第3話ダイヤモンド

 車のドアを開ける。

 運転席に滑り込んで、俺はハンドルを握る。

 隣には、助手の香奈がいる。

 香奈はこれから仕事に行くっていうのに、無駄におしゃれをしていて、自意識が強い。髪型をショートボブにして、少しブラウンに染めている。ネックレスからほのかに漂ってくる官能的な香り。それで、言葉の端々に、ハサミで切り裂くようなきつさを感じる。

「だからさあ、この間もらったばかりのダイヤのネックレスがね」

「ああ、あれか。三十歳上のじいさんから、送られたっていう」

「そうなの」

「すぐに質屋にいれたんだろ」

「ちがうわよ」

 俺は横目で、香奈をちらっと見た。

 つぶらな瞳。目を細めて、緩やかな落ち着き。

 眉は少し吊り上がり、口元には小ばかにしたような笑みが浮かんでいる。場違いなピンクの口紅。アンバランスな小悪魔。

「捨てたの、きもいから」

「それで、どうしたんだ?」

「まあ、どうだっていいんだけれど」

 車を一時停止して、信号を待つ。

 赤から青になった瞬間、一気に加速する。

「わ!」

 と香奈が驚いたように、発して、俺は、鋭い視線で前方を睨む。

 十字路を一瞬、一台の暴走車が走り抜けていった。

 俺は、無意識に「何か」を察した。

 サイドミラーを見た。

 冷静に安全を確認しつつ、追う。追いかける。

 黒い車体。

「ちょっと、依頼はどうするのよ?」

「……」

 無言で、俺はさらにアクセルを強く踏み込む。

 ナンバーに見覚えがあった。

 風が唸るような勢いで、スピーディーに、走る。黒い車は、道路を突っ走り、追跡を逃れようとする。

 車線上の車を巧みにかわしながら、俺はハンドルを操る。こう言った。

「何でもいいから、曲をかけてくれ」

 香奈は、ちっと舌打ちして、スイッチを押す。

 速いジャズが流れた。

 トランペットの音が鋭く、切り裂くように、つきぬける。

 テナーサックスがかぶさるように、乗る。エレキギターがわめく。

 ピアノの主旋律が、細かくちりばめられた宝石のきらめきのように鳴ると、一瞬の間をおいて、フュージョンのような意識の覚醒。俺は急ブレーキを踏む。

「うあ!」

 と香奈が叫んで、俺は、シートベルトを外し、車外へ、飛び出すように出て、見つけた。

 白い品のよい三毛猫だ。

「本当に咲人って、ばかね!」

 と香奈も降りてくる。

 三毛猫はひどく興奮していた。

 手を伸ばすと、前足で、俺の手を一掻きしてきた。

 構わず、抱き上げる。

 三毛猫の興奮がおさまり、体温が伝わってくる。柔らかいふわりとした毛並み。少し、すえたようなにおい。

 頭を撫でてやると、すっと力が抜けるのが感じられた。

首輪を見る。

 よく見ると、きらきらと光っている。

「ちょっと、まって!」

 香奈の眼の色が変わる。

「それって」

「何だよ」

「ちがうわよ。見おぼえがある」

 とそう言ってから、香奈はスマホを取り出し、検索した。

「ほら、これ!」

 香奈が、スマホの画面を目の前に持ってくる。

俺は画面と首輪を見比べる。

見たこともないようなきらめきを放つ見事にカッティングされた円錐形の大粒なダイヤモンド。輝き。

ぎょっとした。

首輪ではなく、ネックレスだった。

ネックレスは時価総額、五億円のものだ。

香奈がいたわるように、三毛猫を撫でてやり、ネックレスを取ってやる。

太陽がダイヤモンドに映りこむ。

反射する。眩しさに目を逸らすほどに、気分が高まる。

三毛猫が逃げていく。

 俺は車に戻ってから、冷静に安全確認をして、瞼の裏に焼き付いたナンバーを確認するまでもなく、記憶していた。

 不吉な血のにおいが漂うようだ。まるで、鉛の塊を口に突っ込まれたみたいだ。

 悪い事件に巻き込まれたと、俺は直感した。

 鳥肌が出る。

 きわめて危険な、スリル。

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ブルーセックス&マネーアンライト 鏑木レイジ @rage80

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