当てた事に驚きを隠せなかった。
「なぜ鷹だと。鷲かもしれないでしょ」
スティーは笑う。
その笑顔は屈託がなく爽やかだった。
ライアは、彼が悪い人間ではないと思えた。
少なくとも、悪人特有の濁りのようなものを感じなかったからだ。
「盗賊ってやつはな、色々と知っておく必要があるんだ。例えば、どこの家紋の人間が来ているとか、口調と訛からどこの出身か、どこの街の誰と誰が仲が良い悪いとかな。
見たところライアは見習い期間が終わって、第四騎士団に入団してはいるが、正式な任務に就いている訳じゃない。今は冒険者となり、武者修業を兼ねての遊歴の身ってところだな」
スティーはテーブルにあった果汁を口にした。エール酒ではなく、見た目に反して意外と軟派な物を飲んでいた。
ライアは、その洞察力に感嘆の声を上げる。
ライアも旅をし、冒険者としてそれなりに場数を踏んでいるつもりだが、ここまでの事は出来なかった。
それに、まだ若いというのに。この観察眼は素晴らしいと言わざるを得ない。
ライアも彼の言葉に同意するように答えた。
「だが、この辺での修業は止めておけ」
スティーは忠告する。
ライアは首を傾げた。
スティーは、テーブルに両肘をつき手を組む。
まるで祈りを捧げるかのように、目を閉じながら口を開いた。
その顔は真剣そのものだった。
ライアは彼の様子に、何かあるのかと思い黙っていた。
スティーはゆっくりと目を開く。
ライアの目を見つめる。
その目は、どこか遠くを見るような寂しさが感じられた。
そして、彼は言った。
「騎士狩りがあるらしい」
ライアは息を飲む。
「何ですか、それは?」
訊き返すライアに、スティーは答える。
「そのまんまだ。騎士を狩っている連中がいる。だから、気をつけた方がいい。今まで何人も殺られているからな」
ライアは動揺していた。
そんな話は聞いたことがなかった。
いや、そもそも騎士団に所属している以上、自分達は国に守られているはずだ。
だから、狙われることなどないと思っていた。
ライアは、不安になる。
もし仮に自分が標的にされたらどうなるだろうか?
殺されるのか?
それとも奴隷として売り飛ばされてしまうのだろうか?
様々な可能性が頭を過った。
だが、今ここで悩んでいても仕方がないと思い直す。
「情報感謝します」
ライアは礼を言う。
「そういう事だ。飯が済んだら、近くの村に行って宿を頼め。それからすぐに、この地域から離れるんだ」
スティーは、そう言って立ち上がる。
そして、そのまま食堂から出ていった。
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