昼 丘陵地帯 1


「――ひいゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ロマンチックに飛んだ気もしたけどそんな事は無かったぜ!


 薄れていた恐怖も、実際に空に身を投げ出してしまえばすぐに再発する。

 機内で感じた以上の爆風を全身に浴びながら、凄まじい速度で地面へ降下。わたしはただ叫んでるだけだけど、背中に感じるハウンドさんが上手いこと軌道を調整してくれている……はず。


「ふふ。トウミは悲鳴も可愛い」


 お世辞まで言ってくれた。お腹に回された両手の指先が風でぐっと押し付けられて、少し変な感じがする。


「――正面、見える?あの家に降りよう」


 やがてその言葉の通りに、数件の赤い屋根が見えてきた。緩やかな丘陵の頂点にぽつんと、低い柵に覆われた家々。辛うじて頭を縦に振れば、バックパック越しに感じていたハウンドさんの温もりが遠ざかる。

 焦って両腕を掴み、振り返れば、やはり彼女は小さく微笑んでいた。


「私がパラシュートを開いたら、トウミも続いて」


 自分の背中の方に繋がった引き紐を握らされる。パラシュートなんて使った事ないし、上手くできる気がしない。


「むむ、む、無理ですよぉっ!?」


「大丈夫。仮に失敗しても、初動降下は落下ダメージ無いでしょ?……ゲームならね」


 とても怖いことを言いながら、ゆっくりと手を離された。心の準備もできないうちに、そのままハウンドさんは離れて行ってしまって。


「まっ――」


 空中を泳ぐように、わたしの斜め前へ。あっという間に距離が開く。そして勢い良く、青い花がその背中に咲いた。


「ぅ、ぅぅっ……!」


 怖かったけど、だからこそ言われたとおりに、わたしも紐を引く。バサッという音と、体を上に引っ張られるような衝撃。同時に、顔を叩く風の勢いが弱まった。


 ただし、わたしにできたのはここまで。


「ちょ、これっ、どうっ……!?」


 進路の調整なんて適うはずもなく。優雅に降下するハウンドさんに対して、わたしはただ地面に近づいていくだけ。明らかに速度が落ちきっていない。


「――ひゃぁぁぁぁぁっへぶっ!」


 結局、わたしは丘の麓の草原に顔面からダイブする羽目になった。何故だか死ななかった。




 ◆ ◆ ◆




 丘を登って合流したわたしを、ハウンドさんは少し笑いながら褒めてくれた。「偉い。良く頑張った。流石は私の相棒」って。それですぐ嬉しくなっちゃうの、我ながらちょろ過ぎだとは思う。


 地に足付いた事で具体的に浮かんできた疑問の数々、それに答えるようにハウンドさんは、彼女の知っている事を話してくれた。家中を漁りながら。


「スタートはトウミと同じで、気が付いたら輸送機の中。ただ目が覚めた時点で、ある程度の前提知識は頭の中にあった」


 自分が[DAY WALK]内で犬飼 灯美に創造されたキャラクターである事。隣にいるのがその創造主だという事。これからキャラクター&創造主プレイヤーのデュオマッチが始まる事。そんな情報が当たり前のようにあって、だからこそキャラクターハウンドさん達は、最初から落ち着いていられた、らしい。


「じゃあ、これはやっぱり[DAY WALK]って事ですか?」


「そこが分からない。確かにゲームの内容とそっくりではあるけれど」


 この僅かな時間でも、ここが[DAY WALK]の初期マップ『ヴァストゲレアの大孤島』とよく似ている事は分かるし。ハウンドさんがわたしの脳内設定まで伴って目の前にいる時点で、現実味なんて無いに等しい。


 それに何より、視界の左下には私とハウンドさんを示すHPバーが、左上には周辺を映すミニマップが、右上には残り生存者数を示す94の数字が映っている。これで現実というのは無理があるだろう。


「……わたしが見てる夢、とか」


「その可能性も、無くはない」


 夢の世界の住人扱いされても、ハウンドさんは静かに頷くだけ。


「…………」


 家々の内の一件、台所の床にアサルトライフルが転がっている絵面はシュールですらあるけど。手に取ったそれの金属的な冷たさは、夢と言うには重過ぎた。


「……」


 この銃――AKMは程々の威力と反動で、色んな所に落ちていて扱いやすい武器だ……[DAY WALK]内においては。

 実銃としてのAKMなんて全く分からない。アサルトライフルという銃種の特徴すら判然としない。今手に持って、大きくて重たいという感想を抱く程度。


「試し撃ち、してみる?」


 リビングを物色していたはずのハウンドさんが、音も無く隣に立っていた。

 色々な意味でドキリとする言動。静かで、でも冷たくはなくて、心にすっと入り込んでくるような声音。銃への恐れはそのままに、でも気が付けば頷いていた。


「じゃあ、外で」


 手を引かれて家の外、柵の内側の庭のような場所に出る。

 柵の外に立っている木を狙い、手本を見せてくれたハウンドさんの構えを真似て。


安全装置セーフティを解除して、そう、後はトリガーを引くだけ」


 アイアンサイトを覗き込み、幹の中ほどを狙って、右手の指に力を込める。



 ドガガガガッ!!


「ごぉっ!?」



 反動で跳ね上がったAKMで、鼻を強打した。

 もの凄く痛い。絶対骨折れた。思わず銃を取り落とし、鼻を抑えながらしゃがみ込んで――


「――あれ?」


 なんともなかった。

 いや、もの凄く痛いけど。でも鼻は、折れるどころか出血すら見られない。


「くっ……ふふっ……」


 ハウンドさんもよう笑っとる。


「どうやら……ふっ……反動で鼻を打っても……ふふ……ダメージは無いみたい」


 さっと銃を拾って安全装置をかけるハウンドさん。言葉通りHPは全く減っていなかった。そもそも降下の時に顔面ダイブしても傷一つ付かなかった事を、今更ながら思い出す。


 澄まし顔に戻ったハウンドさんに手を引かれて、再び屋内へと戻った。ちらりと見た木の幹には、当然ながら一発も当たった形跡なし。


「――さて、と」


 とにかく、銃器がわたしには過ぎた代物だというのは痛いほど理解できた。こんなもの狙って当てられる気がしないし、まして銃撃戦だなんて――


「トウミ」


「ひゃぅ」


 思考を遮るように、気付けばハウンドさんと向かい合わせに。扉と挟むようにして、逃げ場もなく体を寄せられる。こんな状況ですら、その顔に視界を覆われれば、心臓は再び高鳴り出していた。


「……」


 そのままハウンドさんは、わたしの右耳へと唇を近づけていく。何をされようとしてるのか想像も付かず、ただ身体はその行為を受け入れるように強張ってしまって。


「――」


 やがて、耳に触れるか触れないかってくらい近くで、ハウンドさんの唇が小さく蠢いた。

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