第15話 この状況、大丈夫ではなくない?

「いや、あんまり大丈夫ではなくない?」


 放課後、人の減った教室でノートを開きながら私はひとりごちた。

 このところの自分の行動を思い返し、ふと感覚が麻痺していないかと思ったのだ。

 みんなに特別視され注目されている相手と、四六時中一緒にいて、気安い関係になって。今だけだから大丈夫、なんて済ませて本当にいいんだっけ?


「リサ。今日は居残り?」

「うん、少しだけ課題が残っていて」


 シーラの問いに頷くと、ケイやクリスティーヌも寄ってくる。


「珍しいわね。それなら、久しぶりにゆっくりお喋りできるかしら」

「最近は、お昼も放課後もすぐ貴族棟の方に行っちゃうしさ」

「もしくはアンリ様についてこっそり情報収集だよね。アンリ様のウィンクルムになる不安は少しは減った?」

「うん……シーラ達に噂を色々と教えてもらったおかげで、前よりは」


 アンリによくない気持ちを抱いている生徒について調べるため、三人には「アンリ様のウィンクルムになるにあたって、いろいろと不安だから」という理由で生徒の噂を聞き込んでいた。


「これだけ気に入られてるんだから、不安がることなんてないと思うけどな」

「ケイの言う通りね。最近のリサはずっとアンリ様に独占されて、私達とお喋りする暇もないくらいだもの」

「あ……」

「もう、クリスティーヌ……リサが困っちゃうよ」


 独占……。

 私ってもしかして、アンリ様に囲われてるみたいになってる?

 いやいや、あのアンリ様が私を囲うっていうのは厳密には語弊があるだろうけど……でも第三者から見たら、そうなの?

 え、ちょっと待って。それってまさに私が警戒すべき関係性の、当事者に当たる立ち位置で……。えええ?


 そんな若干の混乱を抱えつつ、課題を終わらせた私は生徒会用のサロンに向かう。

 今日は鐘塔ではなく、アンリにそちらに呼び出されていた。大事な用があるって言ってたけど……。


「そろそろ、夏季休暇前のダンスパーティーの準備に本格的に取り掛かる時期だ」


 私はなぜか、生徒会の人達と一緒にそんな説明を受けていた。


「来週の試験期間が終われば、そう経たない内に夏季休暇に入る。終業式の日の夜に行われるダンスパーティーは生徒会が取り仕切ることになっているんだ」

「……そ、そうなんですね」


 途中から私への説明だと気付き、慌てて頷く。


「分担して、飲食物、楽団の手配、当日のセッティングについてや流れを決めていきましょう」


 レベッカ先輩が用意していたらしい紙を配る。……私にも。

 アンリを見ると、にこっと微笑まれる。


「リサにも手伝ってもらおうと思ってるんだ」

「私、生徒会のメンバーじゃありませんけど……」

「生徒会のお手伝い、だよ。ミリアと一緒に当日の給仕について使用人と話をしてきてほしい。最初の乾杯のジュースは生徒会が毎年こだわって手配するから、その相談も」

「リサ先輩、一緒に頑張りましょうね!」


 ミリアが、胸の前で両手の拳をぐっと握って見せた。

 あ、わかった。そういうことか。


「そのついでに、あの温室にケーキを運んだ時の経緯について私なりに調べても問題ありませんよね」


 パーティーの準備の裏で、毒入りケーキの手がかりを探してきてってことだよね。


「ああ……うん。もちろん、君の自由だね」

「任せてください」

「なんだか落ち着かないな。やっぱり、そんなに丁寧に話さなくてもいいよ」

「けじめは大事だと思います」


 いきなり何を言い出すのかと焦る。

 二人きりのときに気安く喋っていることは他の誰にも言ってない。生徒会の人にも言わないでおいてってちょっと前にアンリに頼んだのに……!


「じゃあ、他の分担だけど――」


 その後も説明は続き、終わるといくつかの連絡事項が伝えられて解散となる。

 今日はアンリは鐘塔に行くのかなと様子を見ていたら、トウリ先輩がアンリに生徒会のことでいくつか質問をしている。エリックとメグも順番待ちしている風だ。

 ダンスパーティーの準備にとりかかるのは明日からだけど、私もミリアと少し打ち合わせをしておこうかな。

 そう思っていたら、レベッカ先輩に「少しいい?」とそっと廊下に連れ出された。


「どうかしましたか?」

「リサ。無駄だと思うけれど、一応言っておくわね。あまり彼に深入りはしないで」

「それはどういう……」

「アンリは生半可な気持ちで近づいていい相手ではないということよ」


 いつもおっとりと優しく微笑んでいるレベッカ先輩だけど、今は少しも笑っていない。


「最近、ずっと一緒にいることが多いでしょう? あなたが彼のウィンクルムだとしても少し多すぎる。もう少し節度を持って距離を――」

「あ、よかった。リサ先輩、まだいた!」

「……ミリア」


 困ったようにレベッカ先輩が目をやったのは、生徒会用サロンから出てきたミリアだ。


「もう寮に戻っちゃったのかなって焦っちゃいました……って、あれ? ああっ、ごめんなさい! もしかして大事なお話し中でしたか?」

「いえ……もう済んだわ。リサ、私の忠告のこと、忘れないで」


 そう言い残して、レベッカ先輩は部屋の中へ戻っていく。代わりにミリアが出てきて私の隣に並んだ。


「レベッカ先輩、あんな言い方しなくていいのに」

「もしかして、全部聞いていたの?」

「リサ先輩を追いかけようとして扉のとこに立ったら、廊下の声が少し聞こえてきちゃったんですもん。だから邪魔かなあと思いつつ、声をかけちゃいました」


 ミリアが出てきたのは助けるためだったらしい。


「気を遣わせたのね。ありがとう、ミリア」

「そんなことより、問題はさっきの忠告ってやつです。私が言うことじゃないかもしれませんけど、あんまり気に病まないようにしてくださいね?」

「……うん」


 アンリにとても近い場所にいる人からの忠告。

 ミリアは励ましてくれたけど、気にしないでいるのは……無理だ。

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