言いがかりで婚約破棄（まだ婚約してないのに？）されてやさぐれてたら、侯爵家の令息に気に入られて溺愛され始めました

第16話 好き勝手言われていますね

　次の日から、放課後はミリアと一緒に生徒会業務に励むことになった。

　といっても毎日毎日仕事があるわけではない。必要な資料とか段取りの計画書はすでにできていて、最初に使用人の代表と少し長めの打ち合わせをするくらい。あとは必要に応じて細々した確認をして、他の生徒会メンバーとの連携のために記録をつけておく。それも主にはミリアの役目で、あくまでお手伝いの立ち位置の私はその補佐。

「では、給仕の数と担当はこのような形で人を用意いたします」

　学園の校舎にある小さな空き教室の一つで、私とミリアは使用人の一人と最初の打ち合わせをしていた。

　ダンスパーティーの簡単な流れとこちらの要望をまとめた紙を渡し、あとは最初の乾杯用ジュースについて、生徒会で事前に決まっていた要望を伝えて補足説明する。

　想像よりすんなりと話は進み、区切りがつくと使用人の女性はほうっと息を吐いた。

「特別エリアに出入りされる方々って、どうしても緊張してしまうのですが……来てくださったのが、お二人でよかったです」

　ほっとした顔の使用人に、ミリアが「えへへ、そうですか？」と嬉しそうにする。

「乾杯用の飲み物については、予算内でできるだけいいものを用意できるよう、出入りの商人をせっついておきますよ」

「やったあ！」

「期待していますわ」

　ウィゼンズ学園では、制限のある中で生徒達自らが試行錯誤するというのも方針らしく、学園主催以外の行事については与えられた予算内でやりくりする。

　こうして使用人といい関係を築いていろいろと融通を利かせてもらうのも、勉強の一つということかな。

「実は……パーティーの乾杯用にするには量が用意できないのですが、先ほど街の商人がお試しにと持ってきた少しいいジュースがあるんです。よければお二人に味見をしてもらいたいのですが」

「いいんですか？　私達、ついてますよ。リサ先輩」

「ええ、本当ね」

「すぐにお持ちいたします」

　そう言って私達より少し年上の使用人が席を外した。

「先輩って、人好きする人なんですかね？　すごく好意的な態度ですよね」

「それはミリアでしょう？」

　生き残るために……と言ったら大げさだけど、初対面から当たり障りなく交流する術は叔母を見て学んでいる。だから何か理由がない限り、特別嫌われることは少ないと思う。

　でもミリアは嫌われないんじゃなく、かなり好かれていた。そう指摘すると彼女は照れ隠しのように俯く。

「そう見えます？　へへ……。でも、大したことはしてません。たぶん私が庶民の出だから接しやすいんじゃないかな」

「それだけじゃないと思ったけどな」

「先輩は元から上流階級の人ですけど、使用人や私みたいな庶民の出の娘相手と話すのが本当は嫌だって思ったりしませんか？」

「思わないわ。そもそも上流階級といっても私の家はそう大きくはないし……。それに上流階級の集まりより、街で知り合った相手とのほうが話しやすいことが多かったから」

　上流階級同士の付き合いも悪目立ちしない程度にはこなしてきた。踏み込み過ぎず、踏み込ませすぎず。いつもこちらから神経を研ぎ澄ませながら距離を取る。

　その点、街で知り合う人達は気安くても、上流階級の娘である私相手にどこか一線を引いていた。人によっては寂しいことだろうけど、私にとっては逆にそのほうが安心できた。

「ふうん。先輩って変わった人」

　ふふっと笑うミリアに嫌な感じはない。

「そうだ。こんなにゆっくりしていて時間は大丈夫なんですか」

「なんの時間？」

「だって、ほら、放課後はいつもアンリ様と会ってるじゃないですか」

　そうか、生徒会の一員だしミリアも知ってるよね。

「しばらくは、なしになったの。ほら、生徒会の仕事もあるし試験期間にも入るから忙しいし、空いた時間は勉強に充てようってことになって……」

「へえ。アンリ様、よく承諾しましたね？」

　……鋭い。

「説得したわ。お昼休みに」

　告白すると、ミリアが「ええっ、見たかった！」と面白そうに声を上げる。

　これについては、渋るアンリを私が押し切った形だ。

　理由はミリアに言ったことも当然ある。でも本当は、最近アンリとの距離が近すぎたって冷静になったのが大きかった。

　だって……。

　アンリが私を独占してるように見えてる？

　レベッカ先輩が忠告するほど？

　あれだけ警戒してきた危険な関係性の、まさに当事者になっているんじゃないか疑惑。改めて第三者に指摘されてみると、いろんな意味でちょっと自分が信じられない。誰かと軽率に仲を深めているのも、そもそもそんな中心の立ち位置になること自体も。

