第2話キースジャレットと月影

 孤高。

 煙草を口にくわえた。

 夜空の下を歩いている。

 静かな時。

 俺は、ウォークマンで、キースジャレットを聴いている。

 不意に星空が、落ちてくる。メロディに乗って気分が高揚する。

 忙しない昼間。

 女の顔が浮かぶ。

 俺は、アイフォンを開き、依頼のメールをチェックする。

「あなたに頼みたいことがあるの」


「あなたお金持ち? ちょっとしたトラブルなの」

 静かに席を立ち、カクテルを、飲む。

 その姿がフラッシュバックした。

 女はセックスがトラウマになっていると言っていた。

 夜道を歩く外灯の下で、俺は立ち止まり、月を見上げる。

 そして、女の声を思い出す。

 透きとおるような魅力のある声音。

 

 声が、耳元でする。

 抱き合い、反復する、喘ぎ声にまじって聴こえてくる恋の夢。

「愛してる?」

「ああ」

 二人で落ちていく感覚のまま、いった。

 絶頂を迎えた。

 

 依頼の内容はこうだった。

「組織に追われているの。よくわからない。でも、あなたなら何とかしてくれると思うの」

 俺は、煙草をくわえながら、アイフォンをスクロールして、目で文字を追っていく。長い。

 一瞬の時を生きている、俺は、自由を愛する詩人のように、夢を追った過去があった。

 麗華。

 愛の果てに、たどり着く、歌。

 また、詩が読みたくなったけど、詩人であった頃の自分はもういない。

 アイフォンを黒いオーバーコートのポケットに入れて、煙草の火を消す。

 フラッシュバックするように、過去の女の顔を思い出す。

 一人だ。

 俺が本気で愛した女はただ一人。

 ストレンジャー。

 そう、俺はいつの間にか、ストレンジャー、街のよそ者、そんな感じで、アウトローの世界に戻る。

 麗華に意識が向いている。

 依頼の最後の文字にこうあった。

「本気で付き合いたい」

 

 フラシュバック。

 そのまま、落ちていく。

 女は、何度も絶頂した。

 体は嘘をつけない。

 俺は、後悔を感じた。

 唯一愛した女の、幻影を追っていた。

 聖なる女性。

 希望。

 与えてくれた。

 公園を通り抜ける。

 そして、公衆便所に入り、用を足し、口笛を吹く。

 夜の口笛吹き。

 ウィリアム・ブレイクの言葉がふいに去来する。

 そのまま、口笛に乗る、ブレイクの詩句。

 呟く。

 依頼はこうだ。

「私を守って。組織から。お金は一億払う」

 星空麗華とグーグルで検索する。

 すると、こうヒットした。

「世界最高の歌姫、星空麗華は暗殺予告を受けている」

 俺は、煙草にまた火を点け、深く、吸い込む。

 ふうっと吐き出し、ストレンジャー。

 俺はショートメッセージを送る。

「守ってやるよ」

 そして、くわえ煙草で、公園を抜けて、自販機で、ブラックコーヒーを買う。

 缶だ。

 蓋を開け、煙草を足でもみ消し、ブラックコーヒーを、ごくごく飲む。

 目が覚める。

 少し、手が震えている。

 かまわない。

 俺は、依頼を受けた。

 ジャスミンの香水をふった女を、守れなかった過去の恋人をいまでも、引きずっている。

 

 星空麗華。

 違った香水

 俺は泣いた。

 星空が高く、女は、もう、いない。

 そして、夜空を渡っていくように、横断歩道を渡っていく。

 静寂、夜明け。

 街は眠っている。

    

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る