FIRST DAY

昼 輸送機内


「――んぅ……はっ!?」


 で、気が付いたら輸送機の中にいた。

 ハリウッド映画とかで軍隊がパラシュート降下するときに乗るような、お尻のところが開く大きなプロペラ機。


 何ですぐに分かったかと言うと、左右にずらっと都市迷彩服を着た男女が並んで座ってるこの光景に見覚えがあったから。さっきまでやってたはずの[DAY WALK]のゲーム開始時、戦場へ放り込まれる時の画面そのまんま。

 違う点といえば、これがPCの中じゃなくて、どうもわたしの目の前で起こってるように見える事と、それから――



「――トウミ、起きた?」



「ひゅっ」


 横から、恐ろしいくらいの美人さんが顔を覗き込んできたこと。


「会えて嬉しい。貴女と、言葉を交わせる事も」


 きっと普段は涼しげに細まっているんだろうアーモンドアイに、何か大きな熱を灯しながら。雪のように白い頬を僅かに上気させて、額がくっ付いてしまいそうなほど近く、いや本当に近い、危険域な近さだ。


「……ぇぅ……」


 近過ぎるそのお顔と灰色の髪に動揺して、返事すらままならない。黒く染められたひと房が視界の端でさらりと揺rエッチ過ぎる。


「トウミ、緊張してる?私が誰か、分かる?」


 静かだけれど、さらりと耳に入り込んで来る言葉。機内の喧騒を全て退けて鼓膜を優しく撫でる、私が想像していた通りの声。誰だか分からないはずもない。


「は、はうんどしゃん……」


 口からへにゃっへにゃな声が漏れた。


「うん、ハウンド・ドッグ。じゃあ、ここはどこか分かる?」


 小さく微笑んで――死ぬかと思った――から、ハウンドさん(仮)が身を引く。再び見えた光景は[DAY WALK]での降下直前の様子、なんだけど……



「おいどうなってんだよこれっ!?」


「まあまあ、落ち着きなよ」


「何!?拉致!?ここどこ!?何で飛んでるの!?」


「めんどくさ。あたしの創造主ヒステリック過ぎんか……?」



「……えっと、集団ドッキリ?とかですか……?」


 見た感じ、機内の人たちは二種類に分けられた。わたしみたいに混乱している方と、ハウンドさんみたいにそれに話しかけてる方。ゲームの再現ドッキリ~、みたいなものだろうか。


「ふふ、確かにそう思っても仕方ない。でも、違う。ほら」


 隣に座ったハウンドさん(仮)が、腰に下がったホルスターを叩いた。[DAY WALK]の初期装備、グロック17。次いでその手をわたしの右手に当てがって、優しく誘導していく。

 指は細いけれど、皮膚は少し分厚く硬くなっている手のひら。銃を扱っていればそうなるかなって想像していた通りの感触に、心臓がひと際大きな音を立てた。ドキドキしてるのはさっきからだけど。


 このハウンドさん(仮)は何者なのか。ゲームでは再現できない声や指先の設定まで完璧だし、ただのコスプレイヤーというにはわたしの妄想にコミットし過ぎている。

 ……とか考えている数秒の内に、ハウンドさん(仮)にいざなわれた右手は、わたしの右腰に下がっていた物に辿り着いて。


「ひっ」


 ホルスターの隙間から感じるプラスチックの感触。視界に映るハウンドさん(仮)のそれと全く同じものがあるという事実が、指先を通して伝わってくる。


「これ、お、オモチャ、ですよね……?」


「どうかな?撃ってみたら分かるかもね」


 笑えないジョークだ。でも冷静に見えて時々、こういう洒落にならない冗談を口にするのもまた、わたしがしていた妄想の一つ。


「私から言えるのは――そろそろ降下の時間で、私とトウミはデュオって事」


「でゅ、デュオなんてそんな……わたし、ソロしかやったこと無いのに……!」


 そこじゃないだろって、頭の片隅でセルフツッコミが入った気がする。もっと気にするところがいっぱいあるだろって。

 だけど、実物なんて見た事も無いわたしにすら否応なく「本物」と分かる銃の感触に、ドッキリという一番現実的な落とし所が否定されてしまった。


 それに何より。


「大丈夫、私とトウミはきっと一心同体。でしょ?」


 隣にいるハウンドさん(仮)が、紛れもなく本物のハウンド・ドッグなんだって。握ったままの手のひらから、何故だか確信めいた熱が伝わってくる。


「わ、わたし――」


 ごうっ!!と。


 言葉が、豪風にかき消された。見れば左側、輸送機後方のハッチがゆっくりと開かれ、青空が大口を開けていく。逸るように誰かが立ち上がり、隣りで怯えている誰かを無理矢理に立たせた。首根っこを掴んで、ハッチの前まで引っ張って行って。



「よし、行こうか」


「ちょ――」



 最初の一組が、飛んだ。



「ひぃぃっ!?しぬっ、しぬっっ!!」


「死なない為に飛ぶんだろうが。馬鹿かお前」


「やあぁだあぁぁ!!」


「駄々こねんな。ほら、行くよ――」



 次いで、どんどんと。

 泣き叫ぶ、恐らく私と同じ側の人を、この状況に疑問を抱いていない側の人が引っ張って、次々と輸送機から降りて行く。


 一つの輸送機にはプレイヤーが二十人、デュオなら十組。五機が並んで飛んでいて、一マッチ百人の生き残り戦。混乱しきりなわたしの脳みそは律儀に[DAY WALK]の仕様を思い返し、その間にも一ペアまた一ペアと機内から人がいなくなっていく。


 気が付けば残りは、わたしたちを含めて三組。


「さ、私達もそろそろ降りないと」


 ハウンドさんが優しく、エスコートでもするみたいにわたしの腰に手を回した。あまりにも自然な仕草に釣られて、身体が勝手に立ち上がり。一歩後ろに彼女を感じながらハッチの前まで。


「ひぃ……」


 下、陸地が遥か彼方にある光景を見て正気に戻ってしまう。体験したことのない冷たさに怯えて回れ右をしたら、またハウンドさんと至近で見つめ合う形になった。


 さっきも感じた胸の高鳴りと、それに勝ってしまった恐怖まで見透かすみたいに。もう一度小さく微笑むハウンドさん。


「大丈夫。ギリギリまで抱いてるから」


 って事は、最後には一人になっちゃうんですか!?


 なんて叫ぶより早く、正面から抱きしめられる。ふと香ったのは火薬の匂い……だというのに、まるでイランイランのアロマオイルみたいに、わたしの心を静かに高揚させて。消せはせずとも不安は和らぎ、この人と居れば大丈夫だと思えた。


「行こう、トウミ」


 豪風にも負けず耳元をくすぐった吐息に、ついハウンドさんを抱きしめ返してしまい。一瞬あとには、折り重なって空中に押し倒された。

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