　これから私とアンリの関係絡みでなにかが起こる可能性がある？　経験則でいうと、アンリがおかしくなるか、私達を見たアンリに傾倒する第三者が事件を起こすか――。

　警戒すべきは第三者だろうな。

　いやだって、アンリは違う。確かに少し疑った瞬間もある。だけど人に指摘されてみると、そこまでじゃないよって言いたくなってくる。他の人より仲のいい人ができるくらい誰だってあるし、だいたい、私に執着する人なんてこれまでいなかった。たまたま、アンリにしては珍しいから大げさに捉えられているだけじゃない？

　そして私のほうにしたって、彼のことは別にただの……。

　ただの…………？

　………………。

　と、とにかく！　もうちょっと今までの慎重さを取り戻したほうがいいのは確か！

　今の状況はなんかよくない。よくないものだってことは知ってる。経験から！

　誤解した第三者による事件はありえるし、そうした場合、たぶん私が狙われてアンリが巻き込まれるんじゃないだろうか。そんなのはごめんだ。

　ただでさえ彼は毒入りケーキの犯人に狙われているのに。

　ここでさらなる事件なんていらない。

　ジュースを味見したあと、私とミリアは一度生徒会用サロンに戻ることにした。今日の打ち合わせについて簡単に報告しておくためだ。

「最後に聞いていたのって、毒入りケーキの調査に関係することですよね？」

　貴族棟への渡り廊下を歩きながら、ミリアに尋ねられる。

　さっき使用人に、厨房から温室にケーキを運ぶ時の手順について軽く聞いたことを言っているのだ。

「うん。どんなルートを使ったか、自分でも歩いて確かめてみようと思ったの」

「私もお付き合いしていいですか？　調査って何をすればいいかわかんなくて」

「ちょうどいいし、そのルートを通ってからサロンに戻る？」

「はい！」

　貴族棟に入ると、私達は自由に使える談話室の一つに向かった。

　あの日、使用人は一度で二か所にケーキを運んだ。貴族棟にある談話室と、隣接する庭園にある温室だ。

　渡り廊下から建物に入った使用人は、まずは談話室に向かい、ケーキを運ぶワゴンを廊下に止めて部屋の中に入った。

　特別エリア内で、一番長くケーキから目を離したのがそのタイミングだったらしい。

　問題の談話室に向かうと、閉めそびれたのか少し扉が開いていた。使用中なら引き返そうかと思いながら近づいたところで、中から声が響いてくる。

「まったく。リサ・ヒースは調子に乗っているな！」

　びくりとして扉の前で固まってしまった。

「アンリ様の傍に侍るのが、あんな平凡な女とは嘆かわしいよ。あの方と並ぶにふさわしいというなら、やはり光魔法を使えるミリア・シャロームなんじゃないのか？」

「だよなあ。庶民というのは引っかかるが、光魔法を使えるというのは特別だからな」

「その通り。アンリ様はリサに騙されているんだ」

　……最後の、エドモンドの声だ。

「エド、別にいいじゃない。リサ・ヒースのことなんかもう放っておきましょうよ。きっと彼女、私達の仲を邪魔できないからアンリ様に縋っているだけよ。気にしたら負けだわ」

