第11話 先手必勝なので

 レベッカ先輩とウィンター先輩が部屋を出て行くと、改めてアンリ様が私の方を向く。

 ミリアはどうやら話の内容に見当がついているらしく、私のように困惑した感じはない。


「私に話ってなんでしょうか」


 尋ねると、アンリ様とミリアがちらりと視線を合わせる。

 一体なに?


「君に聞きたいことがあるんだ。君が『毒だ』と言い残して倒れたあと、僕と、ちょうど温室に来ていたミリアと共に、君に光魔法をかけたんだ。医者が来るまで、少しでも苦しみをやわらげられるように」

「それなら、レベッカ先輩が教えてくれました。お二人のおかげで気分が悪くならなかったみたいです。ありがとうございます」


 お礼を言うと、なぜか眉をひそめられる。


「いや違う。僕とミリアの光魔法は君には効かなかった。というか、正確には、僕らの光魔法をかける前に何らかの魔法が君の毒を無効化していたようで、何も手ごたえを感じなかったんだ」

「ちょうど発動していた別の魔法に、私達の魔法が弾かれてしまったような感じっていうんですかね? 私もアンリ様もおんなじ感触を覚えたんです。あんなの初めてでした!」


 え……そんなことが起きたの?


「もしかして君が、なにか魔法を使った?」


 アンリ様もミリアも、じっと私を見た。

 それは確認だった。自分達の魔法が使えなかった原因がわからなくて戸惑っている目じゃない。少なくともなんらかの別の魔法が使われていたことには確信を抱いている――。


「黙っていてください!」

「ええっ、先輩!?」


 先手必勝だ。私はソファの前の床で思いきり土下座した!


「リサ、なにやってるの!」


 驚いた声のアンリ様に、すぐに顔を上げさせられる。


「おっしゃる通りです。あれは私の魔法の力でした。魔法の力があったから、私は毒を飲んでもピンピンしてるんです」

「じゃあ君の魔法は、毒の無効化をするということかい?」

「はい」

「まさか僕やミリアの他にも光魔法の使い手がいたとは……」


 そう。毒の無効化という部分だけなら、私の魔法の属性は光魔法。

 ミリアが隣で「えええっ!?」と大きな声を上げる。


「どうして隠してたんですか! 光魔法が使えるなんてとってもすごいことなんですよ? ほんのちょこっとだけ使えるだけで、みんなが驚いて敬ってくるくらいすごいのに!」

「どうして黙っていたのか、理由を聞いても?」

「それは……」


 私の持つ厄介な「運命」のせい。それに本当は毒を盛った相手の感情もわかるから、闇魔法の使い手でもあることになり周囲の目が怖い。

 といったことを正直に説明はしない。ややこしくなるし。

 ちゃんと対外的な理由は考えてある。


「私が無効化できるのは『私が摂取した毒』のみなんです。だから他の人が毒を盛られても助けることはできません。それに毒を無効化する魔法が発動すると、反動でしばらく気を失ってしまうことが多いから、大した役には立てません」

「役に立てなくても、魔法が使えることを公言する者は多いよね。むしろ、たいていは何の役にも立たない魔法のことが多いけど」


 アンリ様は首を傾げる。

 ううっ、冷静……。


「私の魔法の効果を知った身内に、どんな毒を盛られても死なない体だと知られたら、下手をすると良い結果にはならないかもしれないと言われたんです。私の家は爵位持ちでもない、ただの地方の領主ですから」

「ああ。なるほど、そういうことか」

「何がなるほどなんですか。ちゃんと教えてください!」


 一人で納得するアンリ様に、ミリアがむっとして食い下がった。


「毒の有無を判別でき、かつその毒で絶対に死なない体。それって、とても便利な毒味役だということだ」

「毒味役!?」


 そう、アンリ様の言う通りだ。


「だよね、リサ」

「はい。使いようによっては都合のいい体なんです」

「しかし例えば皇族など高貴な方々を守る、魔法を使える特別な毒味役ともなれば相当の地位も与えられるだろう。人によっては嬉しいんじゃないかな」

「私はそんな地位は望んでないんです。だけどもし知られて、万が一にも勅命がくることがあれば……」

「断ることは難しいか」

「はい」


 別に相手が皇族でなくても、それなりの権力者なら同じこと。強力なコネがあるわけでもない私の家としては、ありがたく受けるしかなくなる。

 魔法を隠す対外的な言い訳として使っているけど、これもちゃんと理由の一つではある。


「私はそんなの嫌なんです。だからお願いします。私の魔法のことは黙っていてください……いいえ、忘れてください!」


 私はもう一度がばりと土下座し――ようとしたけど、今度は察したらしいアンリ様に寸前で肩を押さえて止められた。


「君がそこまでして嫌がるのって、もしかして音楽家になって演奏旅行に出たいという夢があるから? そういう音楽家になりたいと叫……言っていたよね」


 そんな内容まで覚えていたんですね。たしかに昨日、塔の上で叫びました。


「そう……ですね。一か所に留まるんじゃなくて、各地を自由に回って過ごしたいんです。できることなら、今すぐにだって出発したいくらいです。いやもう、どうにかして出て行こうとすでに考え始めているくらいですけど」


