第34話 狂乱のダンスパーティーを


 ――お前さんは、狂気に染まりし者と縁を持つ運命にある。


 占い師のお婆さんの予言通り、私はいろんな事件に巻き込まれた。大抵が恋愛絡みだったけど、すべてってわけじゃないんだよね。

 中には、慈悲と冷酷さが矛盾なく同居する異質さを持ち、狂気としか言いようのない行動をする人もいた。

 あれは確か……犯人が野良猫をいじめた青年グループを事故を装って怪我させた挙句に、なぜか助けたはずの野良猫まで不憫がって殺めようとしたという事件だった。

 犯人は明るく素直な若者だった。猫のことも、怪我をした青年グループのことさえ心の底から気の毒がり、誰も疑いもしなかった人だ。

 逮捕されたときは「仕方ないな」なんて軽い感じで言って連行されていった。叔母が「ああいう狂気もあるわ」と複雑な顔をしていたのを覚えてる。


 最初に引っかかりを覚えたのは、貴族棟でエドモンド達の陰口を立ち聞きしてしまったとき。

 彼らの様子にショックを受けて泣きそうになっていたかと思ったら、その少し後には、けろりとして「面白いですよね」ってくすくす笑った。

 あのとき――なぜかほんの少しだけ、思い出してしまったのだ。前に遭遇した、理解し難い犯人のこと。

 ううん、そんな連想はあまりに失礼すぎる! 私はそれを心の奥底にしまおうとした。


 でも、彼女のアンリに対する想いを聞いたときもやっぱり少し思い出してしまった。あんなにアプローチしていた彼のことを、あっさりと「興味が薄れちゃった」って言ったとき。あまりに彼への悪意とか好意とか、未練さえ何も感じなさすぎたから。

 それらが抜けない小さなトゲみたいに心の中に残ってた。

 言い方とか、表現の仕方とか。たぶんちょっとしたことだと思う。他の人には感じない引っかかりを覚えたのは。


 そして彼女が言った、アンリは闇魔法を使って人を惑わしているかもしれないっていう疑惑。普通なら口に出すのも勇気がいりそうな内容だ。それをどうしてあんなに強く疑えていたのだろう?

 もしかしてミリア・シャロームは――。


「……っ!!」


 はっとして意識が戻る。


「あ、目が覚めました? よかった、間に合いましたね」

「んーっ!!」


 な、なに!? 喋れないし、体が……。


「だめですよぅ、声出しちゃ」


 ミリアは可愛らしく、こてんと首を傾げる。


「もうすぐパーティーが始まる時間なんです。本当ですよ?」


 混乱しつつ自分の体を確かめれば、私は両手を布で縛られて長椅子に座らされていた。しかもその縛られた両手は、さらに椅子の肘置き部分に固定されていた。

 喋れないのは、口に同じく布でさるぐつわがされているせい。


「先輩には少し長めに気を失っていてほしかったから、途中でちょっと眠り薬も嗅がせてもらいました」


 そ、そんなことを!?

 きっと魔法で無効化されただろうけど、魔法を使った反動で結局気を失っちゃったから同じ結果になってたのね。ミリアは気付いてなさそうだけど……。

 って、それは今はどうでもよくて!


「もうすぐパーティーが始まります。ふふっ、人がぞくぞくと集まってる」


 私たちがいるのは、薄暗い部屋のようなところ。目の前には分厚いカーテンが引かれていて、少し開けられた隙間から明るい光が差し込んでいる。ミリアは、その隙間からどこかを眺めていた。

 カーテンの向こうには腰までの手すりと、遠くには……シャンデリア!

