第17話 嫌がらせと警戒レベル
「あの方に少し気に入られているからって、調子には乗らないでよ?」
クリスティーヌ達と一緒に廊下を歩いていたら、そんな声がかけられる。
一応振り向いて見ると、言った相手もこちらを観察してたみたいで目が合った。
「……っ!」
相手の女子生徒は若干気まずそうにふんと顔を背けると、一緒にいた子達と一緒に走るように去っていく。
「はあ……」
歩き出そうとすると、進行方向からやってきたたぶん一年生の男子生徒と肩がぶつかる。
「きゃっ」
「ああ、すみません。地味すぎて目に入らなかったみたいです」
「……は?」
「ミリア・シャロームなら目に入るんですけど」
「馬鹿! お前、そんなこと言ったら……」
なんだか苛ついた様子の男子生徒を、慌てた様子の連れの生徒が引っ張っていく。遠ざかっていく彼らの「まずいって」「本当のことしか言ってないし」というやりとりだけ聞こえてきた。
「はああ…………」
「リサ――」
「大丈夫。極端な人達が少数いるってだけだから」
……たぶん。
「さっきの生徒に文句を言ってくるわ。さすがに目に余りますもの」
「だめ、クリスティーヌ達まで敵視されちゃうわ」
「そんなこと構うもんですか」
「私が構うから!」
本当に追いかけていきそうだったクリスティーヌを慌てて止めた。
「あれくらいの嫌味なら放っておけばいいわ。今日はたまたま続いただけで、こんな日もあるわよ」
「そうは言っても……」
「消えてほしいとか死んでほしいとか、そこまで極端なことにはなっていないし」
「そ、そんなことになったら大事件ですけれど」
そう、大事件だ。
そしてそこまでの大事件に発展するのか否かが最重要事項だ。
私がアンリのウィンクルムになったことが完全に学園中に知れ渡り、かつ結構気に入られているらしいとあちこちで囁かれるようになった。
そしてそのタイミングで放課後は別行動するようになったせいか、ここのところちょくちょくさっきみたいなことが起こる。
彼らの言葉をまとめてしまうと、「物珍しさから一瞬は大層な寵愛を受けていたけど、すぐ落ち着いたし、どうせあの相手なら遠からず飽きられるから、さっさと身の程を知らせよう」ということらしい。
ということは、例えば完全にアンリの興味が薄れたようだって思われたらおさまってくれるのだろうか。
例えば……私がアンリのウィンクルムでなくなったとしたら。
たぶん私は元の地味な編入生に戻り、アンリとのことで誤解する生徒はいなくなる。よね?
「リサ。あんまり言いたくないけど、知らない生徒には気をつけなきゃだめだよ」
「アンリ様をすごく慕ってる生徒って多いから、怖いことされそうになったら逃げてね」
「逃げ足は速いから大丈夫!」
心配してくれるケイとシーラには明るく返す。
けど、アンリの指導生になるということを少々舐めていたかもしれないとは思っている。ここまでいろんな人から、浅く広くやっかみを受けるとは。
あれだけミリアがいろいろと言われていたのを見ていたのに、ちょっと考えが足りなかったかも。
あとは、なんだかんだとこれまでは叔母のおかげで面倒な立場をできる限り回避できていたんだなと改めて実感した。自分が当事者として経験したことって、自覚していた以上に少なかったんだな。
そんなことを考えていると、また私についてアレコレ言われているのが聞こえてくる。
「あんな子よりミリアのほうが絶対にいいわ」
「“神様”に似合うのは”聖女”でしょ」
少し前まで影口を叩かれていたミリアは、今度は私を下げるために持ち上げられ始めた。そういえばエドモンドの取り巻き達も言っていたっけ。なんとも現金なものだ。
もちろん、全員が全員酷いことを言ったりしたりするわけじゃない。現にクリスティーヌ達みたいに態度は変わらない相手もいるし。
「アンリ様に言ってガツンと注意してもらいなよ。今日もこれから一緒に昼食でしょ?」
「うん、まあ」
「珍しいですわね。貴族棟ではなく、一般生徒の使う食堂にアンリ様がいらっしゃるなんて」
「たまにはこっちで食べてみたいんだって」
放課後は別行動にしたけど、いまだに昼休みは貴族棟でアンリと過ごしている。
だけどどうしたことか、今日は食堂で食べると彼が言い出したのだ。毒入りケーキの犯人は捕まっていないから、料理はいつも通り、貴族寮でアンリのために作られたものが運ばれてくるらしい。
ちなみに私の昼食もアンリと同じものだ。ついでだからと二人分作ってくれている。
「アンリ様がいらっしゃるのは食堂の中の特別席だよね。階段上った先の。あんまり使っている人いないけど、アンリ様が来たとなったらみんな騒いじゃうだろうな」
食堂につくと、シーラが食堂の奥を見ながら言う。
そこには中二階に繋がる階段があった。その先は特別な色のネクタイを持つ生徒用の席がいくつか用意されている。
だけど本当に特別扱いを望む生徒は貴族棟に昼食を運ばせて食べるし、食堂に来る生徒は一階で友人と食べることがほとんどらしく、いつも閑散としていた。
「じゃあね、リサ」
「ええ」
クリスティーヌ達と別れて、初めての中二階へ向かう。
アンリはすでに到着しているらしく、階段下近くの席の生徒達は少しざわついていた。
そして当然、階段を上る私にも視線が向けられる。
……これってやっぱりまずい、よね?