 二週も連続してトラブルに合うなんて、不吉なことこの上ない。

 演奏旅行じゃなくてもいい。叔母様がいなくて私一人だって、いくつかの親戚を頼れば、半年くらいは実家に戻らず旅行して過ごせるんじゃないだろうか?

 そうだ、今後のことはその間に考えよう。うん。


「もういっそ今夜のうちに荷造りして――」

「しなくていいから」


 遮るようにアンリ様が言った。


「君の魔法のことは黙っている。ミリアも今日のことは忘れてくれる?」

「そ、そりゃあアンリ様が言うなら黙ってますけど、本当にいいんですか?」

「彼女がどこかの権力者に囲われて、意に沿わぬ毒味役にさせられたりしたら嫌だろう? ただ、その代わり――」


 企むようにアンリ様が微笑んだ。


「僕に誰がどうして毒なんて盛ろうとしたのか、一緒に調べてくれないかな」

「えっ、どうして」


 意味がわからず直球で疑問を口にしたら、アンリ様ではなくミリアにぎょっとした顔をされた。

 いやだって、特に事情通でもない、編入したてのただのいち生徒にできる調査なんてたいしてないんだもの。

 疑問を察したのか、アンリ様が補足してくれた。


「この件は、生徒達をいたずらに怖がらせないよう伏せておくつもりだ。教師にも一部にしか伝えない。つまり動けるのは事情を知る少しの者だけ。単純に調査の人手が足りないんだ」

「なるほど? ですが私で役に立てるかどうか――」

「もし協力してくれるなら、君の魔法のことも黙っているし、問題が片付いた暁には僕が君のパトロンになって演奏旅行に行かせてあげる」

「アンリ様が……パトロン?」

「一度なったら、責任を持って面倒を見るよ」


 あのクリフ家の子息がパトロンになってくれる?

 一瞬のうちに私の脳内で、短期間でもアンリ様という存在に関わるリスクと、クリフ家という最強の後ろ盾を手にするメリットが天秤にかけられる。

 ……すぐに結果は出た。


「よろしくお願いします」

「じゃあ、一緒に頑張ろうね」


 私とアンリ様は、固く握手を交わした。

 あとで書面でも約束を交わしてくれないかな。婚約者になることは望みません、とか条件を入れてもらっていいから。


 見守っていたミリアは、「えーと……」と戸惑っていたようだけど、最終的に「よくわかんないけど、よろしくお願いしますね?」と、可愛らしく小首を傾げた。


「うん、よろしくね。ミリア」


 彼女も生徒会の一員だから、一緒に調査することになるのだろう。

 こうなったら力を合わせて頑張らないと……!

 密かに気合を入れる私の横で、ミリアがアンリ様に現実的な質問をする。


「でもどういう調査をするんですか? 私達にできることってあります?」

「あのケーキを作る過程で事故がなかったかどうかを確認させているところだから、どう動くかは、その報告が来てからだな」

「もし犯人がいるとしたら、どうして毒なんて盛ったんだろう。アンリ様は目立つから、やっぱり逆恨みかなあ……」

「さあね。理由は犯人に聞かなきゃわからないよ」


 毒を盛った理由か……。


「たぶん、なにかとても悲しいことがあったから」


 思わず言ってしまった私に、アンリ様が不思議そうにした。


「悲しい?」

「はい。なにか悲しいことがあってあんなことをした。私はそんな気がしました」


 アンリ様は、「ふうん?」とよくわからない感じに相槌を打った。

 なんだか、ちょっと他人事のように感じるのは気のせいかな。あなたが狙われた理由なのですが。


「変わったことを言うんですね、リサ先輩。そう思った理由とかあるんですか?」


 ミリアが意外そうに尋ねてくる。

 まあ、そうなるか。悲しいから毒を盛る、なんて唐突に言われたってよくわからないものね。


「なんとなく思いついて口にしちゃっただけなの。気にしないで」

「ふふっ。先輩って優しい人な気がします!」


 フォローなのか、ミリアはそう言ってくれた。

 アンリ様は曖昧に微笑んでいた。もしかしたら犯人の心情には興味がないのかもしれない。と、ちょっと思った。

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