 そうか、ここはダンスパーティーの行われる別館だ。

 私達がいるのは二階のバルコニーのひとつ。

 使用者がいなければ、誰も様子を見に来ない場所……。


「ふふっ、乾杯の準備も進んでますね」

「……! んんーっ!!」

「あれ、心配ですか? でも死ぬような毒は入ってませんよ……って、そういうのは魔法でわからないのかな」


 振り向いたミリアは、顎に人差し指をあて「うーん」と頭を揺らしてみせる。


「毒性が強いか否かくらいしかわからないのかなあ。教えてもらいたいけど……」

「……!」

「でも、まださるぐつわは外せません」


 ミリアは長椅子に座る私の隣に、ぽすんと腰掛けた。


「あっ。そういえば興味があることがもう一つ」


 ミリアはまじまじと私の顔を見つめた。


「先輩……どうして私の魅了の魔法が効かないんですか?」

「……っ!」

「もしかして先輩も闇魔法が使えるの? それもあとで教えてほしいな」


 やっぱり、私に魔法をかけようとしたのはミリアだったんだ……。 


「まずはパーティーに来たみなさんの見物をしましょ。あのジュースにはね、強い幻覚作用のあるキノコの粉を入れてあるんです」

「……!?」

「先輩はちゃんと魔法のおかげで効かなかったみたいですね。よかったです」


 よ、よくない。そういう問題じゃないから!


「ふふ……一緒に見ましょう。上流階級のみなさん方が恥ずかしい醜態をさらすところ。これって立派な醜聞になりますよね。明日からみんなどうするんだろう」


 なぜそんなことを。

 疑問が表情に出ていたのか、ミリアが気付いたような顔をしてから教えてくれる。


「先輩には前に少し言いましたよね。この学園に来る前、私が魔法を使えるってわかる前。街の人達は身寄りのない私のこと馬鹿にして見下してたって。もちろん、上流階級の人達なんてさらにね。なんどか教会に寄付に来た貴族に会いましたけど、大抵が外面だけ」


 ミリアは「だけど……ふふふっ!」と、思い出し笑いする。そのまま堪えられないというようにしばらく笑い続ける。


「はー、何度思い返しても滑稽。私が魔法が使えるってわかった途端、手のひら返しがすごかったんですよ。みーんな、急にちやほやしてきてびっくりしちゃった。魔法が使えるってだけで、ほんとちょろいの!」


 またおかしそうに笑いながら、ミリアは立ち上がって薄暗いバルコニー内を見回す。


「こんな、身分の高い人しか入れないような場所にも入れるようになったし、こんなきれいなドレスも着れるし」


 ミリアは自分のドレスの裾を少し持ち上げてくるりと回転して見せる。

 私は倒れたときのまま制服だけど、ミリアはダンスパーティー用のドレスに着替えていた。


「学園の人達もちょろかったな。上流階級の人達が光魔法が使えるってだけで、私には強く出られなくて、へこへこするし。だけど……」


 ミリアは急に悲しそうに顔を曇らせた。


「裏では悪口言って見下すし……」


 ミリアは、私の胸元にあるネクタイに触れる。


「アンリ様の傍に先輩がいるようになったら、また手のひら返しで裏で私のこと持ち上げて、先輩の悪口言ったりね。酷いですよね」

「んー……」


 そんなことな……くはないけど、私は反射的に首を振ってしまう。


「私、とっても悲しくて。だからわかってない人達に、ちょっと痛い目見せてあげようって思ったんです。とっても哀れでかわいそうな人達にね」


 哀れでかわいそう、という言葉は皮肉ではなく本心に聞こえるし、痛い目を合わせてあげようって言葉にも恨みとか憎しみという感情は読み取れなかった。あるとすれば……憐れみ?

 そして悲しいと言いながらもミリアは笑顔に戻っていた。内容と表情があまりにあってない。


「先輩にもわかりますよね。悲しいって気持ち!」

「…………」


 そうだ。他でもない私が彼女に言ったこと。

 でも、それが「痛い目をみせてやろう」って発想に繋がるのはわからない……!


