第33話 予想が外れることを祈ります
気付いた可能性を早くアンリに知らせないと――。
ホールに急いでいた私は、人気のない校舎で足をとめた。
今、生徒達はみんな一か所に集まっている。先生達もそう。
もしかして今って、相手に気付かれずに確認する絶好のタイミングなんじゃない……?
私は進行方向を変える。集会が終わって生徒達が解放される前に確認したい。犯人に気付かれたくないのもそうだし、下手に騒ぎになって一般の生徒達に変なパニックを起こしたくない。
それに私自身が知りたい。予想が当たっているか、否か。
ううん、違うな。
私の想像が間違いだって証明されてほしいんだ……!
「おい、グラスはもう会場に運んだのか?」
「それならさっき、済ませたよ! それより料理のことで確認が――」
「足りない野菜があるんだけど、誰か知らない!?」
学園の食堂にある厨房付近では、使用人達が慌ただしく仕事をしていた。夕方からあるダンスパーティーに向けて飲み物や軽食を準備しているのだ。
会場となる建物はほぼパーティーなどのイベント用として用意された別館だ。歴史のある建物らしく、外から見ても立派だとすぐにわかるようなところ。二階には一階の広間を見下ろせるバルコニーもいくつかあって、身分の高い保護者たちがこっそりと訪れて子供たちを見守ることもあるんだとか。
使用人達の動向を確認しながら、私は見つからないよう慎重に目的の場所へと向かう。
行きたいのは厨房じゃない。それは――。
「ここにあるはず……」
飲み物の入った瓶が棚に並んだ食糧庫。明かり採りの小さな窓から差し込む光だけで、中は薄暗くひんやりとしていた。複数ある食糧庫のうち、ここは飲み物やそう頻繁には使わない材料を置いておく場所らしく、今は人の出入りはない。
私はきょろきょろと並んだものを確認していく。
「何かご入用ですか?」
「――っ!」
油断していたところに話しかけられ、叫び声を上げかけた。振り向くと、声をかけてきたのは若い男性の使用人だ。
「すみません、入っていくのが見えたもので気になって……。飲み物が欲しいのでしたら、準備しますよ。食堂の方でお待ちください」
彼はどこかで見た覚えがある。
そうだ、この人はあのオレンジジュースに薬草を入れた人! 遠目に一度確認したんだよね。癖毛で赤毛なところが印象に残ってた。
「落とし物をしちゃって探しに来たの。生徒会の仕事で今日のパーティーの準備をしてたとき、ここにもきたから」
「落とし物? それなら私の方で探しておきますが……」
彼が疑わしげに私を見る。さっきまでこそこそ動いてたし怪しいよね。
いいえ、それだけじゃない。もしかすると彼は……。
仕方ない。私は賭けに出ることにした。
「ねえ。あなたはミリアのことをどう思う?」
「ミリアさんですか……?」
「彼女は心ない噂を流されていた時期もあったでしょう。でも使用人には理解のある人もいると聞いたの。あなたはどちらかしら」
「私にはわかってますよ。彼女はいい人です!」
「まあ、よかった。私、ミリアから一部の使用人達に
「なんだ、そうなんですね。きっとその一部に私も入ってますね。彼女はとっても気さくで親切なんです」
男性の顔が緩む。でも私は逆により不安が膨らんだ。
……いや、まだだ。まだ私の予想が当たっていると確定したわけじゃない。
そう思いながら本題に入る。
「あの薬草のことは残念だったわ。うまくいかなくて。私もあとから聞いていい考えだったと思ったの」
「いえいえ。まさか柑橘類と相性が悪かったなんて、ミリアさんも知らなかったんだから仕方ありませんよ。それに僕にはあとでこっそり謝ってくれましたから、彼女」
「が……学校側からは厳しく事情を聞き取りされたでしょう? それでも彼女に……ミリアにアドバイスされて入れたことは、黙ってくれているのね」
使用人は、どこか誇らしげに胸を張った。
「ばれたら、彼女が学園を追い出されるかもしれないと聞いたので。そんなことになったらかわいそうです」
「ええ、そうよね……」
緊張で鼓動が早まってしまう。悟られないよう、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「
「そうなんですが、あの薬草はしばらく手に入らないとミリアさんが言ってました」
「あら。じゃあ少なくとも二学期以降かしら」
「ええ。次はちゃんと相性のいいジュースに入れますよ」
違う。この様子だと、今から起こるかもしれないことに彼は関わってない。
「ここに私が来たこと、気付かなかったことにしてくれる? 実はね、ミリアにプレゼントされた髪飾りを落としたの。申し訳なくて、知られずに回収したいのよ」
「それは大変だ。そういうことでしたら、私は気付かなかったことにします。すぐに見つかりますように」
「ありがとう。じゃあ、あなたはパーティーの準備に戻って」
「はい!」
元気よく返事をすると、使用人は保管庫の出口へと向かっていった。
彼の姿が見えなくなってから、私は大きく息を吐き出す。なんとかやりすごせたみたいだ。
そして重要なことが先程の会話でわかった。ここでの確認が終わったら、アンリに知らせないと。
もう一度周囲を見回すと、私の本当の探しものはすぐに見つかった。
乾杯用に用意された、樽入りの特製ジュースだ。全員分が樽一つで賄える。
逆に言えば、この樽の中になにかが入れば全員が口にすることになるのだ。
ちょうどよく近くの棚に、洗ったコップが置いてあった。樽には注ぎ口がついていて、すぐに飲める形になっている。味見をしろといわんばかりに。
「今なら……」
来る前に確認した時間からすれば、まだこれを会場に運ぶのは先だと思う。少し飲むだけなら、万が一倒れても、誰かが来る前に意識を取り戻せる。
何より私が早く確認したい……!
棚からコップを手に取り樽の中身を注いだ。うまくできなくて、結構入ってしまった。
見た目はただの葡萄ジュースだ。匂いもおかしくない。
何も起こらないでほしい。この期に及んで、そう心から願いながら私は口をつける。
「…………」
結果はすぐに出た。
体中がぞわぞわと総毛立ってくる。だめだ、これは人に飲ませてはいけない――。
どうして。
予想、外れてほしかったのに。
私は中身の残ったコップをなんとか棚に置き、床に座り込む。これは確実に意識を失う。せめて辛くない体勢をとろう。
でもそこで誰かの足音が聞こえた。まさか、さっきの使用人が戻ってきた? なにか言い訳を考えないと……。
「だめですよぉ。それ、せっかくの乾杯用なのに」
「ミリア……!」
「なんだか、嫌な予感がしたんですよね。先輩だけお休みだったのが気になって、確認しにきてよかったな」
ミリアは倒れ込んだ私のそばにしゃがみ込み、にっこり笑った。
逃げなきゃ。でも、体から力が抜けていく。
あの温室で感じたのと同じ、何かを憐れむような悲しい気持ちが私の中に湧き上がる。そして同時にもうひとつ。
「大丈夫。先輩に酷いことはしませんから!」
きっと面白いことが起きる。
そんな期待を含んだ感情にも包まれながら、私の意識は遠のいていく。
「ねえ、先輩。演奏旅行に同行するのはアンリ様がいいの? 私じゃだめなんですか?」
そんな……。
あなたがその言葉を言うの…………。
「ふふっ、起きたら教えてもらおうっと――」
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