ミサンガって切れたら願いが叶うんだってな

水神鈴衣菜

贈り物

「なあ、大翔たいが

「ん、なに」

「プレゼント」

「どうしたんだよ急に……誕生日なんて二ヶ月前に済んでるぞ」

「いいんだよ、俺があげたいだけなんだから」

 そう言って悠良ゆうらから渡されたのは奇抜でなく柔らかな黄緑のミサンガだった。真ん中の方が緩く膨らんでいて、膨らみの端にはビーズがついている。

「ミサンガ? なんだってこれなんだよ。女子みてえ」

「俺がお前のために頑張って作ったんだぞ? ぶつくさ言うなよー」

「はいはい。本当に今日はどうしたんだか」

 いつもの帰り道に投げ込まれた、ミサンガという違和感。そこから、俺たちの間には絶えず波紋が広がっていたのに、俺は全く気づいていなかったのだった。


 * * *


 俺たちは小学校からの腐れ縁だ。俺が小三の時に引っ越してきて、最初に話しかけてくれたのが悠良だった。──なぜこの話を覚えているかというと、悠良がよく持ち出してくるからである。中学とか高校で、お前ら仲いいなと言われた時の決まり文句で、たびたび聞かされるため俺もすっかり覚えてしまっているのだった。


 とりあえずもらったものに返さないのもなんだかな、と思うので、俺も悠良と同じく頑張って自分でミサンガを作ってみようと思った。色はあいつが好きな青。家にミサンガキットみたいなものを買って帰った時は、母に珍しいと言わんばかりの顔で見られ、妹には直接言われはしなかったが何があったんだろうと不安そうな顔をされたのだった。

「……さて」

 説明書を見ながらキットを組み立て、糸を伸ばす。何も分からないながらやってみると、意外と簡単だし楽しい。なるほどこういうものを作りたがる女子の気持ちが分からなくもない。楽しいのだ。

 果たしてミサンガを作り終わったのだが、悠良がくれたような真ん中が膨らんでいるような形には一切できなかった。どんな作り方をしたんだろうと不思議に思いながら、あいつは意外と手先が器用だったなと思い出す。裁縫の授業だとか、調理実習だとかでも大活躍だった。言葉遣いこそ俺みたいに雑であるが、そういう所はなんとなく女子みたいだなと昔から思っていたのだった。それが悠良という人間であるのだから否定もなにもすべきでないのだけれど。


 次の日、俺がミサンガをもらった時のように俺は悠良を帰り道で呼び止めた。

「悠良」

「なんだー?」

「俺もミサンガ作ったんだ」

「え、大翔が? まじかよ」

 そう言いつつ笑う悠良に、確かに俺らしくなかったかもしれないと少々恥ずかしさが募る。でもせっかく作ったのだからとポケットから青のミサンガを取り出す。

「はい」

「ありがと、なんかこうやって物もらうの久々かもな」

「誕生日とかも『おめでとう』って言うだけだもんな」

「だなー。お前どこに付けてんの?」

「手首だけど」

「そっか、じゃあ俺も手首に付けよっと」

 そう言って悠良はなあ結んでとこちらに腕を突き出してきた。ええと思いながら仕方ないので結んでやった。

 結んでやっていると、悠良がなあなあ知ってるか、と改まって聞いてきた。

「何を?」

「ミサンガって切れたら願いが叶うんだってな」

「へえ。それは作ったやつの?」

「持ってるやつじゃね? そこは知らん」

「そこが一番大事だろ普通」

「どっちのも叶うんならいいな、二人分の願いの効力あるもんな」

「……確かに?」

「お前の願いが叶うように願っといたから」

「さすがにそれは嘘だろ」

 そう言った俺の声に、悠良は曖昧に笑った。


 二ヶ月ほどは何事もなく過ぎていたのだが、ある日家でスマホをいじっていると、いつもあった感触が左の手首から消えていることにふと気づいた。しかし、どこにいったかと探す間もなく俺のスマホが着信を伝えた。今どき電話とは珍しい。画面を見ると『今垣いまがき悠良』とあった。──悠良だ。

「もしもし悠良? なんで急に──」

『も、もしもし大翔くん?』

 聞こえたのは聞き覚えのある女性の声。なぜか焦った声であった。

「悠良のお母さん、ですか」

『ええ、急に、ごめんね』

「……どうしたんですか」

『その、急に変なことを言うけれど、悠良が、事故にあって』

「……は?」

 思わず失礼に聞き返してしまったが、これ以上の反応はできなかった。頭から思考が奪われる。電話口の向こうでは俺に対していろいろと説明をしているのであろう声が聞こえる気がするが、頭は全く理解を忘れている。

「悠良は、無事なんですか」

 絞り出した声は思ったよりも冷静だった。

『……、本当に、ごめんね……』

 そう言われて、なんとなくその先が分かった。

『即死、だった、って』

 予測できていたのに、改めてそう言われるとショックで息が漏れた。無言で通話を切って、スマホをベッドの上に放り出す。

 頭が痛い。


 なにもしないまま時間が過ぎた。いつの間にか日が暮れ始めている。腫れぼったいまぶたを押さえ、細く長くため息をついた。

「……ミサンガ」

 あれはあいつの遺品みたいなものだ。探さなければ、無性にそう思った。そう思って周りを見回すと、すぐそこの足元に落ちているのが見えた。結んだところの反対側が切れて、ミサンガの中に紙が入っているのが見えた。俺はミサンガを拾い上げて、中の紙を取り出し開いた。

「『大翔へ』……俺への手紙か?」

 手紙の内容は以下の通りである。

『大翔へ。急にミサンガなんて渡してごめん。こんな形で伝えるしかなかった。二ヶ月後くらいに俺が死ぬことが分かって、急遽これを作った。なんで分かったのかとかは上手く説明できないんだが、天啓みたいに知ったと思っといてくれ。とりあえずここで伝えたいのは、俺はお前が好きだってことだ。いつ見るかは知らないが、俺の気持ちがお前に届きますように』

 ──そう、ミサンガは本当に、悠良の願いを叶えたのだった。彼の命の終わりと共に。

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ミサンガって切れたら願いが叶うんだってな 水神鈴衣菜 @riina

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