「最初は様子見して、ジュースが苦くなる程度にしてみたんです。でも期待したような結果にならなかったから、つまんなかった。先輩も巻き込まれたから知ってますよね。もっと驚いて怖がられるかと思ったら、そうならなかったな」


 ミリアは本気で残念そうな様子だ。


「だからね、対象をもうちょっと絞って、効果も強くしてみたんです。ふふ。アンリ様に運ばれるケーキ。アンリ様が食べてもよかったけど、あの人は小食だからきっと食べない……けど、『祝福』をもらいに来た生徒が食べるでしょ。見つからないように二個しか毒を盛れなかったから、賭けだったけど……」


 やっぱりそうだったんだ。彼女も、アンリがケーキに手をつけないだろうことは予想していた。でもそのケーキを貰いにくる生徒がいるはずだから、毒を盛った。

 でもそれなら、もしかして……。

 私の頭に浮かんだ嫌な想像に気付いたのか、ミリアは悪戯がばれたみたいに笑う。


「キャサリン・ムーアに毒をあげたのは私です。彼女、とっても悩んでたから、アドバイスしてあげたの。大好きなロックウッド先輩を自分のものにする方法をね」

「んー……!」

「多分、先輩の想像通りですよ? 温室のケーキの一件もキャサリンさんがしたように思ってもらえるよう、彼女の部屋には毒を二種類届けました。だってちょうどよかったもん。それに……」


 意味ありげにミリアが私を見る。


「先輩のことをにした人達だったから、そのくらい役に立ってもらおうと思って」


 背中がぞわりとした。

 ミリアはまた私の隣に座り、はしゃぐようにしてぴたっと寄り添った。


「先輩は、ちょっと特別なの。ケーキに毒を盛った人が悲しい思いをしてるんじゃないかってわかってくれたでしょ? あれ、とっても感動したんです! それに先輩は、私のこと庶民だからとか光魔法が使えるからとかって目で見てこないし」


 ち、違う。悲しい思いをしてるっていうのは魔法でわかっただけで、決して犯人の想いが理解できたとかじゃなくて――。

 ああ、でもこれ、知られないほうがいいの? 自由が効かない状態だし、彼女にいい意味に誤解してもらったままの方が……。


「パーティーが始まってみんなが楽しい気分になっちゃったら、学園はきっと大騒ぎですね。私はそのあいだに、こんなところから逃げる予定なんです。もうここにいるの、飽きちゃったし」


 ミリアが私に囁く。

 

「先輩も一緒に行きましょう。……ここまで話を聞いて、そのまま解放されるなんて思ってないですよね?」


 つい先ほど私を特別って言ったミリアが、鋭い目をして私に言った。

 私はまた、あの猫の事件の犯人を思い出す。猫を大事に思いながら、その猫をなぜか憐れんで殺めようとした犯人。

 ミリアは今のところ私に友好的だ。でも、その友好的な態度のまま私に害をなすことだってありえるんだ……。

 私は、彼女の言葉に否定も肯定もできず固まるしかできない。


 そんな私の心情を知ってから知らずか、ミリアはにこっと笑ってから立ち上がる。そしてカーテンのところに行って隙間から広間の様子を窺った。


「ああ、もうすぐ乾杯ですね。先輩の場所からは見えにくいでしょうから、始まったら拘束解いて見せてあげようかな。騒ぎになっちゃったら、大声あげても気付かれないし」


 ふと私の耳がかすかな物音を拾う。背後の、廊下に通じる扉のある方から。


「ああ。パーティー開始の挨拶はやっぱりアンリ様じゃないんだ……。アンリ様、先輩がいなくなったからって生徒会の仕事放って探しに行っちゃったんですよ。まあ、私もそれに便乗して、先輩を探すためにって抜け出したんですけどね」

「リサなら見つけた。そして君の悪事についても聞かせてもらったよ、ミリア・シャローム」


 ばっと振り返ったミリアの顔が思いきりゆがむ。

 私が拘束された長椅子の隣には、剣を構えたアンリが立っていた。

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