「いや、しかしアンリ様の周りをウロチョロするのは止めた方がいいんじゃないかと思うんだ。あんなつまらない人間が……。そのせいで僕達の印象まで下がってしまった」

　運の悪いことに、中にいるのはエドモンドとその取り巻き、それにキャサリンのようだ。

「庶民のミリア・シャロームも大概だとは思ったが、地味なリサ・ヒースよりはマシだったな」

「ああ、本当に」

　その言い方、ミリアのことも微妙に悪く言ってない？

　心配になっておそるおそる隣を見たら……。

「えっ？」

　ミリアは俯いて下を向いていた。よく見たら小さく肩が震えてる……嘘、泣いてるの！？

　私は慰めるように彼女の背中を軽く撫でる。これで慰めになるかわからないけど。

「ミリア、気にしないで。あんな人達の言うことなんて無視して。あなたが泣く必要なんてないわ」

「先輩……！」

　突然、横からミリアに抱き着かれる。

　バランスを崩した私は、目の前の壁や扉に腕をつき、はずみで薄く開いていた扉を大きく開けることになってしまった。

「なんだ？」

「リサ？」

　廊下にいる私達に気付いたエドモンド達が驚き、そして嫌そうな顔をした。まあ当然か。

「やだ。聞いていたの？」

「聞くつもりはなかったけど、聞こえたの。今度から扉はちゃんと閉めてください」

　そう言ってさっさと扉を閉めようとする。……ミリアがくっついてるので、ちょっとやりづらい。

　そんな私にエドモンドが馬鹿にしたように言う。

「アンリ様に続いて聖女様にも媚びているのか」

「やめて、エド。その言い方は私だけじゃなく、アンリ様やミリアにだって失礼なのよ」

「うるさいな」

　彼は苛ついた様子を見せながら、足を組み替えた。

「まったく。上流階級とはいえ、ただの田舎領主の娘が爵位持ちの家の僕にたてつくなんて。マナーがなってない」

「身分に囚われぬ行動を。この学園の方針だわ」

「それよりも優先すべきは社会のルールだよ。そのルールで言うと、そこの娘だって本当はここには入れないんだがな。ああまったく不愉快――」

「そこまで言うなら、あなたも貴族らしい品をもっと持ちなさいよ！」

　あー、ここまで言うつもりはなかったのに。

　つい叫んでしまった。これでも歌を生業にしようとしている身。我ながら声が響いた……。

　おそらく大声に驚いたのか、エド以外が目を見開いている。この隙にさっさと退散しよう。

「では、お邪魔しました！」

　ばたんと扉を閉めて終了だ。

「ミリア、さすがに苦しい……」

　ずっとくっついたままだミリアに言うと、ようやく離れてくれる。顔をあげた彼女は……よかった、泣いてない、かな？

　確認するような視線になっていたのか、ミリアが照れくさそうに目元をこすった。

「えへへ、泣きそうだったけどリサ先輩のおかげで大丈夫でした」

「そう？　ならよかったけど……」

「それより先輩のほうが、いろいろと言われてたじゃないですか」

「エドモンド……さっきの彼とはちょっと前から揉めごとがあったのよ」

「それでも、あの人達酷いです。生まれた家がお金持ちで爵位があったら、好きに振る舞っていいみたいに」

「…………」

　なんと言っていいかわからず、私は黙る。

　さっきエドモンドが言っていた「社会のルール」とやらも、反発はしたいけど、実際にそういうものが存在するのも確かなんだよね。それで回っていることだってあるだろうし難しい問題でもある。

　私だって普段からそんなものは関係ないと貫いてるわけでも、貫けるタイプでもない……。さっきは勢い余って偉そうなことを言ってしまったけども。

「まあ、慣れてますけど。どこでもそうだから」

「え？」

「私、生まれたときから誰も味方がいなくて……身よりがいなくてお世話になってた教会で、住民の人達に憐れまれて蔑まれたりすること結構あったんですよ。それがこの学園だと、庶民だからって理由になっただけ」

「ミリア……」

「あっ、けど直接あそこまで言われるのは珍しかったかな」

　こてん、とミリアが首を傾げる。

「皆、基本は私に聞こえないと思ってるところでしか言わないんです。光魔法が使えるようになった私には、いい顔しかできないですもん。びっくりするくらいに」

「魔法――特に光魔法は特別なものだから」

　魔法が使える使えないというのは、例えば爵位のあるなしと同じく、相手の態度を簡単に変えてしまうものだ。

　言葉にしてまとめると滑稽で悲しいな。

　あ。同じ魔法でも闇魔法だけは相手の態度をマイナス方面に変えます。これも別の意味で悲しい。

「ふふっ。本当に……面白いですよね」

　そう言って、ミリアはくすくすと笑ったのだった。