いや絶対まずそうだしどうにかしたほうがいい。さっきの嫌がらせだって、小さなことだけどよくない兆候だって本当はわかってるでしょ。わかってるんだけど。
「よかった。来てくれた」
私に気付いて嬉しそうに笑いかけてくれるアンリを見てしまうと、なんだか……今までみたいに簡単に決断がしにくいというかなんというか……自分がわからない。
アンリは当然のような顔で立ち上がって椅子を引いてくれる。楽し気な彼に断ることはできず、ありがたくエスコートしてもらった。
「来ないわけないわ」
「でも初めて誘った日は来てくれなかったよ」
「あれは……! もう、からかってる?」
「ははっ、うん」
こんななんてことない会話が減ってしまうのを惜しむなんて……やっぱり私、おかしいな。
危険を察知したら即退避。半月くらい前には確かに普通にできてたことなんだけどな。
ううん、ちゃんとしなきゃ。さすがにもう、何もしないでのんびり様子を見ていい時期じゃないって自覚しちゃったんだから。考えてきたことちゃんと言わなきゃ……。
一番壁際で奥まった場所の目立たない席で私達は昼食を取った。
アンリの傍にいて思ったけど、彼は特別目立ちたくないと意識してはいないけど、目立ちたい欲も全然持っていない。たぶん注目されすぎてそんなものだと受け入れているけれど、人に見られないならそれはそれで楽そうに見える。自覚しているのかまではわからないけど。
「明日で試験期間が終わるね。しばらくすれば終業式とダンスパーティーだ」
「そうね……」
ダンスパーティーが終われば長期休暇。本当はそれまでになんとかして毒を盛った犯人を突き止めて学園を去ることができたら理想的なんだよね。
時間もそうないし難しそう……いや、やれるという気持ちではいたいな。
「そういえばリサ、夏季休暇の予定は? よければ一緒に避暑に行かないかい?」
「ごめんなさい。夏には私、演奏旅行に出かけてる予定だからいけないわ」
「……まだ事件は解決してないけど?」
「夏までには解決して学園を出る予定なの! そのくらいの意気込みでいかないと」
「リサは、よほど学園を去りたいんだね」
「学園が嫌というわけじゃないのよ!? ただ、決めたことはちゃんと達成したいじゃない? それにいつまでも、あなたを狙う相手が学園のどこかに潜んでいるというのも落ち着かない」
「まあ、たしかにね」
「アンリは怖くないの? 毒を盛られたのよ。死なないとはいえ」
彼がどこか他人事のようだから、ついつい落ち着いてしまっているけれど。普通の人ならもっと怖がって警戒していておかしくないんじゃない?
私はもう感覚が麻痺してるけど、そんな私と似た冷静さを保っているのって、よくよく考えると駄目なような……。
「多少なら僕には光魔法の力があるからね。普通の感覚ではないのかもしれない。それに君の言う通り、毒とはいえ死なないものだったから」
「なるほど……?」
もしかして私と少し似ているかもしれない。魔法のせいか、少々感覚がズレてしまっているところとか。そういう部分も彼と話しやすい理由のひとつなのだろうか――。
いや待って。そうじゃなくて。今日は彼に大事な話をしようと思っていたのだ。
「あのね、アンリ。もしもの話なんだけど、頼みがあるの」
私はここ数日考えていたことを切り出した。
「君からの頼み? なんだろう。なんでも言ってみて」
嬉しそうに答えられると、なぜかちくりと心が痛む。彼が私に親切すぎるところは本当に相変わらずだ。
「実は、もし事件の調査が夏までに解決のめどが立たなかったら、条件を少し変えてもらいたいの」
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